日本語教育論集 世界の日本語教育 第5号 要旨

日本語教育政策と多文化主義:
外国人児童・生徒への第二言語としての日本語教育の確立を目指して

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野山 広(モナシュ大学 大学院日本研究科)

外国人児童・生徒の健やかな成長を願い教育現場の活性化を考える場合、第二言語としての日本語教育(Japanese as a Second Language = JSL)と並行して、彼ら子弟の持つ多様や文化や価値観(Cultural Identity)を受け容れた上での母語教育への配慮も不可欠と考えられる。換言するならば、Bilingualism(二言語主義)やMulticulturalism(多文化主義)を基礎とする言語政策の展開が日本においても期待される。
そこで、本稿では、子弟の言語生活の実態や、JSLの現場(児童・生徒、保護者、日本語教師)の実態を把握するために、川上(1991)の実施したアンケート内容を参照しながら、筆者なりの調査方法(アンケートおよびフォロー・アップインタビュー)を試みた。
ケース・スタディーとして、埼玉県大宮市において第二言語としての日本語教育を必要とする児童・生徒に対して、言語行動や態度に関する調査を実施した。なお、この調査の際、並行して彼らの保護者のバイリンガリズムに対する態度を調査すると同時に、大宮市の小・中学校、国際救援センター、そして中国帰国孤児定着促進センターの3カ所において、実際にJSLに携わる日本語教師の言語教育および言語政策に対する態度を調査した。
スウェーデンやカナダと同様、多文化主義に根ざした言語政策の実践において先進国の一つと捉えられるオーストラリアにおける言語政策(National Policy on Languages)の実態やそれらの政策を支えていると考えられるCummins(1983、1984)の理論にも言及しながら、上記の調査結果 を分析、報告する。そして、日本における外国人児童・生徒への言語政策および日本語教育の実態および今後の課題について論じる。

欧州の大学における日本語教育はどうあるべきか:「変則イマーション」のすすめ
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竹下 利明(ボローニャ大学 文学部東洋史学科助教授)

ヨーロッパの大学の人文科学系学部で行なわれる日本語教育は、外国語教育の新しい理念に沿いつつも、「どこの国の国民でもが、学校の教室で学び、また教科書を通 じて知的に獲得していく類の知識」という意味における「内容」を持つものでなければならない。カナダの学校教育における「イマーション」はこの要件を満たすが、筆者のところの日本語教育プログラムは非常に小さく、カナダ方式の本格的なイマーションを実施することができないので、「変則イマーション」とでも呼び得るものを考案し、それを試行中である。本稿はその中間報告である。
「変則」というのは、(1)まず、ある学問分野(日本文学・日本経済など)を学生の母語で記述したテキストを学生に勉強させる。(2)ついで、学生の頭の中にすでにあるはずの知識を簡潔に表現した日本語の文章を読ませ、(3)さらには、同じその知識をこれまた簡潔に口頭日本語で語って聞かせたり、逆に敷衍したり、あるいは質問をして日本語で答えさせたりするという方式のものである。
筆者が試行中の「変則イマーション」は、教師が一人、日本語教育のための総時間数2年間で200時間(基礎日本語教育160時間+「変則イマーション」40時間)というきつい条件の下で行なわれており、実施に必要な教材として開発された2種類の教科書とそれの活用状況や問題点を紹介する。

「テープ通信」を用いた日本語コースの試み: 香港でのビジネス・ジャパニーズの場合
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上田 和子(香港城市大學 中文、翻譯及言語學系講師)

香港城市理工學院(現、香港城市大學)、商業及管理學系の日本語コースでは国際貿易専攻の学生が副専攻として日本語を学び、香港社会の要求にあった日本語が使えるビジネス・パーソンの養成をめざしている。このコースでは、海外で日本語を学ぶ場合問題となる言語教育環境を「質的」「量 的」に補強するために教師と学習者との「テープ通信」を用いて改善を試みたが、その結果、両者のインターアクションの機会が高まり、言語運用能力の向上にも効果 が現れた。「テープ通信」は以下の方法で行なう。

1. 学習者が発話できる環境を整えるために、テープ録音の課題を与える。(3分間)
2. 教師は個別にテーマやタスクを与える。
3. 教師はこの場合の重要なコミュニケーションの参加者である。したがって、返信では自然な発話を心がけ、学習者との対話を行なう。
4. 課題は通信テープの中に録音する。

「テープ通信」の結果、とくに学習者の談話の型で発展がみられ、ほとんどの学習者が「段落レベル」の談話を構成できるようになった。本稿では、「テープ通 信」の実践を報告し、今後の可能性を考えたい。

コミュニケーション・ストラテジー:教授の利点
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大橋 純(スターリング大学 日本語講師)

本稿はコミュニカティブ・コンピタンスの構成要素の中で従来もっとも軽視されてきた、ストラテジック・コンピタンスに焦点をあて、スターリング大学での調査結果 に基づいてその意義と教授上の含意を考えた。調査項目は次の通りである。

1. ストラテジーの存在を明確にし意識的に授業に取り入れる以前と以後の学習者のコミュニケーション運用方の比較。
2. 日本語ネイティブスピーカーと学習者のコミニュケーション・ストラテジーの使い方の比較。

これらの調査によって以下の結論が得られた。

1. ストラテジーのタイプの選択は、文法の正確さと同様に重要である。
2. 学習者はその好みによってストラテジーのタイプの選択をするのではなく、言語運用能力の拘束を受けてその選択および実行をする。
3. 意識的にストラテジーを教授することによって日本語ネイティブスピーカーと学習者のコミュニケーション・ストラテジーのタイプの選択の相違の幅が狭められる。

また、コミュニケーション・ストラテジーの存在を学習者に再認識させ、意識的に授業に取り入れることで、学習ストラテジーの改善につながった。このことは今後ストラテジー教授と学習ストラテジーとの相互関係に焦点をあてた研究の必要性を示唆するものでもある。

大学の初級日本語クラスにおけるジャーナル・ライティングの効用
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坂本 恵美(カールトン大学 応用言語学センター専任講師)

1960年代後半から広範な分野でジャーナル・ライティングの効用が論議されはじめて久しい。英語を母国語とした学習者による言語能力を向上させるために学習の一環として使われたジャーナル・ライティングのケース・スタディをはじめとして自然科学の分野や、数多くのESL(第二言語としての英語)のクラスでもジャーナルが学習者の能力向上のために非常に役立っているという研究結果 が多くの論文で発表されている。
この論文では 1991年から1993年にかけてカナダ・オタワ市のカールトン大学初級日本語クラスで行なわれたジャーナル・ライティングの試みについての報告を行なっている。まったく日本語の知識のない学習者を対象にして、はじめから「ひらがな」を導入し、かなり早い時期から意味の上でまとまりのあるものを書く機会を与えて日本語修得の助けとした。この目的は学習者が表現したいことを各自が修得した日本語で表わすことであるため、文法上の誤りや書き間違いは訂正せず、読み手に意味が通 じることが大切である点を重視した指導を行なった。日本語学習の上でジャーナルがどのような効果 をもたらしたかを具体的な例をあげながら報告し、ジャーナルに表われてくる学習者の日本語の変化を分析した。また、学習者自身のジャーナルに対する意見を通 して日本語修得におけるジャーナル・ライティングの果たした役割をプラス・マイナス面 を含めて検討している。

日本語教科書におけるアクセント表記の問題点
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長谷川 葉子(カリフォルニア大学バークレー校 助教授)

日本語教科書の多くは、日本語が高低アクセント言語であることを指摘し、全音節が高く、あるいは低く発音されると説明している。たとえば「図書館」という言葉は、低・高・低・低というアクセント型を持つことになっている。また、それらの教科書は、「草」が「kwsa」と発音される例にみられるように、日本語の狭母音は特定の環境において無声化するという特徴も挙げている。この二つの特徴を組み合わせると、たとえば「四季」の「し」は無声母音を含む音節であるが、アクセントがあるので高く発音しなければならないという。物理的に不可能な記述となる。米国で現在広く使われている教科書の中にはほとんどの単語にアクセントマークを付けているものがみられるが、学習者がその表記に忠実であろうとすると、このような問題が出てくる。本稿では、日本語のアクセントが実際にはどのように表現・認知されているかを明らかにし、初級日本語教科書におけるアクセントマークは不必要に日本語表記を複雑にしているにすぎないことを論ずる。

漢字学習ストラテジーと学生の漢字学習に対する信念
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大北 葉子(ハワイ大学 東アジア言語・文学部(博士課程大学院)

漢字学習ストラテジーの使用と学生の漢字学習方法に対する信念をハワイ大学の学生を対象に調査した。全体的に漢字の図形を覚えるストラテジーの方が音を覚えるストラテジーより頻繁に使われていた。学生はハワイの日本語環境を活用していた。音訓は別 々に学習されていた。四つのストラテジーで学習レベルによって使用頻度に差があった。1年目はフラッシュカードの使用が多かった。2年目は「漢字をみた場所などを覚える」を多用していた。3年目は「辞書の使用」「翻訳せずに理解する」を多用していた。大部分の学生は、1)日本語文学の早期導入に賛成、2)会話学習が先行することに反対、3)音が分からなければ意味が分かっていても不安、4)部首字源は漢字学習に役に立つ、と考えていた。これらの信念は教師の信念と異なっていた。これらの研究結果 から、1)図形を重視した漢字の形態要素的指導法の確立、2)文字の早期導入、3)豊富な漢字環境の整備、4)学生の漢字学習に対する信念の尊重、以上の4点の必要性を考察する。

非漢字系日本語学習者における漢字パターン認識能力と漢字習得に関する研究
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高木 裕子(山形大学 教養部助教授)

非漢字系日本語学習者の漢字学習を巡る先行研究では、まず漢字の「字形」に対するパターン認識能力が漢字学習に影響を与えるのではないかという結果 を得ている。しかし、パターン認識能力がどのように漢字学習に影響を及ぼすのか、またどのようにすればパターン認識能力が促進されるのかは明確でなかった。そこで本研究では、パターン認識能力と漢字学習の関係を明らかにする目的で、実験という枠組みの中で、非漢字系日本語学習者の漢字パターン認識能力を調べ、さらに漢字パターン認識能力が促進されるであろう教授項目を取り込み、指導を行なった。実験計画は1要因、2水準の被験者内計画(要因名:パターン認識能力を促進させる漢字指導法)である。実験の結果 、非漢字系日本語学習者の漢字学習では、漢字の「字形」に対するパターン認識能力を促進することが漢字習得を高めるということが分かった。また、指導法の効果 も認められたことから、非漢字系日本語学習者に対する漢字指導では、漢字パターン認識能力が促進するような教授項目を含める必要があると思われる。

単音と韻律が日本語音声の評価に与える影響力の比較
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佐藤 友則(東北大学 大学院文学研究科日本語学科(日本語教育学専攻)

本稿では、外国人学習者の日本語音声の評価において、ある音声要素を重点的に聴いて上手か下手かを評価するということがあるか、あるとすればその音声要素は何かを聴取実験を通 じて明らかにしようと試みた。
実験方法は以下の通りである。1. 実験文を作成し、中国語話者と韓国語話者そして日本人の東京語話者にその実験文を読ませた。2. 高さ・長さ・強さの三つの韻律的要素を抽出し、日本人と外国人の韻律的要素をさまざまに入れ換えた合成音声を作成した。3. この合成音声を用いて、どの韻律的要素が評価に大きな影響を与えるかを明らかにするために、日本人と初・中級の韓国人学習者を対象に聴取実験1を行なった。4. 単音と韻律のどちらかが評価に与える影響力が大きいかを比較するために、同じ合成音声を用いて日本人を対象に聴取実験2を行なった。
3. の聴取実験1で、日本人は三つの韻律的要素のうち高さの影響力がもっとも大きいと評価した。このことから外国人学習者に対して自然なピッチの時間的推移を身に付けさせる指導が必要であることがいえる。また4. の聴取実験2の結果から、韻律の影響力が単音の影響力を上回ることが明らかになった。

世界の文字・中国の文字・日本の文字:漢字の位 置付け再考
【PDF:551KB】
シュテファン カイザー(筑波大学 文芸・言語学系教授)

中国の文字体系と比べて、全体としての日本の文字体系は「世界の文字」の中で従来あまり注目されず、文字学ではむしろ漢字から発達した仮名文字に興味が集中した。
本稿は文字のタイポロジーとその問題点を概観してから、中国の体系と3大表語文字体系であるエジプト、シューメル、マヤの体系との相違点の分析を行なう。とくに、3システムにおける象形文字内部に表音性が備わっていないことや、それにともなって同じ象形文字が補音符などとして早い段階で使われるようになった点に注目する。それに対して、中国の漢字が量 的に他のシステムと比べて圧倒的に多い事実は、その文字に内在する表音性によるもので、他のシステムのような文字の表音的使用が発達しなかった。以前から一部の人がいっているように、中国の漢字は形態素音節文字というべく、表語文字ではない。その考えの正当であることは最近の実験の結果 でも確認できる。
日本のシステムにおける漢字は、中国の場合と違って基本的に一字多音である。そこでエジプト、シューメル、マヤの体系と同様に多読字の読み方は文脈に頼るだけでなく、送り仮名など表音文字で補助的に示す傾向がある。エジプト、シューメル、マヤの文字体系を表語文字と呼ぶなら、日本語のシステムもその範疇に入れることになるが、同じ漢字を使う中国語のためには別 の分類が適当である。

「と」と「や」
【PDF:342KB】
沈 茅一(北京外国語大学 日本語学部助教授)

「と」と「や」は両方とも物事を並べるのに用いられるが、「と」は物事を全部列挙するのに対し、「や」は多くの物事の中からその一部を挙げて、ほかにまだ同様の物事がありうることを暗示するとされる。しかし、実際の用例には、もう少し細かい検討が必要なものがある。
「と」はひとまとまりですべてを列挙する時に用いられるが、「と」で結びつく単語の表わす意味の観点から二つの場合に分けられる。一つは、「と」が成り立つために必ずしも一組の物事を必要としない場合(「と」で結びついて一体言相当の資格をもつ)であり、もう一つは、その単語の意味が成り立つために少なくとも一組の物事を必要とする場合である。
他方、二つの物事を並べる「や」の列挙か列挙に近い用法には、どちらかが成り立てばよいというニュアンスが強いもの、「と」に置き換えることができるが、「と」とは異なったニュアンスを帯びているもの、一つの事柄を二つの類義語句を並べて表わすもの、「と」におきかえると文意があいまいになるものなどが挙げられる。

限定の「ばかり」とは
【PDF:610KB】
陳 連冬(シンガポール国立大学 文学および社会科学院日本研究科講師)

本稿は限定を表わす「ばかり」を「ばかり1」と「ばかり2」に分けようとした。前者は「だけ」との置き換えが可能で、いわゆる個限定と類限定の両方を表わせる。後者は類限定だけを表わす、つまり、「だけ」で置き換えることができないものである。それを証明するために、両者の限定の文脈にそれぞれとくに現われやすいものを求めた。まず、副詞は「ただ」グループと「いつも」グループに分けられ、「ただ」グループは「ばかり1」に出、「いつも」グループは「ばかり2」に出るのが多い。また、一部特殊な文脈、たとえば、動詞の進行形の真ん中や増長する意味の動詞の現在形を同時に要求するのは「ばかり2」で、とくにそれを要求しないのは「ばかり1」である。最後に、「ばかり1」の限定の対象に特定化できる傾向があるが、「ばかり2」の限定対象は特定化できないのである。

トコロガとシカシ:逆接接続語と談話の類型
【PDF:597KB】
浜田 麻里(大阪大学 留学生センター助教授)

逆接接続語には、(1)トコロガと(2)シカシに代表されるもの、の二つの類型が存在する。本稿ではトコロガ類とシカシ類の違いをその「基本的意味」の違いとして分析する。
トコロガの基本的意味は、p(前件) とq(後件) が話し手によって意図的に対比されていることを示すことである。一方、シカシの基本的意味は、あることがらにpという側面 が存在すると同時に、それと異なるカテゴリーに属するqという側面が存在するということを示し、「qに注目せよ」ということを表示することである。このように基本的意味を記述することにより、シカシ類の持ついわゆる「話題の転換」の機能も逆接の機能と同様の原理から説明することが可能になる。
また、両者の違いを明らかにする過程で、トコロガとシカシの違いが日本語の談話の構成の類型にも関わっていることが示唆される。

テ形節分類の一試案:従属度を基準として
【PDF:733KB】
加藤 陽子(国際大学 日本語プログラム助手)

本稿は、用言のテ形(書い、白く、静か、など)で接続されている複文を、従属節の主節に対する依存の程度(従属度)の違いによって分類することを目的とした。
その従属度を測定する基準の一つとして、「主節末のモダリティや否定辞のスコープによる複文の構造」という統語的側面 を考察した。これらのスコープを観察することで、複文は、主節末のスコープが主節命題と従属節命題まで及ぶ構造(α構造)と、主節末のスコープが主節の命題のみにしか及ばない構造(β構造)に分けられた。本稿では、このα・βの構造の違いが、従属度を反映し、分類の統語的基準になると考えた。
また、従属度を測定するもう一つの基準として、「節間の関係的意味を成立させる要素」という意味的な側面 を考えた。この要素は、(1)従属節の、複文全体における命題形成の機能、(2)主節・従属節間の論理関係、(3)主節・従属節間の時間・順序関係、(4)主節・従属節の述語の主語の異同、の四つである。本稿では、これらの要素が相互に関連しながら緊密に節同士が関係しあって複文を構成するものを従属度の高いテ形、これらの要素間にあまり関係がなく、節間の緊密な関係もみられないものを従属度の低いテ形、とした。
この二つの基準から、テ形節は、テ1(付帯状況)、テ2(継起的動作)、テ3(原因・理由)、テ4(並列)、テ5(発言のモダリティ成分)に分類され、テ1からテ5の順番で、従属度が低くなっていくことを述べた。

在日ブラジル人と日本人との接触場面 :会話におけるコミュニケーション問題
【PDF:537KB】
エレン ナカミズ(大阪大学 文学部日本学科(社会言語学講座後期課程)

在日ブラジル人の数が急速なスピードで増えつつある中、社会におけるさまざまなレベルでブラジル人と日本人が接する機会が多くなってきた。その結果 、異文化接触上の問題が現われたケースは少なくない。このような状況で、両者は異文化によるコミュニケーション問題を自覚しているかどうか、それらの問題をどのように解決しようとするのかなどが本稿の主題となる。
ここで、在日ブラジル人労働者と日本人との接触場面で行なわれた会話を資料に、トピック提供・展開の観点からインフォーマントの参加の度合を調べた。さらに、Neustupn'が指摘した調整ストラテジーを応用しながら、ブラジル人話者がディスコートレベルで使用する調整ストラテジーを分析した。一般 的にNSとNNSとの会話ではNNSがトピックを提供しない傾向をみせるといわれるが、今回ブラジル人話者は会話中に出されたトピックが自分と関係していたものなので、積極的に参加することができた。調整ストラテジーに関しては、インフォーマントと同じ母語を話すものが同じ場にいる時は日本語からポルトガル語への切り替えが多くみられた。つまり、自分より日本語能力が高い者を媒介に、日本人に話しかける。媒介者がいない場合は、パラフレーズの使用が増えた。
こうした在日ブラジル人におけるコミュニケーション問題は在日外国人に関する研究の一部として捉えなければならないであろう。

あいづち行動における価値観の韓日比較
【PDF:505KB】
任 栄哲(中央大学校文科大学 日語日文学科助教授)、 李 先敏(信一専門大学 日語科専任講師)

本稿は、韓国人と日本人のあいづちの頻度、あいづちのイメージや先取りのイメージなどについて、聞き取り調査とアンケート調査を行ない、その運用の実態を対照社会言語学的な観点から具体的に明らかにしたものである。ここで、今回の調査から明らかにし得たことを例示すると、次のようである。
まず、韓国人のあいづちの打ち方は日本人によく似ているが、その頻度においては日本人のほうが高い。また、韓日とも、くだけた話題のインフォーマルな場面 では、そうでない場面に比べてあいづちの頻度が多くなる。
次に、あいづちの多く打つ人に対する評価では、韓国人はマイナス評価を、日本人はプラス評価を下している。逆に、あいづちを少なく打つ人に対して韓国人はプラス評価を、日本人はマイナス評価を下している。この点、韓国と日本とはまったく異なっている。
そして、注目しなければならないことは、韓国人は日本人より先取りや言いかえを多用するということである。なお、先取りに関する違和感は日本人のほうが高いが、先取りの現われる確率は、日韓ともに、話し手と聞き手の間に情報が共有されている場合やくだけた話題のインフォーマルな場面 で高くなる、という傾向がうかがえた。

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