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にほんごハローワーク 第5回 知行合一:日本語を活かし、考えを実現する。
Q1: 来日のきっかけは何だったのでしょう?
 韓国では大学で心理学を学んでいましたが、本当はずっと前からインテリアとかファッションに興味がありました。ただその勉強をするには、学校とは別に、 塾のような所に通って絵の勉強をしなくてはいけなかったのですが、私は全くそういう勉強はしたこともなかったし、どうせインテリアを勉強するなら、その分 野でもっと進んだところでやりたいと思い、日本に目を向けたのです。ちょうど父が日本で働いていたことも影響しています。娘一人を外国に行かせることは、 韓国ではあまりないものですから。
  「日本に留学するために、大学を中退する」と親に話したときは、卒業してからでも遅くない、と猛反対されました。でも私は少しでも早くインテリアの勉強を始めたかったので、なんとか親を説得して、3年生の途中で大学は辞めました。
Q2: 日本語の勉強はどのようにしたのですか?
 来日前には、ほとんど日本語を勉強していません。ひらがなを覚えたくらいです。日本では、インテリアコースのある文化女子大学付属の語学学校に入りまし た。場所は新宿で、大学のキャンパス内にあるので環境もよかったと思います。私の家は、決して裕福ではありません。それなのに留学までさせてもらっている のですから、誰にも負けたくない。でもせっかく日本に来たのだから、日本でしかできない経験もたくさんしたかったです。アルバイトもしていましたし。です から授業で習うことは、すべて授業中に自分のものにしようと思いました。入学したときは11クラスのうち、最低レベルの11組でしたが、1年半後に一番上 の1組をトップで、かつ無遅刻無欠席で卒業しました。日頃から勉強はしていましたが、日本語の勉強はとくに無理して頑張ったり苦労したという記憶はありま せん。幸いにも韓国語と文法も近いし、漢字にも少しは慣れていましたから。
  私はテレビが大好きです。日本のテレビを見たときに、「何が面白くてみんなあんなに笑っているんだろう。早く一緒に笑いたい」と思いました。最初は日本人 の友達もいないし、父の日本語は、それほど流暢ではないし、身近にいる日本人は日本語学校の先生くらいですから、テレビはとてもいい教材でした。ドラマも バラエティも好きですね。でも最初は刺激が強過ぎました。あまりにも暴力的で大人向けの内容が多かったので、こんなものを子どもが見て大丈夫なのかなって 心配もしました。もっとも今は、その刺激に慣れてそれがとても面白くなっていますが。学校では教科書中心できちんとした日本語を覚えて、テレビからは話し 言葉を覚えました。
  また同じ国の人同士が集まるとどうしても母国語で話してしまうので、「クラスにいるときは日本語で話しましょう」と提案したり、授業に飽きたときには、み んなで日本語の歌を歌うこともクラスメートに提案しました。先生に協力していただいて、歌詞を紙に書いてカセットテープで曲を流してみんなでよく歌ったこ とが、いまでも思い出になっています。歌には国境がないですね。
  そして推薦で文化女子大学短期大学部のインテリアコースに入学しました。大学の授業では、語学の問題はまったくありませんでした。逆に、周りの学生たちが18・19歳でしたから、私はどちらかというとお姉さん役でした。
ヤマハリビングテック ショールーム・システムキッチンの前で
Q3: 大学生活と就職試験について教えてください
 1年では全般的な図面の描き方や建築の基礎を勉強し、2年になると建築、インテリア、パブリック(カーテンやソファーの布地関係)コースに分かれ、私は インテリアに進みました。課題に従ってマンションのリビングをデザインしたり、玄関ドアなどもデザインしました。卒業作品は、ジュエリーショップをデザイ ンしました。こういう人たちに来てほしい、というコンセプトから考えて作ったもので、先生方にも評価していただけたようです。
  そして卒業が間近になってくると、進路の問題に直面しました。進学するか、韓国に帰るか、日本で就職するか、3つの選択肢がありました。韓国でもそうです が、日本でも短大卒業では就職が難しいのです。インテリア関係は競争が激しいので、なおさらです。そこで先生方は進学を勧めてくれました。4年生の大学に 編入するのです。しかし経済的な問題もあったし、またあと2年間も勉強してどれだけのことが学べるのか、という疑問もありました。またインテリア業界に就 職することもとても難しいのです。インテリア学科の同期は50名くらいで、その半分は進学しますが、残りの半分でインテリア業界に入れたのはわずか2・3 名だけでした。インテリアを勉強している人は多く、就職口は少ないのです。まして外国人は断られるところも少なくないし。本当にどうすればいいのかわから なくなってしまいました。日本に来るにあたり、「来たことを絶対後悔しないように、しっかりやろう」と誓いをたてたのですが、あのときばかりは、日本に来 たことを後悔しそうになっていました。卒業作品を作りながらも「これを作っても、意味があるのかな」と思うこともありました。
  そんなある日、先生が教室で「ヤマハリビングテックという会社が学校の近くにありますが、卒業生も何人か入っています。そこから募集がきていますから」と 言って、募集の紙を貼ったのです。私には関係がないので、見もしなかった。すると先生が私の所にわざわざいらして「さっきの、どう?」と聞くんです。びっ くりして「できるわけないじゃないですか。ショールームですよ、相手は日本人でしょうし、商談するんですよ、商品の説明をしなきゃいけないんですよ、何で 私に勧めるんですか?」と言うと、「いや、行ってみたらいい。あなたなら大丈夫。今まで作った作品を持って、行ってみなさい」と背中を押してくださったの です。それで勇気をもって応募しました。
 入社試験は筆記試験、適正検査、面接の3つで行われました。
 筆記試験はまるで自信がありませんでしたが、もうやるしかないと思って、自分なりに頑張りました。面接では色んなことを聞かれて、特に面接官から 「ショールームの仕事なので、相手は日本人です。あなたは韓国の人だから、いろいろと違いがあると思いますが、どのようにやっていこうと考えています か?」という質問をされたので、「郷に入れば郷に従え、という言葉があります。私は誰かに強要されたのではなく、自分で望んで日本に来たので、日本人の習 慣や文化に合わせます。ただ、嫌々ながら合わせたくはないので、受け入れられる範囲で合わせます」と答えましたが、この返事がとても気に入ってもらえたよ うです。試験が1月にあり、合格発表は2月でした。合格したのは二人。もう一人は、大学で建築を4年間勉強して、その後工務店で3年働いた経験のある方 で、私はヤマハリビングテックで初めて採用された外国人です。合格の電話をもらったときには、思いっきり泣きました。日本に来て一番うれしかった瞬間でし たね。そして真っ先に両親に知らせました。
Q4: ショールームの仕事はどのようなことをするのですか
 まず1ヵ月の研修があり、その後は嫌でもショールームに出るしかなかったのです。ヤマハリビングテックは日本全国に約40カ所のショールームがありますが、新宿が規模も一番大きく、来場者数も他とは桁違いに多いのです。
  最初一番大変だったのは、電話でした。「ありがとうございます。ヤマハ新宿ショールームでございます」というフレーズが口からスムーズに出てこないので す。それから相手の名前や住所を聞き取らなくてはいけない時が結構あるんですが、同じ読み方でも字が違う場合がたくさんありますので、申し訳ないと思いな がらも、何度も聞き直してしまいます。相手の方に、ヤマハは漢字も書けない社員がいるような会社だ、と思われると会社に対して申し訳ないので、「実は私は 韓国の者で、漢字が苦手なもので何度も聞いてしまいました」とお伝えします。でも、こうした実戦経験のおかげで、会社に入ってから言葉も漢字もたくさん覚 えました。とにかくまわりの人たちにたくさん助けられて、支えられて今の自分がいます。
  ショールームを訪れるお客様は、リフォームや新築を計画している方々です。ご家族と工務店の方やハウスメーカーの方がご一緒にいらっしゃる場合も多くあり ますから、多いときには7・8名になり、内容にもよりますが、平均2時間位のご案内になります。まず、自信を持って案内することが大切です。いくらよい商 品でも、その場の雰囲気にのまれて自信をなくすと、相手には伝わらないのです。そしてみなさんマイホームの夢をもっていらっしゃるので、その夢をもっと膨 らませてあげたいですね。
  また最初はできなかったのですが、お客様の前で、ラフなレイアウト図を描いて差し上げるんです。そうするとイメージがつかみやすくて、お客様にもとても喜 んでいただけます。他のメーカーではやらないことなので、外部の営業の方からも驚かれることがあります。でもそのおかげで「また柳さんに案内してもらいた い」とか「あなたのおかげでこんなに素敵なキッチンになりました」といった声をかけていただくと、とても嬉しいですね。
 
 
Q5: 日本に対する印象は
 とくに好きな部分も嫌いな部分もないんです。だから普通でいられるように思います。あまり期待が大きいと、がっかりすることもあるかもしれないですか ら。ただ韓国とライフスタイルも近いし、魚と野菜が好きな私には合っていると思います。あと、入社した頃、ちょうど日本で韓流ブームがあったのも幸いした と思います。ただ、私はあまり韓国のドラマを観ていません。
  特に日本に来たばっかりのときは絶対韓国のテレビを観たり音楽を聴いたり、ということはしませんでした。そういうものに触れるとホームシックになってしま いますから。とにかく半年でも1年でもいいから、日本のことだけを考えようとしていました。寂しい思いもしましたが、せっかく来ているのだから、日本に来 たことを後悔したくなかったです。韓国にいても、アメリカにいても、日本にいても、どこにいても自分次第だと思いますね。一番支えになったのは、家族で す。
Q6: 今後の展望は
 そうですね、、、5年後、10年後私は何をしているのでしょう。
 先のことだから今はよくわかりません。
 5年前日本に来る時にまさか日本で仕事までできるとは思っていませんでしたから。さらに5年後、どういう自分になっているのか私も楽しみです。
 ただ、今自信を持って言えるのは、今の仕事と周りの人というのは私にとってはすごく大事なので、日本にいる最後の日まで大事に大事にして行きたいと思っ ています。そして、日本に来て、日本語を覚えて、インテリアの勉強をして、楽しく仕事までできたというのを、いつまでも誇りに思えるようにして行きたいと 思っています。


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