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にほんごハローワーク 第7回 尺八を通して異文化を融合させる
Q1: 演奏活動でお忙しそうですね。
「桜前線ツアー2007」のパートナー、カート・パターソンさんと(神奈川、三池公園)
「桜前線ツアー2007」のパートナー、カート・パターソンさんと(神奈川、三池公園)
 忙しかったり暇だったり、波がありますが、10月から琴奏者のカート・パターソンとの草の根演奏活動を始めています。例えば、週末には井の頭公園などで野外演奏をしています。池の表面に演奏の音が反響し、風に揺られる木の葉の音が重なって、とてもいい感じがしました。近くを通る人も、「おい、尺八と琴やってるぞ、それも外国人だぞ」という具合に足を止めて注目し、雰囲気もとてもよかったので続けています。2007年の3月からは「桜前線ツアー2007」と題し、桜前線の北上に合わせて九州から北海道まで日本縦断のオープンライブを開催する予定です。お寺や神社、公園、商店街、庭園、レストラン、ホールなど、いろいろな場所で演奏するつもりです。
Q2: 尺八を知ったのはいつですか。
 本物の尺八を初めて見たのは近所のロサンゼルス・カウンティー・ミュージアムでの演奏でした。美しい日本画などの展示があると聞いて見に行くと、偶然三曲(3)の演奏会があったのです。袴姿の正装で、竹でできた笛を縦に構えている演奏者の姿はとても格好いいと思いました。日本や日本語についてはほとんど何も知りませんでしたが、すぐに演奏してみたいと思いました。
Q3: 日本を訪れたのは、尺八を勉強するためだったのですか。
 はい。尺八には穴が五つしかなく、簡単に見えたので、1年くらい練習すれば習得できると思って日本に来ましたが、もちろんそんな簡単なものではありませんでした。来日して間もなく、最初の尺八の先生をピアノの調律師に紹介してもらいました。この調律師が現在の妻です。初めは五線譜を使った尺八の稽古を受けていましたが、より本格的に勉強するために竹友社(4)の稽古を受けるようにしました。その譜面は縦書きの伝統的なものでした。

 稽古と同時に東京日本語学校(Naganuma School)に通い、日本語を勉強しました。朝9時から12時までは日本語の勉強、午後は尺八の稽古、夕方からは生活費を稼ぐために英語を教えていました。

 その後、一時アメリカに帰って日本の宗教や歴史を研究するために、故郷のカルフォルニア州立大学サンタバーバラ校に修士入学し、本曲のルーツである仏教(普化宗(5))の流れを研究しました。修了後は日本に戻り、東京藝術大学で人間国宝の山口五郎先生の稽古を受ける機会に恵まれました。先生は権威を振りかざすようなことは一切なく、本当に優しく指導してくださいました。
Q4: 1999年、日本の音楽を紹介する立場でアメリカ各地を演奏旅行されましたね。
 その前年に開催された国際尺八フェスティバルに参加したときには、世界中から尺八奏者が集まっており、さまざまな人達が熱心に尺八を楽しんでいることに驚きました。1999年には国際交流基金の助成を受けて、三味線、琴、尺八の3人からなる「コンテンポラリー三曲アンサンブル」を率いて、日本の音楽を聞く機会の少ないアメリカ各地で演奏を行いました。観客の反応は良好でした。
Q5: その後、ジャズへの大きな転換をされたそうですね。
「カンデラ」のピアニスト、ジョナサン・カッツさんとのライブの模様
「カンデラ」のピアニスト、ジョナサン・カッツさんとのライブの模様
 日本の音楽を学ぶうちに、誰かのやり方ではなく、自分自身の表現がなくてはならないと思いました。私にとって音楽的なルーツであるジャズを尺八で演奏する試みとして、2000年から「カンデラ」というグループを組み、3枚のアルバムをリリースしました。

 尺八でジャズを始めてからは、自分で新しい奏法をいくつも見つけました。私の音色はフルートのようだといわれることがありますが、ジャズの楽器編成の中でつぶれない音を出しているうちにそうなったのです。ただ、今は本来の尺八の奏法に戻って演奏をする必要を感じています。

 現在では日本人のジャズプレイヤーが世界で活躍しているのですから、外国人が日本でジャズを演奏するのはそれほど難しいことではありませんが、私は他のミュージシャンに比べると、垣根の高い伝統的な尺八の世界に身を置いています。しかし、だからこそ壁で隔てられた世界を融合することができる立場にいるともいえます。その意味では私は有意義なことをしていると思っています。

 私はジャズの世界に自分が学んだ日本の音楽をどれくらい取り入れることができるか試みているところです。ライブの広告などでは「外国人が尺八でジャズ!」など書かれ、もの珍しさを期待されてしまいがちです。また日本人はトークが好きで、演奏よりもトークが喜ばれてしまったりもしますが、私はむしろ尺八がジャズの曲にとけこむ演奏を目指しています。
Q6: 日本の学校で子供たちに尺八を教えられていますね。
福島県立双葉翔陽高校での演奏会の様子
福島県立双葉翔陽高校での演奏会の様子
 中学生から大学生までを対象にして、演奏会を開いたり、音楽の授業をしています。学校で演奏するときは、生徒がきちんと演奏を聴けないのではないかと先生方は心配します。しかし演奏が始まると生徒が興味をもって聴くので、ほっとしたり、驚いたりしています。福島の医科短期大学では看護学生に選択授業で尺八を教えています。本物の尺八は高価なので水道管で作った尺八を使っていますが、ちゃんと音は出ます。彼女たちはガチガチに真面目な学生なので、リラックスできればいいと思っています。病院で演奏する機会もありますが、演奏後の観客の表情を見れば、音楽が重要な役割を果たすことがよくわかります。

 今の若者たちは、iPodで耳を塞ぎ、携帯電話で目を塞いで、自分の壁の中に閉じこもっている感じがします。音楽は自分の壁の中ではなく、開かれたコミュニケーションの中で聴かれるべきで、こうした壁を開く必要を感じています。

 私が今やってみたいのは、BGMのように生演奏をする試みです。難しいのですが、公園での演奏は一つの試みです。公園で演奏していて面白いのは、大人と子供との反応の違いです。子供は大人の手を引っ張って、「ほらあそこで何かやっているよ」という反応を見せるのですが、大人は唖然として動かないのです。今の日本の子供たちは、まるで「外人」のように日本の文化を知りませんが、先入観もないため、いちばん素直な反応を返してきます。
Q7: 音楽は言葉の壁を越えるコミュニケーションと言われることがありますが、どう思われますか。
 私にとって音楽は壁だらけの世界です。言葉に比べると最初のインパクトが強いことは確かですが、印象が良くなければ最初から拒否されてしまいます。尺八なら、少し聴いただけで顔をしかめ、「ああ、古い。嫌だ」と思われてしまうことはよくあります。

 日本の文化で良いと思う面はたくさんあります。例えば「間」の感覚などです。尺八の演奏でも間を表現しますが、これは日本独特の感覚だと思います。それから、どの文化にも言えることでしょうが、日本ではとりわけ物事を分け隔てる傾向を感じます。

 私は日本に住む外国人として、日本人が自らの文化に対して作った壁を取り除き、私なりの国際貢献ができればいいと思っています。今考えているのは、公園ライブや「桜前線ツアー2007」のように開かれた空間で演奏することと、シンセサイザーなどの電子楽器と共演をすることです。また現在活動を休止中の「カンデラ」を復活させなくてはいけないとも思っています。
Q8: 日本語をどのように勉強されたのか、詳しく教えてください。
 東京日本語学校の授業は、難しい文法から入るのではなく、まず聞いて覚えることから始まりましたから、私にとってこの学校は子供が言葉を覚えるときの母親のような存在でした。私は音楽をやっているので、楽器のスケール練習と同じように、「銀行はどこですか」「郵便局はどこですか」といった言葉のフレーズを何度も口に出して覚えました。

 学校には世界各国から生徒が集まってきますから、それぞれ得意なことや苦手なことがあります。私は敬語が苦手でしたので、しきりに敬語を使っているうちに嫌味のようになってしまったこともあります。もちろん漢字を覚えることは私には難しかったので、できるかぎり教材ではなく、普通の漢和辞典を使っていました。また、当時は外国人が日本語を喋ることは珍しかったので、日本人が英語で話しかけてくれたのですが、言葉の学習の面では妨げになってしまいました。

 やはり言葉の上達にいちばん役立つのは、日本語で会話をする相手がいること、そして日本語を積極的に使える環境にいることだと思います。私の妻は日本人ですが、しばらくはお互いに英語で話していました。しかし彼女の家族、特にお父さんと日本語で話せないのはよくないと思い、ある日、英語で妻に「これからは日本語で話そう」と宣言したのです。このことは日本語の上達には役立ちました。

 日本語にしかない表現はたくさんあります。私が最も好きなのは「おかげさまで」という言葉です。本当にそのとおりだと思える、日本語でしか表せない表現です。
Q9: 海外で日本語を勉強中の方々に上達のためのアドバイスをいただけますか。
 日本語を使う目的を早く見つけることだと思います。私にとってそれが音楽でした。

1 琴古流:文献上で確認できる最古の尺八流派。流祖・黒沢琴古(1710〜1771)は普化宗尺八の指南役として全国の虚無僧寺から伝承曲を収集整理し、琴古流本曲にまとめて弟子に伝承した。明治維新以降、虚無僧修行としての尺八は禁止されたが、琴古流宗家の荒木古童(1823〜1908)が政府に嘆願し、遊芸のための楽器として尺八を取り扱うことが許可された。
2 山口五郎(1933〜1999):琴古流尺八竹盟社宗家、東京藝術大学尺八科初代教授、人間国宝。琴古流尺八を保存・発展する竹盟社を継承し、国内だけでなく欧米各国、インド、オーストラリアなどに尺八を広めた。1977年に打ち上げられた惑星探査機ボイジャーⅡ号に搭載された純金レコードには、山口の演奏による琴古流尺八本曲「巣鶴鈴慕」も録音された。1992年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。1996年紫綬褒章受賞。
3 三曲:三味線、琴、尺八を用いた合奏のこと。
4 竹友社:琴古流尺八を受け継ぐ最大の団体。1894年に初代・川瀬順輔により創立。符点法尺八楽譜とよばれる独自の譜面を開発し、尺八楽曲の保存と普及に努めた。人間国宝・山口五郎の父・四郎は竹友社の出身。
5 普化宗:中国唐代の普化和尚を開祖とする禅宗の一派。普化宗の修行僧である虚無僧は座禅を組む代わりに尺八を吹いた。江戸時代からは虚無僧を装った浪人の取締りなどのために幕府とのかかわりが強くなり、明治時代に入ると宗派は廃止された。
関連ウェブサイト:
ブルース・ヒューバナー:http://www.zabutonemusic.com
カンデラ:http://www.candelatokyo.com/index.html
海外尺八サイト:http://www.shakuhachi.com


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