平成19(2007)年度中高教員交流(招へい)事業 第2グループ同行記 #6

青木 公(ジャーナリスト/筆者紹介

レセプションでの招へい教員自己紹介の写真
レセプションでの招へい教員自己紹介

高校訪問の後の夕方は、松山都心のホテルでの歓迎パーティー。民族衣裳に着替えたり、ドレスアップした教員は、地元の教育関係者とホームステイ先の家族連れに迎えられた。翌日たずねる小、中、高等学校、特別支援学校の代表者も参加して顔合わせ。

東温市立川上小学校の渡部美知子校長は、ピンクのスーツ姿で、来日教師と積極的に話し込む。「川上小は、小学校英語活動の拠点校で、渡部校長はホームステイも引き受けて、張り切っています」と、県教委幹部から聞いた。ご本人は10年近く英会話学校で習い、小学校での英語教育にも積極的に取り組んでいるという。

東温市立川上小学校訪問:歓迎会の写真
東温市立川上小学校訪問:歓迎会

12月13日朝、渡部校長が待ち受ける川上小へ。ドイツ人の英語教育助手、オルト・クラウスさんも、一行のなかの同国人、ハイデルベルクからの高校英語教師クリンメックさんを待っていた。クラウスさんは、日本語可の日本定住者で、同校のアドバイザー役。渡部校長による、パワーポイントで学校施設や行事の写真を示しながらの、滑らかな英語でのプレゼンテーションは、お見事としか言いようがない。29人の教師に手渡された資料も英文8ページ。

講堂では歓迎会。一人ひとりが氏名と出身国を、500人ほどの児童と教職員の前で、日本語で言った。児童は耳をすまして聞く。低学年でも、国名は、何とかわかる。そこは英語学習校だ。来日教師は、クラスを回り歩いた後、給食を児童と共に食べた。メニューも英語。7品目の原料と成分も記されていた。

本館は、鉄筋コンクリート造りだが、別館は木造で、来日教師は関心を持った。「四国の山間部の材木で造った。地元の資源の活用で、県産品の愛用が県の方針だ」と聞くと、賞賛の言葉が飛んだ。

校長への質問は、「なぜ、小学校から英語教育か」「英語以外の言葉をなぜやらないのか」とフランスからの教師がたずねた。

  • 教室訪問の写真
    教室訪問
  • 教員との交流の写真
    教員との交流

松山市立小野中学校訪問の写真
松山市立小野中学校訪問

午後は松山市立小野中学校へ。四国山脈からの寒風が吹きおろすなかで、生徒による掃除時間にぶつかった。外国では、用務員がやる作業だが、校庭からトイレまで生徒がやる日本風に、驚きと、ほめ言葉が入り混じった。

午前の英語学習校とは趣が変わり、質実剛健の伝統的な中学校。国際交流基金の依頼により国際交流サービス協会が手配した、佐々木美智子さんによる通訳で、学校紹介と日程説明。

しかし、国際理解担当の教諭は、自らの頭を指して「ジャパニーズ・モンク(仏教の僧侶)のようだが、実はそうではない」とジョークを交え、講堂での歓迎式の手順を述べた。教室訪問では、英語教育助手の米国人と担当教員とのチーム・ティーチングも参観。米国人は、松山定住の男性で、いわゆるJETプログラムによらない英語教育助手。地方都市の国際化が広がっていると感じた。

提供教科書に見入る招へい教員の写真
提供教科書に見入る招へい教員

講堂での歓迎、交流の会は秀逸だった。29人の外国教師に、英語で2人ずつの生徒が、「あなたは、日本食のなかで何が好きですか」などと聞いて、発表する形式だった。発表結果は「スシ」「サシミ」が多くなり、やや単調になったが、外国教師の数は31人に増えていた。というのは、同校の男女教師が中国服女性と、あのハリー・ポッターに扮装して、まぎれ込んでいたからだ。モンク教諭のサプライズ計画だった。

おみやげが出た。使用済みの教科書と、校区の農家でとれたミカン3個だった。中古教科書は、29人の外国教師を喜ばせた。いく冊も選びとって、母国で実物教材にするのだろう。

12月14日も学校訪問が続いた。愛媛県立しげのぶ特別支援学校(東温市)にもっとも関心が強かったのは、バルト海に面したリトアニア・リガ市の特別養護学校教員のトレビエネさん。宇髙勝美校長が、特別にトレビエネさんをアテンドしてくれた。トレビエネさんは、「91年に旧ソ連から独立したばかりで、福祉、教育面では、とても遅れているのです」と、施設見学やケア現場で熱心にメモをとった。

しげのぶ校は、学校と治療施設、寄宿舎が一体となった特別支援学校で、ドクターと校長が説明の後、3施設と理学療法の現場を見学した。

どちらかといえば、先進国よりも途上国からの教師に役立つ訪問だったようで、父母の負担額や器材への関心が強かった。「ここで働いている教職員は、カネのためでなく、使命感にあふれている」と西欧の教師が述べ、講堂で行なわれていた地元ライオンズクラブによるクリスマスパーティーで、日本社会の地域貢献を知ることができたと言う。

3日間で上記4校の駆け足訪問は、かなり強行軍だったが、教育現場を見たい、普通の日本人の姿に触れたい、という希望には応えたと思われる。県教委としては、松山城だけでなく、地元名所や地場産業も・・・と考えたが、時間は限られていた。

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