ヴェネチア・ビエンナーレ 国際美術展 51回 アーティストと作品について

石内都の「mother's」と題された作品は、独立した現代日本女性の先駆者ともいうべき一人の女性の肖像です。主人公は1916年北関東のある村に生まれた女性。彼女は18歳で自動車の免許を取って、村から満州に出稼ぎに行きます。満州で結婚しますが夫は徴兵されて戦地へ駆り出されてしまいます。

彼女は戦時中に故郷に戻り、軍事物質をトラックで運ぶ仕事に就き、その頃近くの飛行場に学徒動員で赴任してきた青年と出会い、終戦後、大学に戻った彼を援助しながら、彼の卒業後は村で一緒に住み始めます。けれども、戦死したはずの夫が戻り、妊娠していた彼女は夫に慰謝料を払って協議離婚することになります。

mother's」と題された石内都のこのシリーズは、そうした波乱の半生を背負った一人の女性の古い写真で始まっています。アメリカ製と思われる大型車の運転席側のドアが開かれ、その横にブラウスの上からベルトでウェストをきゅっと締め長いスカートを履いた、ハイカラな小柄の若い女性が眩しそうに微笑んでいる写真です。そしてそれに続くのは、彼女が遺したモノたちです。

mother's #49の写真
mother's #49
(74.0×108.0cm / gelatin silver print)
collection of the artist (2002)

その写真は、まるでそれを着ていた人の意志が宿っているかのような、様々な種類のシュミーズとガードルの「肖像」です。使いかけの何色かの口紅や眉墨、髪の毛のついた櫛、入れ歯や鬘(かつら)、そして植物や肌の表面のクローズアップがそれに加わります。石内都は彼女の母が遺した様々な「もの」を丁寧に見て、撮ることによって、確執が深かったという彼女の「母」との関係を静かに見つめ、そして「想像以上の悲しみ」を噛みしめるように確認しています。

それは一人の「母」を一人の「女」として回復していく作業にも思えます。このシリーズは自分のアーティストとしての名前を母の名に因んだ彼女が、一人の独立した現代女性である「石内都」として、84歳の生を生き抜いた一人の独立した現代女性である「石内都」に捧げたオマージュです。現代女性の意識において起こっている大きな変化を彼女の作品は如実に語っています。

現代美術が現代の社会を反映し半歩先の未来を予感させるものだとしたら、日本を代表するアーティスト石内都の作品は、変化の著しい現代日本女性の意識を扱った、優れた作品であるといえるでしょう。

Photo (c) Ishiuchi Miyako
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