Omnilogue: Journey to the West展 1月からニューデリーで開催 アーティストと作品について

アーティストと作品について

Journey to the West」では、6名の日本人アーティストがこれらの問いに応えながら、歴史上ならびに現代の相互主観的な文化関係や交渉を、次のような方法で探求します。

橋本 聡 Satoshi Hashimoto

Reの写真
Re》(参考作品)
パフォーマー、来場者、本、木、2本の鎖、カップ、
ティーバッグ、水、やかん、電気コンロ、他
2005年3月30日-4月2日(4日間、1日あたり6時間)
Courtesy of the artist

本展において橋本聡(1977-)は、社会のなかの固定化された考えや経済的に不均衡な関係を、いかに揺り動かすかを熟考してきました。そこで橋本は、国際交流にまつわる一方的な関係の逆転を実現すべく、「外」からの交流ではなく、自らインドの「内」になるための回路を獲得する方法を模索しました。その結果が、公募によってインド人からコンセプトを購入し、それを独自に解釈し、具体的に作品化するという方法となりました。この試みを、橋本は臓器売買になぞらえます。他者から橋本に「移植」されたコンセプトによって、自らの内に生じるであろうコンフリクトといかに交渉し、「他者」であるコンセプトを自身のアイデンティティに合成しうるか。本展のテーマに対する橋本の応えと買い上げたコンセプトの解釈は、会場内で提示されます。

小泉 明郎 Meiro Koizumi

若き侍の肖像の写真
《若き侍の肖像》(参考作品)
9分45秒 2009
Courtesy of the artist

小泉明郎(1976-)は、ヴィデオとパフォーマンスを主なメディアとし、作品の出演者や、それを見る人々の心理的な葛藤や動揺が現れる様を捉えた作品を制作してきました。作家は、出演者のある行為の反復や増大によって、「正常」からの逸脱や、「日常」に潜むカタストロフィーを徐々に浮き出たせたり、歴史的、性的タブーに対する直接的な言及によって、私たちが普段意識していない抑圧や不安を露わにします。
本展の新作では、千手観音やドゥルガー神に見られる、複数の腕によって表されている神の「全能」と、大衆文化や伝統文化で見られるその表象をヒントに、パフォーマンスをベースにしたヴィデオ作品を発表します。「平和」や「幸福」といった概念に関する思想家たちの言葉を引用し、3人のパフォーマーの腕それぞれが、その言葉に対してアクションを起こし、それらがいかに互いに干渉・呼応し合うか実験を重ねてゆきます。

照屋 勇賢 Yuken Teruya

朱の鳥、紅の空の写真
《朱の鳥、紅の空》[部分](参考作品)
綿、顔料(反物)、箱、チラシ(型紙)
2010
作家蔵
Photograph: ジーン・オガミ
Courtesy: the artist

沖縄出身でニューヨークを拠点とするアーティストとして、照屋勇賢(1973-)はその土地特有の感性に根ざした美学を、詩的かつ批評的な表現で自身の作品に織り込んできました。照屋は「沖縄‐日本‐デリー‐インド」という本展固有の流れに着目しながら、東西の文化交通を国際的な文脈で考察します。
デリーが位置するインド北部の社会文化的、そして地政学的な条件に関心を抱く照屋は、ジャイプールの木版染めの工芸染織家とのコラボレーションによって、その地域特有の染織の型や形体の現地調査を反映した新作を制作予定です。工房との対話を重ねることで、照屋は、伝統的な図の再構成、あるいは現代のイメージとの交差や衝突の創出など、伝統と現代を交錯する多角的なコラボレーションの可能性を探ります。

本展の参加アーティストのうち、森弘治と笹本晃の二人は共に死に関するテーマを扱いますが、その作品は互いに補完し合う関係にあります。

森 弘治 Hiroharu Mori

死のワークショップの写真
《死のワークショップ》より
デジタルCプリント
2011
Courtesy of the artist

森弘治(1969-)は様々な美的言語を駆使し、時にはユーモアや皮肉を織り交ぜながら、正常化された「文化」や「日常」に切り込むヴィデオ作品や、公共空間へ介入するプロジェクトを発表してきました。近年は、学生や俳優と共に対話や実験を重ね、彼らのアイディアや表現を引き出す作品にも取り組んでいます。
本展で展示される新作ヴィデオ・インスタレーション《死のワークショップ/Workshop for Death》は、インドの若手俳優たちとの約3週間に渡るワークショップをもとに制作されます。ワークショップの参加者は自らの死を想像するよう指示され、その場面を即興的に演じながら対話や議論を重ね、最期のシーンを作り上げていきます。普段は真っ向から向き合うことのない自らの死に対して具体的なイメージを描き、かつそれを演出するということを通じて、森は参加者たちの想像力や表現力に挑戦します。

笹本 晃 Aki Sasamoto

ストレンジ・アトラクターズの写真
《ストレンジ・アトラクターズ》(参考作品)
パフォーマンス、ミクストメディア・インスタレーション
サイズ可変
2010
Courtesy of the artist and Take Ninagawa

笹本晃(1980-)の作品は、私たちがどのようにしたら死後のリアリティや、「もうひとつの自我」、あるいは「他者としての自我」を想像することができるか理解するための、地図製作ともいえます。デリーで笹本は、電気式火葬場のマネージャー、外科医、アユールヴェーダの医師、葬祭を司る司祭、占い師といった多様な職業の人々との面会調査を行いました。こうした人々との意見交換をとおして笹本は、死が宗教的なものとして、あるいはスペクタクルなものとして、または記憶や迷信として、もしくは分析的に扱われていることに向き合いました。1月の展覧会では、これらの対話や、宗教的・個人的な物語から集めた素材をもとに、自身によるパフォーマンスとインスタレーションを行います。

中国の小説『西遊記』で目指された「天竺」(天国の中心)という理想は、実存主義的、また存在論的な次元で「我々は何者か」を理解したいという私たちの欲望と、二人のアーティストの想像力と交差します。
笹本晃の来世についての関心はまた、八幡亜樹の新作ヴィデオとも好対照を成します。

八幡 亜樹 Aki Yahata

ヤマンバパンの写真
《ヤマンバパン》(参考作品)
ヴィデオ・インスタレーション
2008
Courtesy of the artist

八幡亜樹(1985-)は私たちの日常生活のなかに魔法をもたらそうとするアーティストです。彼女は想像と現実を行き交うような映像で、日々のリアリティに「魔法」や「不思議」を吹き込み、日常を再創出します。
今回八幡は、聾の日本人舞踏家とインドの盲目の蝋燭職人と共に映像制作を行います。八幡が構想した想像世界に役者として登場する彼らの身体感覚や世界観、また二人の間に生まれる、言葉も視線も交わさないコミュニケーションを捉える作品を試みます。そこには「日本」、「インド」という国や文化的境界を飛び越えた、より普遍的なコミュニケーションは可能なのかという、八幡の根源的な問いも含まれています。

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[お問い合わせ]

国際交流基金 文化事業部 造形美術チーム
担当:古市 E-mail  朝岡 E-mail

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