文楽ロシア公演

文楽ロシア公演の写真

国際交流基金(ジャパンファンデーション)は、モスクワで今夏開かれるチェーホフ国際演劇祭2009にて、文楽(人形浄瑠璃)初のロシア公演を開催します。

公演の様子の写真1
©河原久雄

大阪で生まれ、大阪の庶民に育まれてきた文楽は、「無形文化遺産」に登録され、日本国内のみならず世界中から注目されています。チェーホフ国際演劇祭では日本の三大古典芸能からすでに歌舞伎と能が紹介されており、残る文楽の上演が待望されていました。

演目は、大阪の遊女・お初と醤油屋の手代・徳兵衛の心中事件を扱った近松門左衛門原作『曾根崎心中』。1703年に近松が文楽のために書いたこの作品は、当時の人々の心情をリアルに描き出し、実際の事件からわずか1カ月後に上演されて大当たりをとりました。

チェーホフ国際演劇祭は、2003年に近松座(現在の坂田藤十郎)による歌舞伎『曾根崎心中』を紹介し、好評を博しました。今回は、その歌舞伎に続く、文楽での『曾根崎心中』上演となります。

公演の様子の写真2
©河原久雄

『曾根崎心中』をはじめとする近松作品は、文語を生かした美しい翻訳が、すでにロシアで紹介されています。今回の文楽での上演は、物語を語る「太夫」と楽器の「三味線」によって、耳で聞く語り物としての近松の世界をロシアの観客に伝えることでしょう。また、3人で遣う「人形」は、生身の人間とは異なる表現を生み出します。「太夫」「三味線」「人形」の三業による総合芸術が、文学や演劇の豊かな伝統をもつロシアの観客にどのように受け止められるか、期待されます。

ロシアでは、近松の『冥途の飛脚』の主人公、梅川と忠兵衛によって幕を開ける映画『Dolls(ドールズ)』(北野武監督)が2年を超えるロングランを記録しました。同映画に参加した鶴澤清介(三味線)、桐竹勘十郎(当時は吉田簑太郎、人形)の出演も、注目されます。

開催概要

日程

2009年6月30日から7月8日、計8回公演(7月5日休演) 19時開演

会場

プーシキン劇場(モスクワ)

演目

近松門左衛門原作、野澤松之輔脚色・作曲『曾根崎心中』
生玉社前の段、天満屋の段、天神森の段 全三幕(ロシア語字幕付)

出演

豊竹咲大夫(太夫)、鶴澤清介(三味線)、吉田和生(人形)、桐竹勘十郎(同)ほか

チケット

3,000から300ルーブル
購入についてはこちら
http://chekhovfest.ru/pages/bilety.php(ロシア語)

http://chekhovfest.ru/pages/tickets.php(英語)
主催

チェーホフ国際演劇祭、ジャパンファウンデーション、在ロシア日本大使館

助成

文化庁

協賛

日本航空、JTI

制作

財団法人文楽協会

文楽公演写真3
©河原久雄

主な出演者

豊竹咲大夫(とよたけ さきたゆう) 太夫

豊竹咲大夫(とよたけ さきたゆう)
©森口ミツル

1944年、大阪生まれ。父は昭和期を代表する名人、8世竹本綱大夫。1953年8月、豊竹山城少掾に入門し、竹本綱子大夫と名乗る。同年10月、大阪・四ツ橋文楽座初舞台。1966年9月、大阪・朝日座で初代豊竹咲大夫と改名。1999年、芸術選奨文部大臣賞を受賞。2004年、紫綬褒章を受章。2009年4月、「切場語り」(作品の中で最も重要な場面を語る資格を持つ太夫)に昇格し、同年6月、日本芸術院賞を受賞。
早くからその素質が認められ、10世竹澤弥七や、6世鶴澤寛治、2世野澤喜左衛門といった当時のトップクラスの三味線弾きから厳しい指導を受けた。的確な作品解釈に裏付けされた明晰かつ理知的な語り口が、高い評価を得ている。亡父が得意とした「近松物」(近松門左衛門の作品)の伝承者としても貴重な存在である。また「時代物」も豪快に語り、「チャリ場」と呼ばれる滑稽な場面も得意とする。文楽のみにとどまらず、能楽師・歌舞伎役者との競演やラジオのディスクジョッキーを勤めるなど、他ジャンルとの交流にも積極的で、義太夫節の可能性と裾野を広げている。人気、実力、そして技術と三拍子揃った、現在最も脂の乗った太夫で、次世代の文楽のリーダーであることは間違いない。

鶴澤清介(つるさわ せいすけ) 三味線

鶴澤清介(つるさわ せいすけ)
©森口ミツル

1952年、大阪生まれ。初め女流義太夫の豊澤住造に義太夫節の手ほどきを受け、1973年6月、改めて2世鶴澤道八に入門し、鶴澤清介と名乗る。翌年1月、大阪・朝日座で初舞台。入門直後から三味線弾きの長老が相次いで亡くなり、世代交代を余儀なくされるなかで、大役や代役等で抜擢されながら成長。師匠の逝去に伴い、1982年からは鶴澤清治門下となる。 いわゆる「腕の強い」芸で、義太夫三味線らしい力強く大きな音色に特徴がある。音楽としての構成力、演出力に優れ、中堅の三味線弾きの中で最も正統的な存在。三味線弾きも義太夫を語ることができなければならないという信念から、三味線弾きが語る義太夫の会を主宰。また、文楽の長い歴史の中で伝承の途絶えてしまった曲を古い楽譜から掘り起こしたり(復曲)、全く新しい台本に曲を付ける(作曲)などの取り組みも行なう。演奏者として、且つ次世代への伝承者として、これからますますの活躍が期待される。

吉田和生(よしだ かずお) 人形

吉田和生(よしだ かずお)

1947年、愛媛県生まれ。もともと彫刻に興味があり、学生時代に人形細工師(人形のかしらの製作や補修をする人)の大江巳之助を訪ねるうち、大江の勧めで文楽の人形遣いになる決心をした。1967年7月、吉田文雀に入門し、吉田和生と名乗る。翌年4月、大阪・毎日ホールで初舞台。
師匠の家に住み込んで生活を共にしながら修業する「内弟子」を経験した最後の世代。師匠の文雀が遣う人形の左遣い(人形の左手を受け持つ)として、老若男女様々な役を経験した。10年ほど前から人形遣いのベテランや中堅が相次いで亡くなり、思いがけない大役が次々と舞い込んでいるが、当時の修行の成果を生かしてどの役も水準以上にこなしている。芸の品位、品格という点では現在の文楽でも随一。師匠譲りの女方も品があるが、「義経千本桜」の平維盛、「仮名手本忠臣蔵」の塩谷判官、「妹背山婦女庭訓」の求馬など、高貴な二枚目の役はもはやこの人の持ち役となっている。同世代の桐竹)勘十郎、吉田玉女とともに、現在の文楽人形遣いのリーダーの1人。博識で、人形芝居を描いた錦絵のコレクターでもある。

桐竹勘十郎(きりたけ かんじゅうろう) 人形

桐竹勘十郎(きりたけ かんじゅうろう)

1953年、大阪生まれ。父は2世桐竹勘十郎。1967年7月、吉田簑助に入門し、吉田簑太郎と名乗る。翌年4月、大阪・毎日ホールで初舞台。吉田和生とは、入門も初舞台も同じ同期である。2003年4月、大阪・国立文楽劇場で父の名跡の3世を襲名。文楽は世襲ではないが、親の名前を子供が継いだ数少ない例となった。2008年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、同じく紫綬褒章を受章。
主に立役を遣う父・2世勘十郎、主に女方を遣う師匠・簑助の双方について、足遣い(人形の足を受け持つ)を修業。勘十郎を襲名した現在も、立役は父親譲りの豪快で豊かな表現力、女方は師匠譲りの上品な色気に特色がある。「曽根崎心中」のお初は師匠の最も得意とする役の一つであり、それを見事に継承している。人形や小道具を自分で製作したり、文楽には少ない子供向けの演目の台本を自ら書いて上演するなど、文楽界きっての才人として活躍。新たな文楽ファンを開拓するため、出張公演や他ジャンルとの競演にも積極的に取り組む。

参考情報:Performing Arts Network Japan アーティスト・インタビュー

世界に誇る日本の人形劇「文楽」人形遣いのホープ三世桐竹勘十郎に聞く

お問い合わせ

国際交流基金(ジャパンファウンデーション)文化事業部舞台芸術チーム (担当)河野
Tel: 03-5369-6063  Fax: 03-5369-6038

ページトップへ戻る