ヴェネチア・ビエンナーレ 第13回国際建築展(2012) 日本館展示の内容について

日本館展示の内容について

コンセプト

「ここに、建築は、可能か」

東日本大震災から1年が過ぎ、被災地は春の陽ざしと穏やかな海、新緑に包まれています。何事もなかったかのように桜が咲き、小鳥達のさえずりも聞こえます。しかし山積みになっていた瓦礫は除去されたものの、大地には失われた家々の基礎だけが、かつてここに存在していたまちの記憶を鮮明に止めています。一瞬にしてすべてを過去にしたこの風景を前にすると、はかり知れない自然の脅威に人は立ちすくむばかりです。
しかし残された基礎の間から雑草が芽生えるように、この土地に戻って、再び何かを始めようとする強い人々がいます。動物のような帰巣本能からでしょうか。彼らは、抗し難い自然の力によって自分達のまちを破壊されても、決して屈服することなく、生きていることの証しを示そうと試みる人達です。
このような土地の記憶に根ざした人々の行動は、政府や地方自治体の推し進める復興計画とは違います。上からの復興計画は「安心安全」のみをスローガンに掲げ、土地の記憶などを無視して近代主義的方法に頼るのです。歴史を経て継承されてきた、人と自然の関係、人と人との心の関係を解体して、土木技術に依存した計画を推進しようとするのです。
しかし元の土地に戻って歴史を継承したいと望む強い意志を持った人々は、残された基礎を手がかりに過去と連続した未来を希求する人達です。この人達のために、建築家は果たして力になることが可能でしょうか。

私は震災直後から「みんなの家をつくろう」というプロジェクトを提案してきました。このプロジェクトは、津波で家を失った人々が集まって、語り合い、一緒に飲んだり食べることのできるささやかな憩いの場を提供しようという試みです。
被災地に建てられた仮設住宅で暮らしている人々は、最低限のプライバシーだけは確保したものの、かつてのコミュニティを失い、孤独な生活を強いられています。各住戸は狭小な上に、閉鎖的で、隣人とも砂利道の上で話すしかないのです。
そこでこれら仮設住宅地の片隅に、人々が集まることのできる木造の小屋を提供できないか、という運動を始めたのです。資金は世界の企業や団体から寄付を募り、資材もメーカー等から無償で提供してもらいます。
みんなの家」第1号は昨年秋、熊本県の協賛によって、仙台市宮城野区の仮設住宅地に誕生しました。熊本県知事の支持によって、県アートポリス事業(県内の公共施設を中心とする設計者選定事業)の一環として資金援助や木造の提供等を引き受けてくれたのです。
「みんなの家」の特徴は、「つくり手」と「住まい手」が一体となって話し合いながらつくることです。仮設住宅で暮らす人々の要望を聞き、共感する学生や設計者、工事に携わる職人、住民が協力し合ってつくり上げるのです。いかに小さくても、人々の「心の交換」によって実現することにこのプロジェクトの最大の意義があるのです。
「みんなの家」は小さなプロジェクトですが、この実現のプロセスには実に大きな意味が込められています。即ち、それは近代の「個」の意味を問い直そうとする試みだからです。
近代以降、建築は個のオリジナリティに最大の評価を与えてきました。その結果、建築は誰のために、そして何のためにつくるのか、という最もプリミティブなテーマを忘れてしまったのです。
すべてが失われた被災地において、いまこそ、私達は建築とは何かを、0(ゼロ)から再考することができるのではないでしょうか。「みんなの家」は小さな建築でありながら、近代以降の建築のあるべき姿を問う大きな課題を背負ったプロジェクトです。
この課題をヴェネチア・ビエンナーレで世界の人々に問うべく、私達はいま、陸前高田市に「みんなの家」をつくろうと試みています。今回のプロジェクトは私がプロデュースして、写真家畠山直哉氏と三人の若手建築家、乾久美子氏、藤本壮介氏、平田晃久氏の協同作業によってつくられます。陸前高田出身の畠山氏は今回の津波によって実家と実母を失いました。
現在私達は、現地で精力的な活動を続ける住人、菅原みき子氏も交えてあるべき建築の姿を追及してきました。既に百数十ものモデルをつくりながら議論に議論を重ねてきました。現地では柱に用いる杉丸太も用意されました。波を被って立ち枯れした杉材です。恐らくビエンナーレのオープンする頃には、陸前高田の「みんなの家」は完成を迎えているでしょう。
私達はこのプロジェクトを巡る議論のすべてを展示し、訪れた人と共に、来るべき建築について語り合いたいと考えています。

2012年5月
伊東 豊雄

日本館展示プランの写真
1. 日本館展示プラン
日本館展示プランの写真
2. 日本館展示プラン
陸前高田市気仙沼町今泉の写真
3. 陸前高田市気仙沼町今泉
2011年4月4日 畠山直哉撮影
陸前高田「みんなの家」スタディ模型の写真
4. 陸前高田「みんなの家」スタディ模型
被災地での会議風景の写真
5. 被災地での会議風景

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