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■ 2011年度
フィジー

日本語教育の実施状況
教育制度と外国語教育
学習環境
教師
教師会
日本語教師派遣情報
●学習目的
●シラバス・ガイドライン
●評価・試験
日本語教育略史
参考文献一覧

●2009年海外日本語教育機関調査結果
 なし

日本語教育の実施状況

●全体的状況

【沿革】
 公的なレベルで日本語教育が開始されたのは、1983年,南太平洋大学(The University of the South Pacific、以下USP)のフィジー・センター(当時、USP本校ではない)に国際交流基金から日本語教育専門家が派遣されたことによる。国際交流基金からは1983〜1986年、1986〜1988年と2代にわたり専門家が派遣されたが、1987年にクーデターが発生したこと等もあり、国際交流基金からの日本語教育専門家の派遣は1988年をもって中止された。
 5年間の空白期間をおいた1993年に民間の笹川平和財団の援助によりUSP本校において日本語教育が再開された。USPと笹川平和財団との契約は1997年に切れたが、USPが日本語教育の継続を強く希望していたため、1998年からはJICAがシニア海外ボランティア(日本語教育)を派遣していた。しかし、ボランティア派遣も2005年より一時見送りが決定しており、その後派遣されていない。また、1987年以降、青年海外協力隊(JOCV)隊員(日本語教育)がフィジー技術専門学校観光学科に派遣されたのをきっかけに、2003年にブニモノ高校へ第二外国語指導員としてJOCV隊員1名が派遣された(現在は行われていない)。また、2005年より、フィジー国立大学付属国立トレーニング生産性センター(旧TPAF)ナマカ校(ナンディ)に、JOCV隊員1名が派遣されている(途中、派遣中止の期間あり)。
 私立のスバ・インターナショナル・セカンダリー・スクールでは、1990年代初頭に日本語教育が開始され、1名の日本語教師が指導にあたっていたが、現在は休止中である(再開の目処はない)。
 公的レベルでの日本語教育とは別に、民間学校として1995年には国際空港のあるナンディに古川外男記念日本語学校が、1999年には観光地であるコーラルコーストに近いシンガトカにシンガトカ日本語学校が開校された。 2000年までフィジーの日本語学習者は着実に増加していたが、2000年5月に独立後2回目となるクーデターが発生、日本からの観光客数は激減した。そのため、日本語学習者も激減、民間の日本語学校は経営が成り立たなくなった。その結果、シンガトカ日本語学校は2001年2月に閉校、ナンディの古川外男記念日本語学校も同年8月をもって閉校した。

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【背景】
 フィジーでは観光産業が3大産業(他は砂糖産業と衣料産業)のひとつとなっており、これが日本語教育の重要な背景となっている。フィジーには、2008年の統計で約2万人の日本人観光客が訪問しており、観光産業においては、日本語で日本人観光客に応対できる従業員の需要が存在する。また、観光産業に職を得るにあたって日本語ができるということは有利な条件となる。
 日本語学習経験者は、ナンディ等日本人観光客の多い地域ではかなりおり、ナンディの土産物屋には日本語の看板を出しているところも多い。また、旅行代理店や大きなホテルには日本語の話せる現地スタッフがいる。彼らは日本語教育機関で日本語を学んだ者、独学で日本語を学んだ者、日本に留学した者、それぞれの会社で日本語の研修を受けた者など様々である。
 このほかにも貿易や車両(主に中古)輸入関係などで日本との関係は深い。日本と関係の深い会社では、会社の予算で社員を日本に研修・出張に行かせているところもある。

【特徴】
 諸外国の日本語教育と比較した時、フィジーの日本語教育の最大の特徴はその実利主義であろう。この国においては現在までのところ、日本語を極め日本研究に至る者はいない。また、実利主義といっても、想定されるのは【背景】に記したような仕事内容が主であり、高度な日本語能力を活かしてビジネスを行うことを目指す学習者はいない事もあり、学習者の到達レベルは初級程度、ごく一部の生徒が日本語能力試験の3級に到達するかしないかといったところである。また、各機関とも初級程度の日本語教育が中心であり、中級の後半や上級の日本語クラスは開かれていない。上級レベルの日本語話者(元文部科学省国費留学生等)も何人かいるが、純粋にフィジー国内で日本語を学習して上級レベルに到達した者はほとんどいない。

●最新動向
 2011年9月現在、フィジーでの日本語教師は、JOCV隊員(1名)のみである。観光産業に基づく日本語への需要は高いものの、施設、教材等が不足しているのが現状である。

●教育段階別の状況

【初等教育】
 日本語教育は実施されていない。

【中等教育】
 日本語教育は実施されていない。

【高等教育】
 フィジー国立大学付属国立トレーニング生産性センター(旧TPAF)ナマカ校で日本語が教えられている。
 旧TPAFへは、2005年よりJOCV隊員が派遣され、Hospitalityクラスで日本人観光客への接客を想定した日本語が教えられている(途中、派遣中止の期間あり)。学習の目的は観光関係の仕事に就くためであり、レベルは初級の最初の段階である。

【学校教育以外】
 日本語教育は実施されていない。
教育制度と外国語教育

●教育制度

【教育制度】
 8-4-1制。
 初等教育(primary school)が8年間(6〜13歳)、中等教育が4年間(14〜17歳)、大学進学希望者はもう1年、フォーム7で勉強する。高等教育機関には大学(3つのみ)のほか、いくつかの技術専門学校や職業専門学校がある。
 中等教育機関に進学するまでの8年間が義務教育である。(注:義務教育制度の実施は1997年から。学費は中等教育修了まで免除。)

【教育行政】
 宗教団体経営の一部学校を除き、すべての初等・中等教育機関は教育省の管轄下にある。
 フィジーの高等教育機関は、南太平洋の12の国・地域(パプア・ニューギニアを除く)が共同で運営している南太平洋大学(USP)のメイン・キャンパスが首都スバにある。そのほかには、技術専門学校や職業専門学校を統合して2010年に設立されたフィジー国立大学(Fiji National University)、国内唯一の私立大学としてのフィジー大学(The University of Fiji)があり、両校とも教育省の管轄である。

●言語事情
 主要言語・公用語は英語、フィジー語、フィジー・ヒンディー語である。
 公用文書はほぼすべて英語である。新聞も英字紙の発行部数は、フィジー語紙、ヒンディー語紙、中国語紙等の発行部数を凌駕している。
 細かく見ていくと、フィジー系住民の中では、日常的には各人の出身地の方言を、他の地域のフィジー人との会話においてはスタンダードなフィジー語を話している。インド系はさらに複雑であり、ほぼすべてのインド系住民が話すフィジー・ヒンディー語(言わばピジン・ヒンディ)のほかに、ウルドゥー語、タミル語、テルグ語、マラヤラム語、グジャラティ語が使われている。さらにはインド系に多いイスラム教徒にはアラビア語を解す者もいる。また、中国系住民の多くは広東語を、少数が普通語(北京語)を話す。

●外国語教育
 小学校から公用語である英語で授業が行われるため、英語は日本で言うところの外国語とは見なされていない。しかしながら、日常的に英語に接触する機会のある都会の学生に対して、普段とくに英語を使わなくても生活していける村の児童・生徒にとっては、英語は外国語に近いものであろう。その他の外国語教育についてはとくに規定がない。
 中国系の学校では、普通語(北京語)が外国語科目として教えられている(プライマリー・スクール1校では必修。セカンダリー・スクール1校では選択。)その他、フランス語を教科(選択科目)として導入している学校がいくつかある。
学習環境

●教材

【初等教育】
 日本語教育は実施されていない。

【中等教育】
 日本語教育は実施されていない。

【高等教育】
 フィジー国立大学付属国立トレーニング生産性センター(旧TPAF)ナマカ校では、教材は自作している。

【学校教育以外】
 日本語教育は実施されていない。
教師

●資格要件
 日本語教師の資格要件はない。

●教師研修
 現職の日本語教師対象の研修はない。
教師会

●日本語教育関係のネットワークの状況
 日本語教育関係のネットワークはない。

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日本語教師派遣情報

●国際協力機構(JICA)からの派遣(2011年4月1日現在)

青年海外協力隊
フィジー国立大学付属国立トレーニング生産性センター
ナマカ校
 1名

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日本語教育略史
1983年 南太平洋大学(The University of the South Pacific)のフィジー・センター(当時)に国際交流基金から日本語教育専門家派遣開始により、日本語教育開始
(1988年にクーデターのため派遣中止)
1987年 フィジー技術専門学校観光学科に青年海外協力隊(JOCV)隊員(日本語教育)派遣
1990年代
初頭
スバ・インターナショナル・セカンダリー・スクールにて日本語教育開始(現在は休止中)
1993年 笹川平和財団の援助によりUSP本校において日本語教育が再開
1995年 古川外男記念日本語学校開校(2001年閉校)
1998年 JICAがシニア海外ボランティア(日本語教育)派遣開始(2005年より一時見送りが決定)
1999年 シンガトカ日本語学校開校(2001年閉校)
2003年 ブニモノ高校にて日本語教育(第二外国語)開始(現在は行われていない)
2005年 フィジー職業訓練学院(TPAF:現在はフィジー国立大学付属国立トレーニング生産性センターナマカ校)にて日本語教育開始(一時中断し、2009年より再開)
参考文献一覧
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