音楽監督

大島ミチル氏の写真

大島ミチル

国立音楽大学作曲科卒業。在学中から作、編曲家としての活動を始め、映画音楽、CM音楽、TV番組音楽、アニメーション音楽、施設音楽など様々な分野で活躍。52回、第67回の毎日映画コンクール音楽賞受賞、第21回、第24回、第26回、第27回、第29回、第30回の日本アカデミー優秀音楽賞、第31回の日本アカデミー最優秀音楽賞を受賞。他にも2006年アニメーション・オブ・ザ・イヤー音楽賞受賞、ジャクソンホール映画祭(アメリカ)ベスト映画作曲賞等受賞多数。フランスと日本にて「For The East」CDも発売中。また吉永小百合さんの原爆詩の朗読の音楽も担当。代表作品として、大河ドラマ「天地人」、映画「ゴジラ対メガギラス」、映画「明日の記憶」、アニメ「鋼の錬金術師」など。
公式サイト http://michiru-oshima.net/

大島ミチルさんロングインタビュー

アセアン6カ国と日本の伝統音楽家12名が公演団を結成し、10~11月に1か月かけてアセアン各国をツアーする(東京公演は12月18日にBunkamuraオーチャードホールにて開催)。 多様な文化的ルーツをもつアーティスト達が打楽器と声だけを使って演奏をする、この新しい試み“Drums & Voices”の音楽監督をつとめるのが、作曲家の大島ミチルさんだ。 最初のワークショップをタイで終え、帰国したばかりの大島さんにお話を聞いた。
(聞き手:小田島久恵)

(聞き手)
タイでのワークショップは7か国の音楽家たちの「初顔合わせ」だったわけですが、いかがでしたか?
(大島)
「私自身、ワークショップをやるのは初めての経験でした。オーケストラにしても楽器での演奏にしても、基本はスタジオ・セッションでしたから。ふだんは99%自分の曲なので、書いた時点でどういう感じになるか、完成図が見えているんです。ところが、今回はゼロの状態からのスタートで、私自身もゼロだったから…すごく面白かったです!(笑)」
(聞き手)
各国の伝統楽器はとてもユニークなものばかりですよね。これほど種類の違う珍しい打楽器があることに驚かされます。
(大島)
「実際に見て、本当に驚かされました。出てくる音も新鮮で、こういうことが出来るのか…と衝撃でしたよ。音を出してもらって、ビートの感覚が国によって違うことにもすぐに気づきました。16ビートでも、少し跳ねる人もいれば、正確な人もいるし、前乗りの人もいれば後ろ乗りの人もいる。全然違うんですよね。もう一回ワークショップがあるんですが、それをどれくらいまとめたらいいのか、あるいはまとめすぎないほうがいいのか、考えていこうと思っています」
(聞き手)
まとめすぎないほうがいいこともあるんですね。
(大島)
「ひとつの方向性できちっとやったほうが音楽的にいいこともありますし、そうじゃないほうが面白いこともありますね。最初に各国のプレゼンテーションをやってもらったとき、実は3日ぐらいかけて自己紹介してもらおうと思っていたら、2時間くらいで終わってしまって(笑)。それでは情報が足りなくて困ってしまって、その後各国ずつじっくりプレゼンテーションをもう一度やって、このリズムは面白いんじゃないかとか、この曲は使えるんじゃないかとか、見つけていきました。全員が手探りだったと思います」
(聞き手)
同じアジアでも、音楽性はずいぶん違うものなのですね。
(大島)
「日本の五音階の旋律のようなものが、他のアジアの国の伝統音楽に発見できた、ということはありました。昔の日本でよく歌われていたものと共通するメロディがあるかと思えば、ミャンマーのように全く違う音楽もある。これは意外でしたね。ミャンマーが一番穏やかな音楽をやるものだと思っていましたから。16ビートの裏打ちだけを叩くような感じなんです。それをカンボジアのミュージシャンが食いつくように見ていて、自分に同じ叩き方が出来ないことを悔しがっていましたね。隣で見ていても、出来ない苦しさが伝わってくるんです。でも、二回目のセッションでは完璧に出来るようになってました」
(聞き手)
音楽家同士が、真剣にしのぎを削っている感じですね。
(大島)
「その国でトップクラスの方は、演奏家として一番だと言われたいし、いい意味でプライドが高いのですね。かと思えば、タイのミュージシャンは『僕はみんなが仲良くしてくれるのが一番だ』と言ってました。彼はみんなに気を使ってましたね。最初のワークショップは、二週間でそれぞれの人柄を見ることが一番大切なことだったかも。いつもは順序が逆なんですよ。スタジオでは譜面を渡して、そこから信頼関係を作るんですけど、ここでは先に信頼関係を構築して、それと同時に音楽を作っていくという感じでした。」
(聞き手)
その中には、音楽家同士の葛藤や、ある種のジェラシーもあったかも知れないですね…。
(大島)
「何人かの音楽家と話をしていて、ブルネイのユスリというミュージシャンが、『最初ここに来たとき、あまりに情報が多すぎて混乱した』と。ブルネイでは『この楽器ではこうやる』というパターンが決まっていて、そうじゃないことをやるのが奇異な感じだったと言うんです。でも、そのカルチャー・ショックを全部吸収して帰りたいと思ったらしいです。『次にブルネイで自分が何かやるときに、この経験を活かしたい』と言っていました。
(聞き手)
ものすごく発展的な意見ですね。
(大島)
「ミャンマーの若いミュージシャンも、同じようなことを言っていました。来年、自分はミャンマーでCDを出すかも知れないけど、今回得たことを全部活かしたいと。」
(聞き手)
全員がそういう感じでしたか?
(大島)
「そこまで思えた人は、かなり進歩的だと思いますし、どれくらい思えたかはわからないですね。社会構造と一緒で、ものを作るときも、自分が長年やっていたスタイルと違うものと出会うと『なんか違うんじゃないか』と拒絶反応が起こると思うんです。そこで、違うものを吸収して新しいことを一緒にやろうと思えるようになるのは、まさに友好の意味があるプロジェクトなのではないかと…そういうことが、なんとなくおぼろげに分かったところで一回目のワークショップは終わりましたね。身体に音楽を入れていくのは次の段階だと思います。」
(聞き手)
悩んでいるアーティストの相談役も、大島さんはやられていたのでは?
(大島)
「すごく悩んでいたのは、タイのクリスというシンガーで、彼はポップスのシンガーだったので『自分は民族音楽の歌い方も知らないし、なぜここに来たんだろう』と。そのとき、私自身が苦手な仕事ばかり来ていた時期に、先輩の作曲家の方に『苦手な仕事が来るっていいことだね』と言われたことを思い出しました。普段以上に努力してトライしなければ出来ない苦手な仕事は人生においてめったいにないチャンスでもある・・・クリスにも『こんないいチャンスはないよ』と伝えました。でも、彼は非常につらかったと思います。一生懸命、叩けないパーカッションを叩いたり、彼なりにすごく努力をしたと思います」
(聞き手)
なるほど。そんなことがあったのですね。言語は皆さんバラバラですか?
(大島)
「英語をはさんで各国の言葉を通訳してもらったんですが、タイムラグが結構あったので、言葉の難しさを感じました。みんな、何かをうったえようとしたとき、自分の国の言葉じゃないというもどかしさがあったと思いますね」
(聞き手)
そんなワークショップの現場では、大島さんはみんなのお母さんのような存在でもあったのでは?
(大島)
「クリスには『曲を書きなさい』とお尻を叩いていましたけど…(笑)。それで、なかなか書いてこないので、結局私が曲を書いたんですが、それにはちゃんと歌詞をつけてきました。でも、紅一点ではなかったですから。日本から和太鼓で参加する堀つばささんは、人間的にとてもフェミニンな方で…ベトナムのマイ・リエンさんも毎日おしゃれして綺麗にして、優しくていつもにこにこしていてお二人がいてくれて支えてもらいました。お二人ともタフでしたね。
(聞き手)
なるほど。女性は強し、なんですね(笑)。他に、音楽監督として意識されていたことはありましたか?
(大島)
「当然個人によっての多少のテクニックの差があるわけですが、取り残された気分にはなってほしくなかった。それはやはり自分の国の音楽をやらせたらそれぞれにうまいわけですよ。そこはリスペクトして大切にして、自分のやっていることに満足できるように最後はもっていきたいですね。」
(聞き手)
バックグラウンドの違いが、プラスになる方向を目指されているのですね。
(大島)
「みんな、違うものを持ち寄って、そこでそれぞれのいいところを出し合えばいい…途中までそう思っていたら、ブルネイのユスリから『それぞれのいいところを吸収したいんだ』という言葉を聞いて、『じゃあ、もっともっと違和感を投げかけようかな』と思うようになりました。ちょっとした違和感だと、違和感のままで終わってしまう。、むしろ、大きな違和感のほうが衝撃も大きいだろうけど、みんなにとって面白いし、そういう部分があってもいいかなと思っています。最初は本当に気を使っていたけれど、そろそろ、それはなくてもいいのかなと」
(聞き手)
まだ、ミュージシャン同士の衝突が起こるところまではいっていない感じですか?
(大島)
「小さな衝突はありましたね。伝統音楽をそのままやるのではないのか?と疑問を投げかけた人もいました。確かに彼らが今までやってきた音楽に、お互いが自分の意見を出して入っていく側面もあるわけです。でもともかくやってみましょうと。もともとグループで演奏していた人たちがバラバラになって集まっている時点ですでに新しい形なわけですから。みんな、人間的にいい人たちだったというのが、大きかったですね。いやな人は一人もいなかった」
(聞き手)
もうすぐ二回目のワークショップがベトナムで始まるわけですが、このプロジェクトは大島さんのアーティストとしての視点にも、大きな影響を与えているのではないですか?
(大島)
「今回色々経験して実感したのは、新しいことをやるっていうのが、自分の中では怖くないということですね。長年仕事をしていると、安全なことってわかるんです。自分の中で読めている。映像の音楽はこういうふうに…とか。でも、自分にとって、今までと全く違うことをやるのは怖くないんだ、と認識しましたね。本当に、今までやってきたことを壊してもいいんだなと。自分の経験の中でやるのが一番安全だし、まわりもそれを期待しているんだけど、みんながわからないことや、全く新しいことをやってもいいんだ、と勇気づけられました。それが身につくかどうかはわかりませんが…。やっちゃダメ、と言ってる人はどこにもいませんから。仕事も、受けたからには責任をもってやらなければいけないのですが、常に新しいことに挑戦すること、そのためにも音楽家自身がまずは努力してそして結果楽しむことですね。」

[お問い合わせ]

国際交流基金(ジャパンファウンデーション)
文化事業部 アジア・大洋州チーム
担当 : 玄田・松永
電話 : 03-5369-6062

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