平成19(2007)年度中高教員交流(招へい)事業 第2グループ同行記 #7

青木 公(ジャーナリスト/筆者紹介

26カ国85人の日本修学旅行団は、日程のなかばを過ぎ、旅に慣れてきた。Cグループ29人のエスコート役、金子多賀子さんによると、Cグループが愛媛県に来て伸び伸びとしてきた、という。

「3つのグループに分かれたが、共同行動のときは、Cグループは、順番でA、Bにつぐ三番目、何となく自主性がなかったが、愛媛に来て自分のグループだけになったので、気分に張りが出てきたようです」

日本の教育システムや日本の文化の勉強が、国際交流基金の望む点であり、日本の社会や人々を知ってもらうのも、修学旅行の目的だろう。

温泉旅館での様子その1

日本人でも一度は浸ってみたい「道後の湯」の宿に泊まったのは12月13日。思わぬ寒風にさらされた学校訪問の後、バスは団体旅行客用のホテル風11階建て温泉旅館に着いた。エスコートの金子さんは、「4階に大浴場、11階に露天風呂がある、浴衣の着方は・・・、夕食は2階の大宴会場で」と女将役。シティホテルと違って相部屋で、三人一室。組み合わせが難しいのは、日本の団体旅行と同じだ。

男性組は素早い。10階の大浴場への廊下で3人組みと出会った。それなりに浴衣を着ている。湯につかると、先客の日本男性が話しかけてきた。

「どこから?」「フランス」、「イギリス」、「ペルー」「英語、忘れかけてるんだ。海外で工場を造る仕事をしていたんだ」「温泉は初めてかい」「いや、ニュージーランドで入った」と、国際対話が湯舟で飛び交う。

露天風呂へ行きたがるが、「ゆっくり体を温めてから、外は寒いぞ」と忠告される。11階から照明した松山城はじめ、灯の町並を眺めて満足。

女性組も、それなりにONSENしたり、国の重要文化財の道後温泉本館を見物したり、ショッピング。丹前姿で文化探訪。夜、女性一人でも歩ける、安全な町と分る。

温泉旅館での様子その2

大宴会の様子は、写真でどうぞ。好奇心旺盛だから、みんな平らげる。カラオケ装置を見つけて、カラオケへ行こうとの声があがったが、結局、見送ったらしい。ロビーで祈念撮影。手にしたデジカメは、東京滞在時に秋葉原へ出かけて仕入れた人も。教材用の撮影?で、早くもバッテリー切れに泣く。

松山市内の宿は、ビジネスホテル級。場所が松山一の盛り場の大街道地区なので、夕食は各自で歩いて出かける。「日本飯食べてきた」というので、料理名を聞くと、「分らないが、鶏肉が出てきた」と要領をえない。居酒屋か、飲み屋か。見本や写真つきのメニューで何とかなる。学校訪問でない、放課後の自由時間こそ、貴重な日本体験、日本社会見聞のチャンスとなる。

国際交流基金などによる公式パーティーや食事会は、和洋折衷だが、日本的な料理が多い。外客歓迎はよいのだが、諸国の教師たちは、日本飯続きに一息入れたくなる。宴会後にロビーで、コーヒーを飲む。口直しに、甘いもの(デザート)を買って、頬ばっている姿を見かけた。和風だけでなく、日本的な洋食、例えばスパゲティー、ハンバーグ、カレーライスといった日本食になった外国飯を試みてもらうのも、日本食文化の探検になるのではなかろうか。

バス内でのレッスン(日本語の語順)の写真
バス内でのレッスン(日本語の語順)

地方訪問には国際交流基金の若手職員が同行するが、全行程に同行するエスコートと、通訳は陰の主役である。Cコースには、エスコート経験10年の金子多賀子さんと、松山に出向いた通訳30年の佐々木美智子さんが29人の教師の手足、目や鼻となっていた。

金子さんが移動中のバス社内でやるジャパニーズ・レッスンは、筆者でも役立つような日本解説だ。四国と縁が深い仏教僧の空海、八十八か所のお遍路のエピソードは、日本と中国の文化的なつながりや、日本の庶民の人生や心情を、分りやすく伝える社会科のレッスンになっていた。画用紙のような厚紙に英語で書く場合もある。学校訪問で招へい教師が日本語で自己紹介するときは、厚紙に「ワタシハ・・・デス」と英語で書いたのをひそかに示して、プロンプター役をやった。

通訳の佐々木さんはといえば、観光ガイド通訳から会議通訳まで経験豊かだから、和食の食材から調理法まで解説しながら食べる。教育事情も内外に通じているので、公式の質疑後、さらに追加説明をするときもあった。訪問先でのあいさつスピーチ役の教師への相談にのるなど、頼りがいのある存在だった。

いずれも国際交流サービス協会による人材だが、来日教師にとっては、印象に残る日本人といえよう。プロの裏方に支えられて、日本修学旅行は順調に進み、一泊二日の松山ホームステイと、その後の東京での仕上げにつながる。

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