日本語教育論集 世界の日本語教育 第7号 要旨

パロディのある日本語教育
【PDF:624KB】
青山 友子( クイーンズランド大学 アジア言語・研究学科専任講師)

パロディには、1)原典、2)模倣(敬愛)、3)作り変え(批評性)が不可欠である。また、多くの場合、4)滑稽味を伴う。その語源「パラ」には、対立と親密性の両義が含まれている。本稿はこうしたパロディの特徴、とりわけその二重性と批評性、カーニヴァル的な再生予祝機能に注目し、それを利用した日本語教授法を考察する。
四技能習得の手段としてパロディを用いる場合、とくに読み・書きでは、能動的・開放的な作業を促すことができる。それとともに、文学離れの現状や日本に対する固定観念に対処するためにも、パロディ使用は有効である。その場合、従来文学テキストを扱うときにありがちだった大作家や名作、日本らしさ志向、小説偏重に捕われずに、翻訳や読解以外の方法を積極的に取り入れたい。
例として、筒井康隆による『サラダ記念日』のヤクザ版パロディ、「カラダ記念日」と、井上ひさしの『吉里吉里人』の一節を使う授業を取り上げる。前者では、短歌や文語文法についての予備知識もない学生に、比較的短時間で本歌とパロディを比べさせ、自作のパロディ短歌を作らせるところまで持っていく。後者では、『坊っちゃん』他名作の冒頭の吉里吉里語訳と日本語の原文、すなわちパロディの原典とを比べ読むことによって、学習者は、日本人なら誰でも知っている(はずの)名文に触れるとともに、パロディ特有のカーニヴァル的転倒を体験することができる。
限られた授業時間では、長大な文を扱うことはできない。しかし、その場限りの断片ではなく、過去や未来とつながるものをめざしたい。それには、パロディが大いに役立つと考える。

海外の日本語教育におけるリソースの活用
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トムソン木下千尋(ニューサウスウェールズ大学 アジアビジネス言語学科言語研究主任)

教科書に代表される従来の「教材」は、教室での日本語使用のために作られ、教えるための材料であった。ここで扱うリソースは、実社会での日本語使用のための学習に使い、実際の日本語使用にも役立ち、また、日本語使用の対象となる、つまリ学ぶ材料である。「教材」から、リソースヘの移行は、学習者の教室からの解放をも意味し、リソースの活用は社会言語学、第二言語習得、教育学の側面 からも有意義である。
リソースには「人的リソース」、「物的リソース」、「社会的リソース」の三種類がある(田中・斉藤1993)といわれるが、新たに「情報サービス・リソース」の項を設け、海外の、とくにシドニーのリソースを四つの角度から検討し、そのリソースを全体シラバスの中、外の両者で活用する方法を紹介し、検討する。リソースは、例えば、シラバスの中では、ゲストスピーカー、ビジター・セッション、家庭訪問などという形で、また、シラバスの外ではプロジェクトの形で活用できる。学習者が自主的にリソースを開発し、自律的に活用し、学習していくには、上記の両者が必要だろう。「教材」からリソースヘの移行は、学習者の教室からの解放、自律と共に、教師の役割の再考とも大きく関わっているといえる。

読解ストラテジーの使用と読解力との関係に関する調査研究:
外国語としての日本語テキスト読解の場合

【PDF:616KB】
南之園 博美(アダム・ミツキェヴィチ大学 新文献学部東洋・バルト学科講師)

近年、外国語の読解教育では読解ストラテジーが指導されるようになってきている。日本語学習者を対象としたストラテジー使用の実際や有効性について調査、実験を行なった研究はまだ見当たらないが、指導方法の確立のためには、学習者の読解過程を把握することが重要であろう。本研究では、1)読解力の高い読み手ほどトップ-ダウン・ストラテジーを使用する程度が高い、2)読解力の高い読み手ほどボトム-アップ・ストラテジーを使用する程度が低い、3)読解力の高い読み手ほどテスト-テイキング・ストラテジーを使用する程度が高い、という三つの仮説をたて、日本語学習者の読解ストラテジーの使用と理解との関係について調査を行なった。中級後半から上級レベルの被験者73名はまず、日本語能力試験2級程度の、約1,000字のテキストを読んで多肢選択問題20問に答える読解テストを受け、次いで26のストラテジーをどの程度使用したか、4段階(いつも、時々、あまり、全然)で回答するアンケートに答えた。トップ-ダウン・ストラテジー、ボトム-アップ・ストラテジー、テスト-テイキング・ストラテジーの三つのサブカテゴリーに分類したストラテジー使用の程度と、読解力との相関を求めたところ、仮説2)に関して有意な相関があった。今後は、発話思考法なども用いてより詳細にストラテジー使用の実際を調べ、同時にストラテジー指導の効果 も検証してゆく必要があるだろう。

電話会話における談話管理:日本語母語話者と日本語非母語話者の相互行為の比較分析
【PDF:680KB】
岡本 能里子(東京国際大学 教養学部専任講師)、吉野 文(千葉大学 文学部日本文化学科講師)

本稿では、日本語母語話者同士および非母語話者と母語話者の電話会話を取り上げ、開始部と終結部を分析した。日本語母語話者の談話管理の特徴として、開始部においては「あ」が受け手がかけ手を認定するメタメッセージを伝える談話標識として機能していること、終結部においては「じゃ」が終結への意向を暗示し、移行場所で段階的に終結へと導く談話標識として機能していることを明らかにした。
また、単独で用いられる「はい」は、開始部において相手の認定を示す場合や終結部の移行場所において終結への意向を受け入れる場合には、相手のメタメッセージを受け入れたことにはならず、単なるあいづちとなる。
非母語話者の場合、こうした「あ」「はい」「じゃ」の機能を十分に理解していなかったり、適切な運用ができなかったりする。すなわち、隣接ペアの完成という局所的な処理という観点からはスムーズに進んでいるようにみえても、全体機構におけるメタメッセージの理解や運用においては問題が残リ、局所的機構と全体機構の二重の関係をふまえた談話管理能力が不足していると考えられる。

日本語母語話者の会話における「情報伝達行動の持続」
【PDF:592KB】
李 麗燕(名古屋大学 大学院文学研究科日本言語文化専攻(博士課程後期課程)

会話に参加するにあたって、「話の展開に関する主導権」を独占して、言いたいことを最後まで順調に言い続けるのは簡単なことではない。他の会話参加者に「話の展開に関する主導権」を奪われることによって、自分の行なってきた情報伝達行動が途中であるにもかかわらず、やむをえず中断することがあるからである。その中断が現れないように、つまり、「話の展開に関する主導権」を他の会話参加者に奪われないように、話し手は何らかの技術を使わなければならなくなる。
本稿では、「情報伝達行動の持続」に焦点を当て、日本語母語話者の話し手が、情報伝達行動の中断を防ぐために、つまり、「話の展開に関する主導権」を持ち続けるために使う技術を「接続表示」「注目要求」「時間稼ぎ」「他者無視」の4種類に分けて詳述した。また、この4種類の技術を学習項目として会話教育の現場に導入する必要性も示唆した。

日本人とフランス人日本語学習者の会話にみられる「修正」のストラテジー
【PDF:732KB】
猪崎 保子(フランス国立東洋言語文化研究所 朝鮮・日本語科講師)

日本人と外国人の日本語によるコミュニケーションは日本人どうしのコミュニケーションと異なり、双方がトラブルを解決したり、誤解を避けたりするための調整、すなわち「修正」を行なっていると考えられる。本稿ではこの「修正」のメカニズムについて、フランス人中級日本語学習者と日本人が行なったインタビューとそのフィードバックを資料として、観察、調査を実施した。分析は問題点を「言語問題」「(言語以外の)コミュニケーション問題」に分類し、さらに「言語問題」を発音、単語、文、発話の4レベルに分けて行なった。参加者がコミュニケーションのルール違反をどのように認定し、それをどのように「修正」したか、またその過程でどのように影響し合うのか、「修正」になんらかの特徴がみられるのか、などを調査した。
インタビューでの「修正」のやりとりは、相互の理解やコミュニケーションの目標を達成するための共同・協力作業であるといえる。ルール違反があっても相手の誤りを「訂正」するケースは極めて少なく、互いに聞き返しの質問をしたり、補いあったりしながら、話が進められていくことがわかった。また「言語問題」のなかで発音、単語、文、発話はそれぞれ密接に絡み合い、さらにコミュニケーション問題とも深く関連している。そしてレベルが進むほど、問題点は表面 に現れにくく、「修正」の対象にならないことがわかった。

日本語学習者にみられる「断り」の表現:日本語母語話者と比べて
【PDF:619KB】
カノックワン・ラオハブラナキット(筑波大学 大学院文芸・言語研究科)

「断り」行動は、相手の意向に反して遂行されなければならないため、人間関係を損ねる危険性を持ち、とりわけ学習者は第二言語で表現しなければならないのでコミュニケーション上の誤解や失敗を招きやすい。ここでは、電話での実際の会話を資料として、書き込み式やロールプレイ方式では観察のしにくい「断り」の表現を観察し、その使用の特徴を母語話者と比較しながら学習者の問題点を考察した。その結果 、学習者は断りの「理由」の命題に後接する形式(例:理由 + ので)を比較的上手に用いるのに対して、相手に対する心配りを示す終助詞や断りの表明である「不可」の命題に前接及び後接する形式(例:やっぱり無理かな)、そして「断り」の前触れとなる「否定的なマーカー」(例:うーん、あはー)の使用は困難となっていることが分かった。これら「断り」でみられる形式は、先行研究や日本語教科書によってほとんど触れられていず、注目すべきところと思われる。

日本語アクセントの習得とイントネーション:
フランス語母語話者による日本語発話の音調特徴とその要因

【PDF:803KB】
代田 智恵子(大阪大学 大学院文学研究科目本学専攻(博士後期課程2年)

フランス語母語話者の日本語アクセントの習得について、インプットの影響と母語の転移を考察の中心とし、東京語話者、京都・大阪語話者、フランス語母語話者を対象に調査分析を行なった。その結果 、次のようなことが明らかになった。

  1. 1.フランス語母語話者は日本語発話において、フランス語の音調規則を適用している。その結果 、日本語文のイントネーションは、フランス語文のイントネーションに類似する。またフォーカスの有無によって、日本語文の文節のアクセントが変わる。
  2. 2.フランス語母語話者の日本語発話の音調上の特徴を決定づける要因は、日本語の韻律構造が、アクセントを中心とした階層関係にあるのに対して、フランス語はイントネーションを中心とした階層関係にあることである。
  3. 3.フランス語母語話者の日本語アクセントの習得は、母語の音調知識の転移によって困難になる。しかし日本語のイントネーションをまず習得すると、次に句音調、アクセントの順に習得できる可能性がある。

日本語母語話者の「意味交渉」に非母語話者との接触経験が及ぼす影響:
母語話者と非母語話者とのインターアクションにおいて

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村上 かおり(南山大学 外国語学研究科日本語教育専攻(修士課程修了)

本研究は、NS(母語話者)とNNS(非母語話者)とのインターアクションにおいて、NNSの発話を理解するのが困難な際にNS側が行なう「意味交渉の方法」の頻度に、NS側のNNSとの接触経験が与える影響を調べる。具体的には、NNSとの接触経験の異なる四つのグループ(教育経験の長さの異なる日本語教師2グループ、日本語教師ではないが職務上NNSとの日本語での接触の多い人のグループ、通常NNSとの接触がほとんどない人のグループ)のNS12名に、NNSと1対1で双方向性インフォメーション・ギャップ・タスクを行なってもらい、その際のインターアクションにおけるNS側の「意味交渉の方法」5項目、すなわち「訂正」、「貢献・完成」、「精密化」、「確認チェック」、及び「明確化要求」の頻度について X 2 検定及び残差分析を用いて分析した。その結果「意味交渉の方法」の頻度がもっとも高かったのは、日本語教師ではないがNNSとの日本語での接触の多い人のグループであり、これは、この人たちが職務のため普段からNNSと「本当に意味のあるコミュニケーション」をしているため「意味交渉」の方法に精通 していたことを示唆していると考えられる。
このことから、NNSとの接触経験においてNS、とくに日本語教師は、「本当に意味のあるコミュニケーション」をすることが必要であるといえる。しかし一方で、NNSとの接触経験は、NNSのスピーチに対するNS側の「理解能力(comprehension competence)」を発達させ、またこれは時としてNS側の「ステレオタイピング(stereotyping)」を誘発する可能性がある。そうなると「意味交渉」の機会は減少し、そしてここでインターアクションがNNSの第二言語習得を促進するという主張が事実であれば、これらは日本語教師の研修において考慮に入れられるべき点であると考えられる。
また、本研究で分析した「意味交渉の方法」の各項目の特徴についても言及する。

L2日本語学習者における「は」と「が」の習得: キューの対立が引き起こす難しさ
【PDF:746KB】
富田 英夫(ケニヨン大学 外国語学部日本語科準教授)

本稿は第二言語としての日本語学習者(L2日本語学習者)を対象に、日本語の助詞「は」と「が」の習得状況を調査した結果 の報告である。調査では、MacWhinney(1987)などの競合モデル(The Competition Model)で提唱されている「キューに導かれた学習」(cue-based learning)の仮説に基づいて、「は」と「が」の言語環境を二つのキュー(ローカルキューとグローバルキュー)で分類し、この分類をもとに実験を行なった。実験は調査用紙にある日本語の小会話文を読みながら「は」と「が」の穴埋めをしてもらった。その誤答数を集計分析した主な結果 は以下の通りである。(1)ローカル環境にある「は」または「が」が関与している場合は学習者の誤答率は低かった。(2)助詞別 の誤答率を比較すると先行研究の結果と同様、「は」の方が「が」よりも誤答率が一般 に低かったが、これはローカル環境にある「は」についてしか当てはまらなかった。(3)グローバル環境にある「は」または「が」が関与している場合には学習レベルにかかわらず、学習者は高い誤答率を示した。
MacWhinney(1987)やBates and MacWhinney(1989)などの競合モデル(The Competition Model)では、「言語獲得とは機能と形式の関係を習得していく過程である」(problem of mapping function and form)と定義され、このモデルの中核をなす仮説の一つは「キューに導かれた学習」(cue-based learning)である。すなわら、機能と形式の関係習得過程には有限数のキューが存在し、それらのキューを習得することが、ひいては言語獲得につながるものと考えられる。Kail(1989)は上のモデルを発展させ、「トポロジカルキュー(=本研究のグローバルキュー)と比べ、ローカルキューの解釈には理解のプロセスに必要な記憶の容量 (storage)や、事実照合(cross-referencing)の手続きが少なくてすむため、ローカルキューが指示する言語事実は早い時期に習得されるであろう」と主張している。本研究の実験ではこのKailの主張を支持する結果 を得た。
本稿はこの結果をもとに「キュータイプ」による「は」と「が」の言語環境分類が今後の体系的な「は」と「が」の習得研究、および指導に貢献する可能性があることを議論する。

日本語の「~て(くれ・ください)」に対応する中国語の文の特徴:「請~」以外の文を中心に
【PDF:513KB】
李 萍(広島大学大学院教育学研究科日本語教育学専攻(博士課程3年生))

日本語の「~て(くれ・ください)」は、「依頼文」であるが、「依頼」を表わすほかに「命令・指示」を表わすこともできる。また、「依頼」より「命令・指示」を表わすものが多いことが特徴的である。これは、日本語では動詞の命令形で表わす「命令文」はきつい命令の口調になるため、それを避けるために授受補助動詞の命令形で表わす「依頼文」で頼むという仕方で「命令・指示」を表わすからである。
日本語の「依頼」を表わす「依頼文」に対して、中国語は「依頼」を表わす「命令文」で対応しているものがある。これは、中国語ではウチ関係の親しい間柄での依頼表現はよくぞんざいな表現が使われているため、「命令文」で「依頼」を表わすことができるという特徴が働いているからである。この点が日本語とずれている点である。また、日本語の「命令」を表わす「依頼文」に対して、中国語は「命令」を表わす「命令文」で対応するものがある。日本語は直接命令法を使わず、「依頼文」で「命令」を表わし、命令のきつさを柔らげるが、それに対応する中国語は直接命令法を使って動詞の前に副詞の「快」の修飾語をつけたり動詞の後に「嘛」「呀」「点児」のような語気詞と副詞をつけたりして、命令語気を柔らげる。
日本語では「依頼文」で「命令」を表わすのに対して、中国語では、「命令文」で「依頼」を表わす点が、両語の大きな相違点である。

バングラ語と日本語の存在動詞のアスペクト標識としての共通 的機能について
【PDF:582KB】
レザウル カリム フォキル(ダッカ大学 言語研究院日本語科助教授)

この研究の目的は、バングラ語と日本語の存在動詞の形態統語論構造と、その存在動詞のアスペクト標識としての機能を推論することである。バングラ語存在動詞の aach と日本語存在動詞の aru/iruが本研究の中心となる。この二言語は異なった語族に属しているが、バングラ語存在動詞 aach と日本語存在動詞 aru/iru は共に似通った形態統語的特徴を持っている。いずれの存在動詞も、主動詞として述部の中に配置され、存在文を形成する。また、いずれの存在動詞も機能的に欠陥動詞である。なぜなら、これらの動詞は、完全動詞のようにアスペクトとテンスの規則的なパラダイムの中において機能しないからである。主動詞として機能をする以外にも、バングラ語存在動詞と日本語存在動詞はともにアスペクトを示す標識として機能する。これらの動詞は、アスペクトを示す標識として、動詞の基本形とテンス標識の間に置かれる。存在動詞 aach 及びaru/iru は動詞の語幹に後接されたり、動詞の動状名詞に後接されたりして、ともにさまざまなアスペクトを表わす。パングラ語では、aach は動詞の語幹に後接され、日本語では、aru/iru は動詞の動詞状名詞(て- 形)に後接され、ともに継続相のアスペクトを表わす。アスペクトは意味概念を表わすが、存在動詞はアスペクトの(形態統語的)構造を表わす。アスペクトの形態統語的表現は、本動詞に付加的な意味を加えるという意味において、伝統的文法では助動詞と呼ばれている。

日本語の言いよどみ表現について
【PDF:901KB】
奈倉 俊江(旭川大学 女子短期大学部助教授)

日本語の言いよどみ表現については、年齢や性別 、その他の社会言語学的要因によってその使用が影響されることから複雑であると指摘されている。「あのー」、「そのー」または「そうですね。」等は誰にも馴染み深い表現である。しかし典型的なもの以外にどのような言いよどみ(談話標識)が一般 的に使われているのか、また、社会的要因によりどのように影響をうけているのか定かでない。本研究はこれらの疑問を明らかにすることを目的とする。
始めに言いよどみ現象がどのように扱われてきたかの概略の後に、日本語の談話標識の一般 的特色がまとめられる。続いて言語習得と関連があるという前提の基に、幼稚園児とのインタビュー結果 が分析される。次に男女5組ずつと家族の会話、男女3組ずつの講演と二つの会議から録音されたデータの結果 が比較検討される。最後に分析結果から日本型コミュニケーションの特色について考察が行なわれる。

中間的複合動詞「きる」の意味用法の記述:
本動詞「切る」と前項動詞「切る」、後項動詞「-切る」と関連づけて

【PDF:759KB】
Kyung 洙(漢陽大学 日語日文学科講師)

本稿は、本動詞「切る」、前項動詞「切る」、後項動詞「-切る」の意味用法と本動詞と複合動詞の関連性を調べたものである。複合動詞の後項動詞の意味分析の手順として、後項動詞の「-切る」の形態を除去し、除去したものが非文になるか否かということを基準にした。非文になったときには語彙的に構成された語彙的複合動詞に近く、非文にならなかったときには統語的に構成された統語的複合動詞に近いとみなした。このことから複合動詞「-切る」には統語的複合動詞と語彙的複合動詞がともに含まれているので中間的複合動詞であることが分かった。また、本動詞「切る」と前項動詞「切る」は「物の切断」「発言」「対処」「中止」というところで関連性をみせている。さらに、本動詞「切る」と複合動詞の後項動詞「-切る」は「物の切断」「完遂」「極限」「自信満々」というところで結びつけられる。これらのことから前項動詞「切る」と後項動詞「-切る」は、本動詞の意味と全く異なる抽象的意味から派生したのではなく、程度の差はあるものの本動詞「切る」の意味と密接な関係があることが分かった。

副詞「キット」と「カナラズ」のモダリティ階層: タブン/タイテイとの並行性
【PDF:683KB】
杉村 泰(北京第二外国語学院 日本語学部外国人教師)

本稿は「モダリティ」の観点から日本語副詞「キット」と「カナラズ」の意味分析を試みたものである。従来、「キット」と「カナラズ」は「陳述副詞」あるいは「話し手の主観的態度を表わす副詞」として位 置付けられ、その「蓋然性」の違いや「推量的機能」「習慣的機能」について諭じられてきたが、その違いはいまだ明確にはされていない。
これに対して、本稿では少し角度を変えて考察し、2語とも蓋然性に関わるが、その呼応する成分のモダリティ階層が異なることを主張する。すなわち、「キット」は話し手の判断と関わり、「カナラズ」は命題内容と関わると考えるのである。そして、この呼応する成分のモダリティ的な階層の違いが、二次的に2語のさまざまな意味的な差となって現われていることを明らかにする。また、こういった現象が「キット」と「カナラズ」との間においてだけではなく、「タブン」と「タイテイ」との間にも並行してみられるものであることを指摘する。

日本語の分裂文とウナギ文の形成について
【PDF:636KB】
陳 訪澤(広東外語外貿大学 東方語言文化学院副教授)

日本語の分裂文の形成について、今まで「後方移動による形成」と「削除による形成」という二つの解釈が提案されているが、いずれも「XはY」構文の一項目分裂文を対象としたもので、日本語特有の「XはYがZ」構文の二項目分裂文について触れていないため、結局、日本語の分裂文形成の解釈にはならない。本稿は二項目分裂文の述部の特徴に注目し、「前方移動による形成」という新しい解釈を提案する。この解釈は日本語の分裂文の形成を統一的に説明できるだけでなく、その他の主題構文の形成にも通 用するものである。また、いわゆるウナギ文の形成についても、それは二項目分裂文に変換できる「XはZはY」構文から第一主題の省略によるものという新しい解釈を提案する。

「甲ノ乙」における修飾句「甲ノ」の統語的二面 性と並列順位
【PDF:1,086KB】
森 捨信(京都産業大学 外国語学部英米語学科)

日本語の助詞「の」ほど、多義で意味的に曖昧な語は珍しい。「の」は先行する名詞と後続の名詞を多様な意味関係で連結することができる。例えば、「トム写真」といった場合の「の」には、「所有者」(~の持っている)。「履行者」(~の撮影した)、「被写体」(~の写っている)、「受益者」(~のための)、「出所」(~からの)などの意味が含まれる。
当然のことながら、日本語を外国語として学ぶ者にとって、「の」の用法は難解にして、興味ある文法項目であり、十分な知識が要求される。
本稿では、「名詞句の」十「名詞句」にみられるような、他の名詞句の前に表われる前置修飾句としての名詞句内の「の」に焦点を当て、「の」が指示する意味関係の検証に加えて、「の」修飾句の統語的二面 性、および連続して表われる「の」修飾句の順位について考察する。
前半部では先ず、「BBCの料理の番組」が成立するのに対して「料理のBBCの番組」が成立しないという事実に着目して、「の」修飾句には「補部」 (complement)と「付加部」(adjunct)とがあること、また、付加部と補部が同時に表われる場合、必ず前者が先行することを論考する。
次に、二つまたはそれ以上の付加部が並列される場合、定まった順序が認められず、順序不同であるのに対して、補部には一定の配列順位 があることを論証する。

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