東京都現代美術館「田中敦子 ― アート・オブ・コネクティング」展

田中敦子 ― アート・オブ・コネクティング展の写真

イギリス・バーミンガムのアイコンギャラリーを皮切りに、スペイン・バレンシア州のカスティジョン現代美術センターを巡回した「田中敦子展」が、2月4日(土)より東京都現代美術館において開催されます。

今回の展覧会では、音が展示空間を走る《作品(ベル)》(1955)や、約200個の電球が点滅する《電気服》(1956)を舞台に登場させ、自らもパフォーマンスを行うなど 、造形とパフォーマンスを結びつけたパイオニアとしての50年におよぶ活動を、絵画やコラージュ、記録映像など作品約100点を通して紹介します。

展覧会概要

日程
展覧会タイトル 田中敦子 ―アート・オブ・コネクティング
会場 東京都現代美術館 3F
会期 2012年2月4日 土曜日 から 5月6日 日曜日
休館日 月曜日(4月30日は開館)、5月1日
開館時間

10:00-18:00 (入場は閉館の30分前まで)

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館、国際交流基金
特別助成 財団法人 石橋財団
協力

NECディスプレイソリューションズ株式会社

観覧料 一般1,000円(800円) | 大学生・65歳以上800円(640円)
中高生500円(400円) | 小学生以下無料
※()内は20名様以上の団体料金
※本展チケットで「MOTコレクション」もご覧いただけます。
キュレーター <日本展>
長谷川祐子(東京都現代美術館 チーフ・キュレーター)
担当学芸員: 関昭郎 (東京都現代美術館 シニア・キュレーター)

<英国展>
ジョナサン・ワトキンズ(アイコンギャラリー ディレクター)

<スペイン展>
ロレンサ・バルボーニ(カステジョン現代美術センター ディレクター)

<日本側実行委員>
加藤瑞穂 (大阪大学総合学術博物館招聘准教授)
河崎晃一 (兵庫県立美術館企画・学芸部門マネージャー 館長補佐)
長谷川祐子(東京都現代美術館 チーフ・キュレーター)

オープン記念トークセッション「田中敦子のつないだもの」

戦後日本の前衛美術グループ「具体」を代表する女性アーティストとして、近年国内にとどまらず海外でも注目を集めている田中敦子(1932-2005)の欧州における9年ぶりの個展となった本展の東京での開催に合わせ、オープン記念トークセッション「田中敦子のつないだもの」を開催いたします。本講演では本展の共同企画者である3館の代表者を招き、過去と現在における田中敦子の芸術が果たした意味を国際的な視点から検証します。

日程
日時 2012年2月4日 土曜日 午後1時から3時(開場12時30分)
講演者 ジョナサン・ワトキンス(アイコンギャラリー ディレクター)
ロレンサ・バルボーニ(カスティジョン現代美術センター ディレクター)
長谷川祐子(東京都現代美術館 チーフキュレーター)
モデレーター 関昭郎(東京都現代美術館 シニアキュレーター)
会場 東京都現代美術館 講堂(教育棟地下2階
参加費 無料
※日本語の逐次通訳あり。
定員 200名(先着順)
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館、国際交流基金

田中敦子 プロフィール

1932年、大阪に生まれる。1951年、京都市立美術大学を中退の後、大阪市立美術館付設美術研究所に学ぶ。同研究所に通っていた金山明の助言で抽象絵画に興味を持つようになり、1954年頃に数字をモティーフにした作品を手掛ける。同時期、金山が中心メンバーの一人であった、先鋭な美術を目指す若手作家のグループ・0会に参加し、同会の白髪一雄や村上三郎らと積極的な相互研鑽を図る。1955年に金山、白髪、村上と共に、吉原治良がリーダーを務める具体美術協会(略称:具体)に加入。10メートル四方のピンクの人絹を地上約30センチの高さに張った作品や、順に鳴り響く20個のベルを会場に設置した作品、あるいは、高さ4.4メートル、幅3.6メートルの巨大な人型七体に管球を取りつけ規則的に光を点滅させた《舞台服》、約200個の多彩な電球・管球を組合わせ、明滅する光の服に仕立てた《電気服》、次々と衣装を着替えてゆくパフォーマンスなど斬新な作品を立て続けに発表し、1957年頃から、電球とコードの絡まりに着想を得た絵画を制作し始める。その作品が、1957年に来日したフランスの批評家ミシェル・タピエの目にとまり、具体の中で「国際的にもっとも確固たる作家群と対比並列すべき」メンバーの一人として高い評価を得る。それ以後タピエを通して欧米で紹介されると同時に、国際展への出品・入賞を果たし、具体の重要性を担う作家の一人と目されるようになった。1965年に具体を退会した後も、精力的に制作活動に取り組み、2004年まで定期的に個展を開催。具体再評価の動きが本格化した1980年代以後は、戦後美術をテーマに据えた国内外の大規模な展覧会や、具体を包括的に検証した展覧会で、常に主要な出品作家の一人として紹介される。また、1990年代後半より具体という歴史的文脈を超え、一人の作家として注目されるようになり、2001年の芦屋市立美術博物館および静岡県立美術館での回顧展「田中敦子—未知の美の探求 1954-2000」でその存在を改めて広く国内外に知らしめた。2002年にインスブルック、2004年にニューヨーク、2005年にバンクーバーで本格的な個展が企画され、国外でも再評価の機運が高まる中、2005年3月の交通事故が元で同年12月に急逝。2007年、現代美術の動向を知る上で、ヴェネチア・ビエンナーレと並び重要と見なされている大規模な国際展「ドクメンタ12」(ドイツ・カッセル)の出品作家の一人に選出され、翌年にも第16回シドニー・ビエンナーレで取り上げられるなど、没後も国際的評価はさらに揺るぎないものとなっている。

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