日本語教育論集 世界の日本語教育 第8号 要旨

日本語学習動機と成績との関係:タイの大学生の場合
【PDF:428KB】
成田 高宏(南山大学 大学院外国語学研究科日本語教育専攻修士2年)

本研究はタイの大学生の日本語学習動機と成績との関係を明らかにし、成績向上のために教師がすべき「日本語教授」以外の役割を考察することを目的とする.
先行研究を参考に30項目からなる日本語学習動機調査票を作成し、バンコクの大学で日本語を専攻する4年生44名に記名で5段階評価させた.その結果 得たデータに因子分析を行ない、抽出された6因子に「文化理解の志向」「統合的志向」「道具的志向」「利益享受志向」「国際性志向」「誘発的志向」と命名した.次に、各学習者の学習成績を基準変数、各因子の因子得点を説明変数とする重回帰分析を行なった.それにより得た標準偏回帰係数によると、「統合的志向」(日本人と友達になりたいからなどの動機) の強い学習者の成績が高く、「利益享受志向」(将来何かいいことがありそうだからといった動機)、「誘発的志向」(親や友人に言われたからなどの動機) の強い学習者の成績が低い傾向にあることがわかった.
調査・分析結果から、利益享受志向・誘発的志向の強い学習者に、統合的志向を持ってもらう機会を与えること、すなわち現地在住の日本人との交流の場を提供することなどが、海外で教える教師のなすべき重要な役割の一つであると提唱したい.


接触場面での上級日本語学習者の願望疑問文の問題
【PDF:706KB】
大石 久実子(慶應義塾大学 国際センター専任講師)

本稿は「~したい(です)(か)?」「(し)てほしい(です)(か)?」という願望疑問文が日本語学習者によって誤って多用される問題を扱うものである.例えば、レストランでウェイターが "Would you like to order now?" ということは英語では全く問題がないが、日本語では「もう注文したいですか」とは言えず「ご注文よろしいでしょうか」としなければならないように、日本語の願望疑問文には他言語にはない制約があるのである.
本稿では、日本語学習者の願望疑問文の誤用を解明するために、先行研究でもいまだかつてなかった「自然談話から得た自然データ」という形でデータを示し、インタビュー調査の考察を進める.更にすべての被験者に対してフォローアップインタビューを行ない、願望疑問文を使用した際の意識、あるいは願望疑問文を回避した際の被験者の意識を明らかにした.その結果 、1) 上級学習者の日本語の願望疑問文の使用には母語の負の転移があること、そして、2) 上級学習者の発話に対するコントロールが弱まると願望疑問文の回避ができなくなること、更に、3) 上級学習者はインタビューで願望疑問文を使ったことを認めたがらないことなどが明らかになった.


初級教科書の漢字学習ストラテジー使用及び漢字学習信念に与える影響
【PDF:637KB】
大北 葉子(テキサス大学 オースチン校アジア学部講師)

三つの初級教科書、全てローマ字書きの Japanese: The Spoken Language (JSL) (ハワイ大)、漢字かな交じり文を最初から使う Situational Functional Japanese (SFJ) (ハワイ大)と Yookoso! (テキサス大)を使用した時の学生の漢字学習ストラテジー使用頻度と漢字学習信念を比較した.学習ストラテジーでは伝統的な「書写 」は教科書間の差はなかった.「絵と連想」「文書を読む」「テレビ等を見る」の三つでJSLの方がSFJ及び Yookoso! に比べて使用頻度が高く、「かなと連想」でJSLの方がSFJ及び Yookoso! に比べて使用頻度が低かった.この差はJSLでは漢字・かなに接する機会が少ないため漢字を文字としてではなく絵として扱い、また学生が文字と接する機会を積極的に探していたのに起因すると考えられる.JSLで漢字・かなを文字として扱う能力を養えないことは書き言葉の学習にも悪影響を及ぼしている可能性がある.信念では話し言葉優先にのみ差が見られた.JSLSFJでの差はなく、JSLYookoso! 及びSFJYookoso! の間では差が見られた.この結果話し言葉優先の信念は教科書の与える影響もあるが、それ以上に学習環境が与える影響が大きいと考えられる.今後様々な地域での漢字学習メカニズムを解明して学習環境に合った漢字教授法の開発が必要である.


複合語短縮
【PDF:521KB】
日比谷 潤子(慶應義塾大学 国際センター助教授)

日本語教育の上級では、いわゆる生教材を使った授業がよく行なわれる.そこで頻繁に取り上げられる新聞などをみると、複合語短縮の事例が多数みられる.この複合語短縮というのは、語形成過程の一つで、単独に現れうる語を二つ並列して複合語をつくった後に、それを短縮するものである.短縮された語形の中には一過的なものも多く、辞書などにまとまって載ることはあまりない.
本研究では、まずこの現象に関する先行研究、イミダス'95、大学生を対象とした調査、個人的な収集の四つの手法を組み合わせて、複合語短縮の事例を365語集めた.それをもとにして、この過程のメカニズムを検討したところ、「2モーラ+2モーラ→4モーラ」というパタンがもっとも生産的であることが、はっきりした.これで説明できない事例は365語の約20%にあたるが、この例外をタイプ別 に分類した.



日本語談話原理の理解と読解指導:新聞コラムの場合
【PDF:1,037KB】
泉子 K. メイナード(ラットガース大学 日本語及び言語学教授日本語プログラム主任)

本論文ではマスメディアのディスコースの一例である新聞コラム(朝日新聞「コラム私の見方」1994年度38本)の分析結果 の報告をし、さらにそれに基づいて読解指導への応用の可能性を検討する.
コラムの執筆者がどこでどのような言語表現で意見・結論を提示するか、特に「コメント文」という概念を分析に利用する.具体的にはコラムのタイトルのパラフレーズが平均してコラムの冒頭から86.73%入ったところで出てくること、コメント文はコラムの冒頭段落では12.24%に過ぎないのにコラムの最終段落では51.02%であること、さらに段落内部では非コメント文からコメント文へ流れる順序の割合が81.51%と高いことが明らかになる. この結果、コメント文によって具現化される新聞コラムの執筆者の意見・結論は、段落レベルでもコラム全体のレベルでも終りの方に現れることが分かる.このコラム構成順序の談話原理やその他の談話法則が読解指導にどのように応用出来るかを、応用言語学の先行研究に触れながら、指摘する.読解作業の補助教材の具体例として、新聞コラムの談話構成のスキーマを紹介する.


英国人日本語学習者による音韻補償について
【PDF:516KB】
長井 克己(エジンバラ大学 大学院応用言語学科)

各言語の音素は、発話速度や強調の効果 だけでなく、その出現環境に影響される固有の長さを持つと言われる.英語を母語とする初級及び上級日本語学習者と日本語母語話者にCVCVから成る単語を文中で発音させて個々のセグメント長を比較したところ、第2子音とその先行する母音の長さの補償効果 に、学習者の到達度による差が見られた.第2言語音韻獲得の指標としての利用が期待できる.


接触場面におけるメタ言語的方略の有用性:
発話理解の問題を解決する学習者方略についての実証的研究

【PDF:885KB】
西條 美紀(愛知県立大学 外国語学部非常勤講師)

先行研究では、接触場面で学習者が直面 する、相手発話理解の問題に対する方略として「聞き返し」と「聞き返し」回避があげられてきた.これまでの研究では、中・上級の学習者はあまり「聞き返し」をしないこと、「聞き返し」回避は会話の継続という観点から重要であることが指摘されてきた.しかし、これらの方略が、接触場面 にどのような影響を与えるかについて実証的な研究はされていない.そこで、本研究では、中・上級の学習者の家庭訪問場面 について調査し、「聞き返し」と「聞き返し」回避について類型をたて、学習者による各方略類型の使用実態を明らかにするとともに、フォローアップインタビューによって、これらの方略が母語話者に受容されるかを調査した.その結果 、「聞き返し」回避は母語話者には、会話の進行についての逸脱と感じられることがわかった.この結果 を踏まえて、「聞き返し」回避にかわる方略として、「相手発話との関係を考えて発話し、自分で発話場面 を調整する」メタ言語的方略を学習者に教授した.そして、接触場面におけるこの方略の有用性と訓練効果 を検証するために、ビジターセッションをおこなった.その結果、学習者の「聞き返し」回避の使用は減り、メタ言語的方略の使用は増えるという訓練効果 が確認できた.また、母語話者へのフォローアップインタビューの結果、メタ言語的方略を使うと、話題展開が自然になり、会話に対する評価は高くなることがわかった.

外国人ビジネス関係者の日本語使用:実態と企業からの要望
【PDF:830KB】
島田 めぐみ・澁川 晶(日本貿易振興会 国際交流部アドバイザー)

本稿は、日本で働く外国人ビジネス関係者と在日企業の日本語に対するニーズについて扱うものである.調査は在日企業の人事担当者及び外国人ビジネス関係者を対象に、調査票により実施した.回答を分析した結果 、次のことが明らかになった.1) 日本・合弁企業か外資系企業かによって、日本語の使用状況にかなりの差がある.日本・合弁企業が社内のほとんどのコミュニケーションを日本語で行なっているのに対し、外資系企業における日本語の使用は社内活動の種類によって違いが見られた.会話、読み、書き、いずれも外資系企業のほうが「日本語は使用しない」と回答した割合が高い.2) 日本語使用の実際と今後の希望は、会話力については上昇指向があるが、それ以外の技能に関しては差が見られない.3) 日本語力が採用条件になっているか否かは、外国人ビジネス関係者の母語、採用者側の企業形態によって違う.4) 企業は外国人社員に、顧客とのやりとりよりも、まず社内での日本語運用力を求めている.また、外資系企業の日本語に対する要求度は、日本・合弁企業のそれより大幅に低く、要求の内容にも差異がある.5) 会話、読み、書き、いずれの場合も、企業が期待する日本語力以上の力を外国人社員は発揮している.

日本語とマラティー語における受益表現の対照研究
【PDF:1,010KB】
プラシャント・パルデシ(神戸大学 文化学研究科博士課程3年生)

本稿は、GIVE schema に基づく受益構文をめぐって、日本語およびマラティー語を分析し、対照させ、その類似点や相違点を明らかにすることを目的とする.当分析は柴谷(1994a,b1996)で提唱された認知的分析の枠組みの中で行なわれる.この認知的分析は schema の概念に基づいている.Schema というものは外界を解釈する窓の役割を果 すと同時に当構文の構造の指形 (template) となる.場面と schema のマッチングによって構文の文法性が決まる.当分析は他の形式的分析と違って、言語の構造と関係なく、統一的な説明を提供する.当構文に関しては、主動詞の種類によって、日本語とマラティー語で異なった振る舞いが見られる.



Believing, Wanting, Feeling:
思考動詞に先行する埋め込み節の命題内容の分類をめぐって

【PDF:1,141KB】
横溝 紳一郎(南山大学 外国人留学生別科講師)

文末思考動詞「と思う」に先行する埋め込み節(以下、思考埋め込み節)の命題内容の分類に関しては、文全体の分類を試みた先行研究(例、宮地 1971、寺村 1984、森山 1988、益岡 1991、仁田 1991a,b)は直接適用できない.思考埋め込み節を「主観的情報の文」「客観的情報の文」に二分してとらえることを主張している森山(1992)の研究も、「主観 / 客観」という相対的な概念を基準にしているために、その分類自体が相対的であり、ケース・バイ・ケースで考える必要を挙げるにとどまっている.より体系的に思考埋め込み節を分類するために本研究では Searle (1983) の「適合の方向性 (direction of fit)」という概念を導入し、それに基づき思考埋め込み節を Believing, Wanting そして Feeling に三分する.Believing ではその命題内容が真か偽かが、Wanting ではその命題内容が満たされるかどうかが問題となり、Feeling ではそのどちらも問題とはならない (例、Believing=ジョンは正直だ、Wanting=北海道に行きたい、Feeling=うれしい).
埋め込み文の分類により、それに続く「と思う」の機能の違いが明らかになる.Believing に続く「と思う」は、命題内容に対する話者のコミットメント (commitment) の度合いを減少させるのに対し、WantingFeeling に続く「と思う」は命題内容に対する話者の情意的関わり (involvement) の度合いを減少させる.情意的関わりは、Feeling においては現在抱いている感情にどれだけ深く従事しているかを、Wanting においてはその命題内容を満たすことに話者がどれだけ強い決意を持っているかを表す.
更に、三つのタイプの埋め込み文への接続に従って思考動詞を分析すると、「考える」「感じる」が「思う」と同じグループに分類できることが明らかになる.「考える」「感じる」共に、三つのタイプの埋め込み文それぞれに続いた時は、「思う」と同じように機能するのであるが、「考える」の認知的特徴と「感じる」の情意的特徴によって、文全体が表す意味がそれぞれ変化する.このように人間の思考内容を三つに分類することは、話者が自らの思考を表す場合の心と言語の関係の、より深い理解へとつながる.

受動文における非典型的動作主につく動作主マーカーについて
【PDF:445KB】
張 麟声(大阪大学 文学研究科大学院・大学院生)

従来の動作主マーカーに関する研究は、基本的に「花子は上司に叱られた」の「上司」のような意図的に動作行為を起こす典型的動作主につく動作主マーカーについてのものである.これに対して、本稿は「旗が風にあおられている」の「風」のような意図的に動作行為を起こさない非典型的な動作主につくマーカー(ニ、デ、ニヨッテ、ノタメニ)を取り上げ、その使用実態を次の表のように記述し、そうある理由についても分析した.

  ニヨッテ ノタメニ
1







1 道具的 ×
2 手段・方法的 ×
3 自然力
4 ものやこと ×
真理・生理的変化
(ただし比喩型)


×
×
×
×
×
2 進行中の自然現象 × × ×
3 位置的関係 × ×

認識的意味とコト・モノの介在
【PDF:665KB】
安達 太郎(広島女子大学 国際文化学部講師)

認識的モダリティやある種の思考動詞には、その直前に形式名詞「こと」「もの」が現れることがある.本稿ではこのような現象を「介在」と呼ぶこととし、話し手のその事態に対する認識のしかたを反映しているという仮説にもとづいて分析した.
「もの」の介在は証拠的なモダリティ形式と思考動詞がそれに類似した意味、用法で使われるときに可能になる.一方、「こと」の介在は、想像を表す「だろう」、思考動詞「思う」と疑問詞を持つ疑問文に生じうる.
以上のように「こと」「もの」の介在現象を整理したうえで、根拠にもとづいた推論として捉えられた事態が「もの」、真偽に対する態度を決められない事態が「こと」として認識されていることを主張した.

日本語におけるテーマの考察
【PDF:1,074KB】
エリザベス・アーン・トムソン
(ウーロンゴン大学 文学部現代言語学学科日本語課講師、オーストラリア)

マイケル・ハリデー (Halliday 1994: 37) は日本語における助詞 (particle, or marker) の「は」は、テーママーカーであると説明をした.この主張に systemic functional 言語学者の中で疑問を問いかけた者はまだいない――少なくとも、誰もまだ直接的にこの主張に抗議していない.このハリデーの主張の妥当性を研究調査する前に、日本語にもテーマ、レーマが機能的に存在するだろうとは推測されてはいるが、まずそのテーマが実際に存在するかどうかを明らかにすることが必要である.
この論文は 1) systemic functional 及び systemic functional 以外のテーマの定義を検討し、2) 日本語にテーマが事実上存在するという論点を基にした systemic functional 視点からのテーマの定義付けをし、3) 日本語の中にテーマが機能的に作用されているということを証明する為に立案された実験とその結果 を報告する.


話し言葉における引用の「ト」の機能
【PDF:618KB】
加藤 陽子(国際大学 大学院国際関係学研究科講師)>

引用助詞「ト」は、「ト思う」「ト言う」等の形で引用節を導くマーカーとして、また、「トイウN」の形で連体修飾句を作るものとして使われるが、話し言葉の中でのその機能は多様である.本稿は、(1). 独話の聴解の際理解の助けとなる指標を見つける (2). 話し言葉における引用の「ト」の機能の共通 点と広がりを考察する、という目標を掲げ、話し言葉に現れる「ト」の機能を考察した.(1).については、「ト」の後にポーズが入るもの、「ト」以下が省略されているもの、引用部が並列的に配置されているもの、完全な一文と扱ってよいもの、等のパターンを指摘し、前接するモダリティや後続する接続詞に注意してこれらのパターンを見つけ出すことが独話聴解の際に有効だと考えた.(2).については、「ト」をAからDに四分類した.Aは最も基本的な無標の用法であり「と思う」「と言う」「トイウN」を表示するものである.Bは、発話内容が現在の発話の場とは違う場に位 置する「物語」である事を表示するものである.またCは、引用部が先行文脈から論理的な推論を経て導かれた命題であることを表示するものである.Dは、メタ言語的な発話の場を新たに作り、自己の発話に距離を置くという語用論的機能を与えられたものである.また、この4つは各々全く無関係ではなく、「引用された発話の場を新たに作る」という、「ト」の機能が基になって話し言葉の中で様々に実現されたものであることを指摘した.



発話における省略とその解釈
【PDF:600KB】
甲斐 ますみ(岡山大学 留学生センター講師)

本稿では、話者と聞き手の存在する発話のやり取りの中で起こる省略現象に着目し、発話において、主題と主題以外の名詞句が如何にして省略可能となるかを考察する.
本稿では、話者と聞き手はともに、発話の進行にしたがってオンラインで「情報ベース」という概念スペースを構築し、そのベーススペースを活用することによって話者は文中の要素を省略し、聞き手は文中の要素が省略された発話の解釈を行なうことが可能になると仮定する.情報ベースは、発話の現在において話者によって活性化された情報の集合体であり、談話の進行につれて設定されるものである.
ある話題のもとで、話者は活性化した情報を情報ベースにインプットしていく.情報ベースにインプットされた情報要素は、談話の展開によって前景化され、心理的トピックとなることがある.その心理的トピックとなった情報要素を中心として行なわれる一連の発話は、様々なレベルで働くリンクによって結束される.その際、一連の発話は、明らかなリンクがあればあるほど、そしてリンクが多ければ多いほど結束度が強くなる.
こうして情報ベースにインプットされ、談話の展開によって前景化された情報要素は、再度言語化して明示化しなくとも話者、聞き手ともにアクセス可能であり、従って省略可能となる.ただし、発話内容が変わり、話題が変換する場合は、それまでの発話の流れの中で既出であり、一度情報ベースにインプットされた情報要素であっても省略は不可能となる.


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