日本語教育論集 世界の日本語教育 第6号 要旨

物語文理解における挿入質問の効果 に関する実験的研究:
ハイパーメディア教材開発のための基礎研究

【PDF:503KB】
金城 尚美(琉球大学 教養部講師)、池田 伸子(国際基督教大学 大学院教育学研究科(博士課程後期課程)

筆者らは、ハイパーメディアを利用した日本語学習支援のためのコースウェアの開発を試みた。この教材は、日本の昔話のビデオ映像を基幹教材とした個別 学習用のハイパーメディア教材である(未発表)。このハイパーメディアのコースウェア設計の基礎研究として基幹教材である昔話(「ねずみの嫁入り」)を文章教材として用いた読解実験を行なった。その実験をコースウェアの開発に還元することにより、よりよい教材開発を目指すこととした。この論文はその実験について述べるものである。
本実験は、外国語としての日本語の物語の読みにおいて、挿入質問提示が文章理解を促進することを検証するために行なった。そしてこの実験の結果 、挿入質問提示による効果が認められた。これは、学習者が、短いセグメントごとに自分の読みの理解をモニタリングできるからであると推測される。
挿入質問提示の効果に影響を与える要因は、読解の題材、質問の種類、質問の形式など、実にさまざまである。効果 的な読解指導法を開発していくためにも、また、効果的なコンピュータ教材を開発していくためにも、今後、これらの要因について研究を進め、成果 を蓄積していく必要があると思われる。

日本文化理解のための教材構成の理論と試案: 社会的文脈をともなう対話場面を中心に
【PDF:1,075KB】
田中 共子(広島大学 留学センター助手)、秦喜 美恵(愛知淑徳大学 文学部教授)

われわれはこれまで、とくに海外の日本語学習者にむけた、日本文化を理解するための教材開発を指向して、「日本語の習得と文化理解」について研究してきた。本研究はその一貫として、理論モデルから教材構成の試論を展開するものである。まず、文化特殊語彙の知識をもとに、日本文化における社会的文脈の理解を導き、さらに個人の価値観との葛藤の調整を含む社会的次元の判断を指向した。こうした語義的理解、文脈的理解、社会的理解のレベルへと順次導くことを、文化理解の階層性モデルと称した。そして異文化理解における葛藤をマトリクスモデルに集約し、文化理解はそこでの意思的選択を可能にするものと位 置づけた。
次に留学生用に開発された、文化的な文脈性を持った15場面からなる文化場面 理解尺度を日本人学生に適用して、基準サンプルとした。その回答を留学生サンプルと比較し、両群における回答の頻度、属性による影響、内在要因の把握から、場面 を教材化する手がかりを得た。尺度項目から3場面を選び、そのダイアログと反応パタンを素材にして、討論を基本とした文化理解教材の試案を構成した。学習者は、自分の意見をサンプル集団の反応と比較して、位 置づけを知ることができ、指導者は場面に含まれるポイントを説明しながら、順次理解レベルを上げて文化理解を導く。
最後に文化理解を試みる接近領域を整理し、日本語教育の関わりと位置づけを論じた。

日本語教育における批判教育、批判的読み書き教育
【PDF:779KB】
久保田 竜子(ノースカロライナ大学(チャペルヒル校)助教授)

日本語教育においては、主にことばの形態、機能、言語運用能力の習得に重きが置かれ、学習者のキャリアに関わるニーズや、カリキュラムの要求などを満たすことが目標とされる場合が多い。しかし、この実用的目標に加えて、批判教育、批判的読み書き教育の観点も一つの重要な教育理念となり得る。それは、学習者が社会によって規定された知識や生き方を批判的に認識し、自己の生きる可能性と世界観を広げるとともに、より平等で公正な社会の創造を目指す理念である。この理念は、社会の中に存在する不平等、差別 、人間の生活環境を脅かす問題などを見据え、言語、自己の主体、知識、社会構造などが、社会的、文化的、政治的、経済的な権力関係と密接に結びついていることを批判的に理解することによって達成される。とくに批判的読み書き教育では、単に文字を読み書くことだけではなく、学習者を取り巻く外界を理解し、社会を変革していくことに主眼がおかれる。
本稿では、批判教育、批判的読み書き教育の理念を紹介するとともに、アメリカの大学レベルでの日本語教育の実践から、「外人」ということば、日本語の中の女性語、日本文化論の三点を例にとり、批判教育、批判的読み書き教育からの視点を論じる。

独話聞き取りにみられる問題処理のストラテジー
【PDF:659KB】
水田 澄子(名古屋大学 大学院文学研究科日本言語文化専攻(博士課程後期課程)

日本語母語話者(以下日本語話者)と中国人日本語学習者(以下学習者)の聞き取り過程で観察された問題と、被験者のその後の問題処理のストラテジーを分析した。
聞き取り上の問題が起きる原因は、六つのレベルに分類された。この六つの原因は、日本語話者にも学習者にもみられた。相違点は、日本語話者がテキスト上の意味解釈に起因する問題が多いのに対し、学習者は言語知識の不足が大きな原因となっていることである。問題処理のストラテジーとして、「問題特定」にはじまる五つの連鎖が被験者のプロトコルから抽出された。日本語話者と学習者の共通 点は三つ挙げられる。「問題特定」だけで終わる処理法が半数近くあること、「推測」を使った問題処理のストラテジーが多いこと、生じた問題を解決し「確認」または「精緻化」へのストラテジー連鎖が観察されることの3点である。上記の3点めは学習者の言語的知識が足りなくても聞き取りの達成が可能であることを示している。しかし、「問題特定」から「自己モニター」あるいは「聞き流し」と続く連鎖は学習者にはみられず、使いにくいストラテジーがあることがわかった。
さらに、被験者の口頭要約で測定した聞き取りの結果は、問題を解決して既有の知識に新しく組み込んでいくには、「問題特定」から「測定」、「保留」へ、そして「確認」、「精緻化」へと続くストラテジー連鎖が効果 的であることを示していた。

初級学習者の作文にみられる日本語の助詞の正用順序:
助詞別、助詞の機能別、機能グループ別に

【PDF:660KB】
八木 公子(埼玉大学 大学院政策科学研究科講師)

同条件で初級日本語を学ぶ2グループの大学院留学生の書いた作文を分析資料とし、その中で使用された助詞について、助詞別 、助詞の機能別、機能グループ別に正用率、正用順序を算出して、2グループ間で比較、考察した。
その結果、どの場合においても2グループ間の正用順序に統計的に有意な相関が認められた。また、上記三つのいずれの場合においても、いくつかの正用率が似通 った値を示し一つの階層を形成しているようであり、その正用階層も2グループ間でかなり類似していた。
今回得られた「は、が」の機能間における正用順序は、坂本(1986)、Sakamoto(1993)の結果 とほぼ一致し、「と、の、を、は、に、が、で」などの助詞間で得られた正用階層は、小森・坂野(1988)の結果 と一致する部分が大きかった。
「は、が、を」の3助詞間の正用順序については、先行研究(土井、吉岡 1990;小森、坂野 1988;石田 1991;横林 1994;Yagi 1992;Yoshioka 1991)の中でも結果 が分かれている部分であるが、今回の結果でも2グループ間で同様の違いがみられた。しかし、仮に「初級前期では『は→を→が』の正用順序が、初級中期以降のある時期において『を→は→が』にかわる」と考えれば、これらの結果 は互いに矛盾しないものとなりそうである。

短期滞日語学/企業研修が接触場面 における学習者の
インターアクション能力に及ぼした影響について

【PDF:939KB】
ウォン宮副裕子(香港理工大学 英文学系助理教授)

本研究は、15名の香港人大学生が9週間の滞日語学/企業研修を通 して習得した、接触場面におけるインターアクション能力について調査した報告である。被験者の研修参加以前の日本語学習時間は460時間で、全員が「日本語能力試験」三級に合格している。本研究の主な資料は、(1)日本語筆記テスト、(2)ロールプレイテスト(「断り」の場面 )、(3)作文の課題で、それぞれ研修の前と後に行なった。また、企業研修受け入れ先担当者およびホストファミリーを対象としたアンケートと、帰国後の被験者インタビュー資料も分析に役立てた。
調査の結果、滞日期間が比較的短かったにもかかわらず、日本での経験が被験者の日本語インターアクション能力に及ぼした影響はかなり大きいことがわかった。言語能力では、聴解能力、発音、イントネーションが著しく向上した。しかし、口頭産出面 での流暢さに反して、語彙、文法・読解テストではそれに匹敵する成績は得られなかった。全員がかなり長い作文を書く自信を得たが、産出量 の増大は正確さという質的な向上とは結びつかなかった。社会言語能力では、断りの表現の種類の細分化、非言語行動、相づちなどの語用能力に進歩がみられた。コミュニケーション上の問題を解決するために、さまざまな方策を積極的に使用できるようになったことがわかった。また、接触場面 の参加者の母語(中国語と日本語)に共通する要素として漢字の知識を役立て、会話における語彙不足を「筆談」によって解決する訂正能力の習得がとくに注目された。社会文化能力で習得されたものはかなり多岐にわたっており、その主なものは、全般 的な日本についての知識、生活習慣、職場や家庭の人間関係、ビジネスの習慣などであった。

タスク活動における日本語学習者の間のインターアクション分析
【PDF:1,159KB】
羽根田 真理(トロント大学 東アジア学部専任講師)

本稿では、第二言語の学習者が教室でタスク活動を行なった時に、どのように協力しあって学習しているかを調査した。方法論および分析は、イマージョンの研究(Kowal and Swain 1994)のフレームワークを採用し、学習者の間の対話のプロセスと内容に焦点をあてた。8名の大学生の日本語学習者がテキスト再構成のタスク(dictogloss)を遂行した時のペア・インターアクションを録音したものをデータとし、それを計量 的・記述的に分析した。計量的分析は、前記の研究を基にした比較分析である。記述的分析は、それを拡張したもので、各ペアのインターアクションの分析を試みた。四組のペアのインターアクションの型は、知識伝達型からさまざまな形の協力の形態まで幅がみられ、一様ではなかった。プロトコル・データの中には、『協力的な対話』("collaborative dialogue", Swain 1995)の例がみられ、アウトプットの機能(Swain 1985 and in press)も観察された。こうしたインターアクションの多様化をもたらした要因についても考察がなされている。本稿は、教室内での日本語習得の一過程を理解するのに寄与する所があると考えられる。

テーマベースによるアプローチ:上級日本語カリキュラムデザイン
【PDF:752KB】
ダグラス小川 昌子(カリフォルニア大学(ロサンジェルス校) 日本語講師)

本稿は、外国語としての日本語上級におけるカリキュラムデザインの試みである。アメリカの四年制大学における日本語教育では、伝統的に上級のカリキュラムは読解力を向上させることに焦点があてられてきたきらいがある。初級日本語教育では、学習者がコミュニケーション力をつけることにその目標がおかれ、カリキュラムにも著しい変化がみられるのに対し、上級日本語のカリキュラムには依然読み中心のものが多くみられる。本稿は、聞き、話し、読み、書きの四技能を総合的に向上させることを目標にしたカリキュラムの一例である。本稿は次の項目から構成されている。---学習者のニーズの分析、ACTFL(American Council on the Teaching of Foreign Languages)の外国語能力基準の記述および問題点の提示、コミュニケーション能力(communicative competence)についての理論的枠組みの記述と上級日本語カリキュラムへの応用、テーマベースによるアプローチを上級日本語のカリキュラムに用いることについての理由付け、当アプローチを用いた実際のカリキュラムの記述、およびこのカリキュラムを使ったプログラムに対する学生の学年末の評価結果 の分析を行なう。

オーストラリア小・中学生のかな学習:その上達法と問題点をさぐる
【PDF:616KB】
ルース デービース・ジェニー ウォード・ポーリーン スミス(クイーンズランド州教育省 日本語教師)、
加藤 久美(クイーンズランド大学 講師/研究員)

オーストラリアで最多の日本語学習者を要するクイーンズランド州では、小学校での日本語学習者の数は現在27,000人と推定されている。この数は、外国語(LOTE:Languages Other Than English)教育が政府の方針として奨励されるに従って、急速に伸びつつある。このLOTEの中でも日本語は最も学習者数が多い。
外国語教育では、四技能のバランスを保ちながら、コミュニケーション能力を伸ばしていくことが大切である。とくに、読み書きの分野に力を入れることは、話す、聞くことに集中しがちな現代の外国語学習において、その重要性が増しているといえよう。この問題は、学習者が新しい表記法を学ばなければならない。非漢字圏での日本語教授においてとくに重要な点であると思われる。
本稿では、585名の小・中学生を対象に 1)「かな」の認知能力、2)かなに対する学習態度、3)その教授法との関連、について行なった調査のついて報告する。この調査は、さまざまなかな教授法とその効果 についての研究プロジェクトの第一段階として行なったものである。
この研究プロジェクトは次の二点に焦点をおいている。1)かな学習の初期段階を過ぎた時点から、読みの能力が伸びない学習者が多い。読み書きの学習に対して否定的な態度が現れるのもこの時期である。2)かなの教授法、とくに、ローマ字を介しての教授は、英語圏では議論が絶えない。しかし、どのような教授法が効果 的なのか、ローマ字の使用は果たしてかなの学習を実際に妨げる要因なのか、また、そうであるならば、どのような点においてなのか、などについての教室研究の例、その実証が非常に少ない。
かな学習は一見容易になされているようであるが、非漢字圏の学習者、とくに、低学年の学生にとっては一つの「ハードル」であり、後の学習全体に及ぼす影響も大きい。ここでは、調査結果 を報告するとともに、かな教授の現状と問題点、また、小学校での日本語教授における今後の研究課題についても考察している。

初・中級の学生の読解行動:オーストラリア人の大学生の場合
【PDF:407KB】
ミッシェル ホール(メルボルン大学 日本語・中国語学科講師)

第二言語の読解行動に関する研究は、これまでかなり行なわれてきているが、それは第二言語としての英語の場合であり、日本語に関する研究はまだそれほど多くない。
本研究では、オーストラリア人の大学生が日本語を読むときの過程をみた。20名の大学2年生をペアにして、日本語を読ませた。学生は六つのグループにわけられた:大学でしか日本語を勉強したことがない学生(B);高等学校で日本語を4 - 6年間勉強してから大学に進学した学生(V);日本に1年くらい留学した経験がある学生(E)。この三つのグループはそれぞれ成績が上位 のグループ(H:high group)と成績が下位のグループ(L:low group)にわけられた。基準は中間試験の結果 で、80-95%を得た学生は成績が上位、50-65%を得た学生は成績が下位とされた。各ペアは同じグループに属している。
各ペアのやり取りを録音したテープを文字化し、特徴的な行動別に分類した。それにより、三つの特徴的行動が明らかになった。

  1. 1.トピックの発見/絵の利用(Discovery of Topic/Picture Recognition)
  2. 2.自己の能力に対する評価(Self-Assessment)
  3. 3.自動性(Automaticity)

成績が上位のグループ(BH、VH、EH)は、早く文章のトピックを発見し、絵も十分利用して、適切なスキーマを使って読んでいた。とくに、留学生組には自動性がみられた。成績が下位 のグループ(BL、VL)は、自己否定的な行動がみられ、自己評価も常に悪かった。このグループはトピックを理解するのに絵を利用しなかったし、トピック発見もかなり遅かった。
成績下位のグループに対して、教室で教えられるストラテジーがいくつかあると思われる。読む前に絵を見て内容を考えたり、pre-reading tasksをあたえてスキーマを適切に起動させたりすることにより、学生の自己評価を高めるためにも以上のような練習が効果 的と考えられる。

「情報なわ張り」と日英の文形選択基準:「と思う」を中心に
【PDF:783KB】
浅野 裕子(オーストラリア国立大学 言語学科大学院)

人が言語によって円滑にコミュニケーションを行なっていくためには、伝達しようとする事柄をいかに表現するかという点が大きな問題となってくる。本研究は「間接形」として用いられる「と思う」を中心に、伝達内容と文形との関わりについて主に書きことばのテクストを分析し、日英の語用論的原則における相違点・共通 点を明らかにしようと試みるものである。そこで本稿では従来の送り手対受け手という「情報のなわ張り」以外に情報を共有する他者の領域を設定し、「直接形」対「間接形」という文形の選択基準に焦点をあて、翻訳資料を用いて日英の比較対照を行なったが、分析の結果 次のようなことがわかった。
発読者が自己のなわ張りに属する事柄を伝達しようとする場合、英語においては「情報のなわ張り」および「判断の権利」が文形選択の主な尺度となるが、日本語においては「情報を共有する他者の事実認識はいかなるものか」、あるいは「他者がいかに判断するか」という尺度が基準として働く場合がある。
したがって、このような日英の尺度の違いが表現形式の違いに反映されるのだといえるが、この違いが話しことばにもみられるかどうかについては、今後の課題である。さらにまた言語の変種によって差はみられないか、といった問題についても新たな課題として取り組んでいく必要がある。

日常会話における発話の重なりの機能
【PDF:599KB】
生駒 幸子(名古屋大学 大学院文学研究科日本言語文化専攻(博士課程後期課程))

本研究は日常会話に現れる「発話の重なり」現象を取り上げ、その機能を導き出すことを目的とする。親しい女性同士の会話を資料として、その会話に現れた発語の重なりを位 置と性質の観点から分類し、その後、発話の重なりの機能を会話の進行と人間関係の確立という二つの観点から探求した。
会話の進行においては、発話の重なりは、マイナスに作用するものとプラスに作用するものがある。マイナスに作用し、トラブルとなる発話の重なりは、スムーズな話者交替を妨げ、情報伝達に支障をきたすことにより、会話を停滞させる。一方、プラスに作用する発話の重なりは、会話を効率的に運び、活気あるテンポの速い会話を生み出す。さらに、会話の発展にも寄与し、会話を促進する働きをする。
人間関係の確立においては、また異なる見方ができる。発話の重なりを発話の接触として会話時のスキンシップのようにとらえれば、会話の進行においてマイナス作用であった発話の重なりでさえ、親近感、遠慮のなさ、リラックスした雰囲気の表れとなり、好意的人間関係の確率に貢献するものとなる。さらに、このような心理面 へのプラス作用が、会話の進行にも影響を与え、会話の促進にもつながる。
最後に、日本語教育の見地からも私見を述べる。

日本能力の新しい測定法[SPOT]
【PDF:650KB】
小林典子・山元啓史(筑波大学 文芸・言語学系(留学生センター)講師)、
フォード丹羽順子(筑波大学 留学生センター非常勤講師)

筆者らは、日本語能力の新しい測定法「SPOT(Simple Performance-Oriented Test)」を開発した。SPOTは、自然な速度の音声テープを聞きながら、解答用紙に書かれた同じ文を目で追っていき、文中の( )に聞こえた音(ひらがな1字)を書き込ませるテスト法である。各文は互いに独立した文であり、穴埋め作業は1文につき1カ所である。約60の問題文の場合、テスト用紙の配布、テスト上の注意、実施、答案回収まですべてを含めて約10分間で施行できる。受験者がテストのために緊張を強いられるのは約5分間であり、採点作業もひらがな1字をみればよく、単純で客観的なものであることから日本語専門家を必要としない。SPOTは音声テープを使用するために、聞き取りテストのようにみられがちであるが、これは聞き取りテストではない。音声テープは言語能力を測定するための道具とみなすのが適当である。言語能力の構成要素(discrete point)を細目的に診断するには不向きであるようだが、統合的な言語能力(integrated-proficiency)を測定するのに有効であることが、他の日本語テストとの相関の高さからも明らかにされた。SPOTはクラス分け、クラスへの登録許可等、日本語学習の開始の際に、おおまかなレベルを知るのに、有効かつ、処理の簡便さから実用的である。本稿ではこのSPOT法が広く利用されることを願って、これを紹介し、その理論的背景を既存のテスト法(クローズテスト、ディクテーション、ノイズテスト等)との関連において論じる。

韓国の企業敬語における日本語の影響をめぐって
【PDF:705KB】
姜 錫祐(大阪大学 大学院文学研究科日本語学専攻(博士課程後期課程)

韓国の企業の中での敬語の運用法は、一見日本の敬語の運用法と類似する様相をみせている。このことから、一説では韓国企業へ日本語の影響が及んだとされている。
本稿は、韓国の大手企業と中小企業を調査対象として、職階による上下関係にみられる第三者敬語を中心に、運用の実態や使用者の意識などについて調べたものである。調査の結果 、社内の人間同士で用いられている敬語法には、軍隊で身につけたと思われる「圧尊法」の意識が強く影響を与えていることがわかった。
一方、社内の上司のことを外部の人にいう場合の敬語法では、大手企業と中小企業とで相違がみられる。これには、主に大手企業で行なわれている社員教育がかかわっているようである。
なお、韓国企業への日本語影響説に対しては、次のように説明することができる。(1)社内の人間同士で行なわれている敬語運用は、日本語の影響ではなく、韓国の固有の敬語法から生じた現象である。(2)外部との対応における第三者敬語について、大手企業で確認される現象には、多少ではあるが日本語の影響があると認められる。

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