平成19(2007)年度中高教員交流(招へい)事業 第2グループ同行記 #3

青木 公(ジャーナリスト/筆者紹介

07年12月8日午後、26カ国85人の来日教師はA,B,Cそれぞれのバスに乗って、都心から羽田空港へ。ヒロシマとキョウトへの小旅行で、修学旅行生のようにリラックスした。しかし、エスコートは、緊張気味だ。羽田空港のレストランで昼食をとり、旅客機に間に合わせなければならない。引率用の旗を取り出し、注意事項を繰り返す。人も荷物も迷子にはできない。

移動中のバス車内の写真
移動中のバス車内

筆者は、Cグループのバスに同乗して、羽田まで。Cグループが、学校訪問する愛媛県で、修学旅行ぶりを同行視察し、評価するためだが、その事前準備として、なぜ、松山市周辺の愛媛県行きを選んだのか、羽田へのバス車中で、Cグループ26カ国29人に直接説明し、協力を求めることにした。

「私は新聞社を退職した高齢者です。戦争前と、米国など連合国軍の占領下、そして、自立後の戦後復興期と、3つの教育を経験しました。仕事上、広島と関西地方で暮らしたので、住んだことがない愛媛県へ、みなさんに同行することにしました。Cグループが訪ねる松山市は、文学や俳句の町です。俳句って、知ってますか」

俳句への反応は、さっそくあった。ミクロネシア地域の女性教師だった。バスは東京湾にさしかかった。Cグループ担当のエスコート、金子多賀子さんはマイクをとって、社会科風の説明を始めた。

「この橋上から見えるのは東京湾です。アメリカのペリー提督が、日本に開港を求めて、黒塗りの軍艦で入ってきました。明治維新の直前です。湾内に砦の跡がみえるでしょう」

埋立地は広いので、新しい住宅地ができ・・・と説明が続くうちに空港へ。荷物を降ろす段になって、「おれの荷物がない」、「積まなかったの」、「ホテルの部屋に置いといた」。英語での事前の説明がわからなかったのか、うっかり屋なのか。修学旅行には、つきもののハプニングだろう。

金子さんの引率旗のもと、空港内レストランへと導かれていった。

筆者は、Cグループと羽田でいったん別れた。3日後、松山空港で合流することになっている。ヒロシマとキョウトについては、地理、歴史、社会科、英語などを自国で教えている85人の教師には、それぞれのイメージや予備知識があるだろう。筆者は、これまでも広島や京都へ諸外国人に同行したことがある。その経験から、期待感は推察できる。

今回の来日教師グループが訪日前アンケートで挙げた、日本で興味あるものは、マウント・フジ、シンカンセン、イケバナ、ティーセレモニー、コイ・ポンド(鯉のいる池)・・・とあった。少なくとも、フジヤマ、サクラ、ゲイシャを連想する旧世代ではない。コイ・ポンドとは?中越大地震で壊滅した新潟県の山古志村(現長岡市)の鯉養殖は国際的に有名で、毎秋、欧米のコイ・バイヤーが山村にやってきて、高値で買い付け、日本鯉はボンサイと同じように現代日本文化の象徴になっている。西欧の教師が、コイ・ポンドを見たいと考えたのには、そんな背景がある。

アフリカや旧社会主義国からの来日者は、ヒロシマへの関心が強い。ロシアのサンクトペテルブルク市から、国際交流基金の中高教員招へいに参加した教師は、ヒロシマ訪問について、こう帰国報告している。

「ヒロシマ市の平和記念資料館で生々しい惨禍を見た。900日間ナチスドイツ軍に包囲されて多数の市民が死に、今も弾痕が町に残っているレニングラード(現サンクトペテルブルク)の教師としては、深く教官を覚えた・・・」と。

今度の来日者でも、旧宗主国に複雑な心情を抱く途上国の教師は、筆者に問われて、「涙で、被爆資料を直視できなかった。無差別の戦争だ。ヒロシマ市民は、よく復興させたものだ」と感想を語った。

日本政府は、公式招待者を京都と広島に案内することが多い。伝統と戦争のシンボルという意義からだろう。85人の教師たちは、安芸宮島と広島市、さらに新幹線で京都市へ移動する共通プログラムの後、京都市と東京都、そして愛媛県にグループ別に分かれる旅程が組まれている。

京都での共通プログラムでは、金閣寺、二条城、清水寺を巡り、Bグループでは、さらに京都南座で「吉例顔見世興行」を観賞して、日本の伝統に浸った。

Aグループは、新幹線で東京都に戻り、Cグループは、空路で松山市へ。それぞれのグループは、高校、中学、小学校、特別学校、幼稚園などを訪問して教育現場にふれ、教育委員会をたずねて話を聞く。日本の教育と自国のそれとを比べ、国際理解を深めていく。

松山空港到着の写真
松山空港到着

12月11日、Cグループは愛媛県入り。筆者は空港で待ち合わせ、合流した。東京、広島、京都と大都会で過ごした教師たちは、バスの車窓から歓声をあげた。「オレンジがなっている。すばらしい色だ」「街路樹に赤い実。なんていう樹木?」。豊かな自然と、ゆったりした町並みに、好奇心が燃え上がった。

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