こころに記憶の灯りがともるとき- 新世代作家が語る個人の歴史と風景 対談 キム・ヨンス vs 野中柊 1

こころに記憶の灯りがともるとき- 新世代作家が語る個人の歴史と風景

ジャパンファウンデーションは、日韓国交正常化40周年にあたる2005年の「日韓友情年2005」を記念して、開高健記念アジア作家講演会に、韓国を代表する新世代作家の一人であるキム・ヨンス氏を招へいしました。来日を機会に、作家の野中柊氏と、お互いの小説観、作家観をめぐって、お話をいただきました。

(収録:2005年2月23日)

野中柊氏
野中柊

アメリカで結婚生活を送る日本人女性の日常を描いた 「ヨモギ・アイス」 でデビュー (「海燕」新人文学賞受賞)。1992年の 『アンダーソン家のヨメ』 は芥川賞候補に選出される。主な著書に 『チョコレット・オーガズム』 『グリーン・クリスマス』 『ダリア』 『ジャンピング☆ベイビー』 『参加型猫』 『ガールミーツ ボーイ』 などがある。訳書に 『お馬鹿さんなふたり』 (レベッカ・ブラウン著) などがある。

キムヨンス氏の写真
キムヨンス

韓国慶尚北道金泉生まれ。成均館大学校英語英文学科卒。在学中の1993年に詩 「江華について」 で登壇。以来、長編小説等を次々と発表。長編小説 『グッドバイ李箱』 で2001年東西文学賞、小説集 『私がまだ子供だったとき』 で2003年東仁文学賞を受賞。著書に長編小説 『愛だなんて、ソニョン』、散文集 『青春の文章』 があるほか、短編集 『私は幽霊作家です』 と長編小説 『夜はうたう』 が近刊予定。

対談 キム・ヨンス vs 野中柊

野中:今日は、いろいろなことを伺おうと楽しみにしてまいりました。

キム:私のほうもお伺いしたいことがたくさんあります。残念ながら、日本語がそれほど得意ではありません。文字を読むことはできるのですが、何の意味なのかよくわかりません(笑)。

野中:日本にいらっしゃったのは、これがはじめてですか。

キム:2度目です。最初に来たときは東京の周辺だけを見て帰ったので、今回は日本全国を見ることができて、とてもうれしく思っています。前回が1999年のことですから、今回あまりにも東京のようすが変わっているので、まるでお上りさんがやってきたような心境です。以前、小説の題材にするために、東京駅の風景を非常に印象深く記憶していたのですが、昨日、東京駅に行って周辺をぶらっと歩いてみたところ、まったく変わってしまっていました。以前にも増して清潔な感じになったと思います。

野中:そうですか。数年で、そんなに変わっていましたか。まあ、確かに、東京は日々めまぐるしく変わっているのでしょうけれど、その中で暮らしていると、逆に変化には敏感ではなくなってしまうものかもしれないですね。ところで、今日は「春一番」が吹いていますが、そんな日にお会いできるなんて、縁起がいいなあ、と思っています。韓国には「春一番」にあたる言葉はありますか。

キム:「春風が吹く」という言葉はありますが、独身の女性たちの心を揺らす風という意味です。

野中:ふぅん。それって、恋の予感ってことでしょうか。となると、冬でも春風が吹くことがあるんですか。

キム:おっしゃるとおりで、たとえば独身の女性が家で家事を手伝っているとします。窓越しに遠くを眺めながら、山の向こうにある「都会に行ってみたいわ」なんて想像している姿を人が見たときに、「ああ、おまえにも風が吹いているな」と言ったりします。

対談中のキムヨンス氏の写真

また、田舎に行くと小さな池や川があって、そこで水をくんでいると、暖かい風が吹いて、そばの柳の木が揺れたりする。そんなときに突然、独身の男性が現れて、その女性は男性とどこかに逃げてしまう。そんな感じをイメージして、春風という言い方をします。

ですから、日本の感覚で春の風の話をされると、恋愛の話をしているのかなと受け止めてしまいます(笑)。

野中:おもしろいですね。

次のページ→

    

  1. 1.イントロダクション
  2. 2.小説を書き始めたときのこと
  3. 3.「神の息子たち」に選ばれて
  4. 4.私小説とフィクションの関係
  5. 5.小説的な真実と登場人物
  6. 6.意識の深層に下りていく瞬間
  7. 7.鉛筆で自伝的小説を書くこと
  8. 8.昔ながらのお店が立つ風景
  9. 9.ニューヨーク製菓店の末っ子として
  10. 10.絶望感のなかで自伝的小説を書く
  11. 11.書くことで魂が磨かれていく

ページトップへ戻る