日本語教育論集 世界の日本語教育 第9号 要旨

文法項目の段階的シラバス化: 受身の場合
【PDF:520KB】
小川 誉子美(横浜国立大学 留学生センター助教授)、
安藤 節子(専修大学 国際交流センター日本語講師)

日本語の受身文の意味機能に関する説明は初級でほぼ終わっている。適切な運用のために、中級・上級と段階を追った説明に、道具として有効な文法のありかたと、そのシラバス化について考察した。まず、簡潔で運用に結びつく説明として、初級では、受身文の「ガ格」に影響の受け手が立つことを明示し、プロトタイプで意味機能を提示するという方法をとり、ガ格に有生名詞が立つものを導入する。中級では、ガ格に無生名詞が立つ受身を導入し、上級では、受身の様々な機能を提示することを提案した。シラバスとしては、「典型」から入り、徐々に「拡張部分」をおさえ、全体を把握していくという方法を示した。

海外における日本語教育活動に参加する日本人協力者:
その問題点と教師の役割

【PDF:662KB】
トムソン 木下 千尋(ニューサウスウェールズ大学 ジャパン・コリア・スタディーズ学科長)、
舛見蘇 弘美(ニューサウスウェールズ大学 ジャパン・コリア・スタディーズ)

日本語教育が、学習活動の現場を教室や教科書に限定することをやめ、地域社会の日本語学習リソースに目を向け出してから、日本人協力者が様々な形で日本語教育を支援してくれている。日本人協力者を日本語教育の現場に参加させることは、自律学習の促進のためには動機付けを高め、第二言語習得研究からも学習効果 を上げるために有効とされ、今後、日本語教育の現場でさらに広く浸透していくと思われる。しかし、すでに現在、学習者の日本人協力者に対する期待過多、協力者による学習者の能力の過大、過小評価、協力者と学習者の希望学習項目間のギャップ、動機の不純な協力者などの問題が顕在している。海外の日本語教育の現場では、当然、協力者として登用できる人材の幅に限りがあることから、この問題はさらに顕著になる。本稿では、上記の問題を検討した結果 、日本語教師が問題の深刻化を防ぎ、学習リソース活用のためのコーディネーターとして、シラバスの整備、自律学習の支援、日本語学習者のPR活動、接触場面 に必要なスキルの強化活動などを通して、本来の目的を達成するためにはどんなことが可能かを提言する。協力者の支援の様態は多岐にわたり、日本語教育は、もはや日本語教育専門家のものだけではなくなってきた。本稿では、これらの協力者と学習者との接触場面 をも含む、広範囲の日本語教育を指す用語の必要性を感じ、「日本語教育活動」という言葉を試用する。

ピア・レスポンスが可能にすること:中級学習者の場合
【PDF:595KB】
池田 玲子(お茶の水女子大学 大学院博士後期課程、
拓殖大学言語文化研究所附属 日本語センター日本語非常勤講師)

作文の記述後に学習者同士が話し合いの活動をするピア・レスポンスは、分析的・批判的思考を促し、総合的な言語技能を必要とするインターアクションの学習を可能にするといわれている。本稿は、日本語中級学習者を対象としたピア・レスポンスの効果 を調査した池田(1998)に続く第2研究である。第1研究では作文プロダクトの分析結果 からその効果を実証したが、本調査ではこの活動のプロセスの特徴を明らかにすることを目的とした。方法としては、日本語中級学習者がペアで行なったピア・レスポンスのインターアクションを話題と発話機能の観点からカテゴリー化し、同じ学習者の作文カンファレンス(教師による個人指導)の記録と比較するというものである。その結果 、中級学習者のピア・レスポンスでは、1)語彙や文法の話題のインターアクションは教師学習者カンファレンスよりも効果 的に行なわれていたことが分かった。また発話機能の分析からは、2)話し合いの進行を促す機能や発話を緩和する機能をもつ発話が見られた。このことは、学習者自身による学習活動のコントロールと考えられ、教師主導のカンファレンスの中ではみられない特徴であることが明らかになった。

言語習得に影響を与えた社会的要因:日本の小学校で教育実習中の
オーストラリア人の日本語に影響を与えた社会的要因について

【PDF:993KB】
デビッド・チャップマン(バーバラ・ハートリセントラルクイーンズランド大学 教育学部講師)

この論文は日本語を第二言語としている学習者が、日本の小学校で教育実習をしている時、どのような機会、状況で日本語を利用していたのか明らかにしている。
ノートン・ピース(1995)は、第二言語学習理論に基づき、学習者と学習内容に関係している数々の主張の正当性について明確にしていくのは、言語学習者の使命であると述べている。
収集したデータから、学生は外国から来た教育実習生としての立場で、第二言語としての日本語を話す機会がどのように与えられ、どのように自分自身で作り出していたのか。また、小学校という環境の 中で、どのような事に注意して聞き手に合わせた日本語を話したのかが述べられている。
学生達の意見を細かく分析し、社会的な側面から外国人の教育実習生として、日本人の中に溶け込んでいくために何が大切かということが描かれている。この研究がきっかけとなり、第二言語として日本語を学習している人が日本で受ける社会的な影響力の大きさについて、さらに発展した議論が行なわれたり、海外研修によってもたらされる言語習得結果 の大きさに対して、より深く理解される事を望んでいる。

オーストラリアの大学におけるニーズ分析
【PDF:966KB】
若林 秀明(オーストラリアン・カソリック大学 マッコーリー校人文科学学部講師)

日本語学習者にとって効果的学習がなされるためには、教師が新しいとされる教授法を使うだけでは不十分だと思われる。そのためには、なぜ教師の意識の改革とニーズ分析が必要となるかを論じている。ニーズ分析は、教師の一方的になりがちな授業を見直し、同時に学習者の学習環境を見直す手段として役立つと思われる。しかし、現実にはあまりニーズ分析が行なわれていないのが実状ではなかろうか。それは学習環境が異なれば、当然そこに生まれるニーズも異なり、分析結果 には普遍性がないと一般に考えられているからである。そこでこの調査では、オーストラリアの二つの大学で日本語を専攻している学生のニーズ分析を行い比較することによって、両校間と学年間にどんな相違点と類似点があるか、ある傾向が見出せないかを調べている。またその結果 を基に、ニーズ分析が将来どのように活用できるか、日本語教師に何が求められているかについても論じている。

外国語としての日本語習得における母語からの漢字知識の転移
【PDF:741KB】
松永 幸子(カリフォルニア州立大学 ロサンゼルス校現代言語文学部日本語課助教授)

過去40年間、母語からの転移が外国語習得、特に話し言葉の習得に及ぼす影響の研究が盛んに行なわれてきた。だが、書き言葉の習得に及ぼす影響についての研究は、残念ながらまだ数が少ない。その少ない文献の中でも、日本語教育において重要性が高いものは、母語(中国語、韓国語)からの漢字知識の転移が日本語習得に及ぼす影響、特に単語や長文読解力の習得に及ぼす影響の研究である。これらの研究では、母語の漢字知識は、日本語学習初級段階において有効的に活用されているという結果 が得られている。しかしながら、こういった漢字知識の転移の有効性が初級段階以降も存在するのか、上級レベルではむしろその逆効果 がでる可能性もありはしないか、等の疑問に答えるための研究はまだなされていないのが現状である。
従って、本研究はこの疑問に答える目的で行なわれた。アメリカ(カリフォルニア州)の日本語学習者40名(大学で2年以上日本語学習経験のある者)を対象に、会話力テストと読解テスト(黙読及び音読)を実施し、母語で漢字知識のある者とない者の成績を比較した。その結果 、母語から漢字知識は転移できても日本語の漢字の読み方を知らない学習者は、読解力(特に漢字の多い文章の読解力)はあるが、会話力が他の学習者に比べて劣っている傾向が見られた。又、未習漢字の意味の推測力と会話力との間に相関関係も得られた。これらの発見から、真の日本語読解力習得のためには、会話力の発達だけでなく、日本語で漢字を解読できる能力の発達が必要だと言えるであろう。

学習者の自発的な発話を導く教師の学習支援的言動:
積極的な自発的発話の場合

【PDF:594KB】
野原 美和子(インドネシア日本語・日本文化センター日本語学校講師)

学習者の多様化に伴い、「人間中心主義」(縫部1991)を基調とする教師の学習支援的な役割が求められてきている。教師の学習支援的役割とは、偏に、「言語習得を促進するような学習環境を整えること」と言えるが、日本語教師が実際に教育現場でどのような活動を行なって環境整備をしているのかは推測の域を脱し得ていない。本稿は、言語習得を促進すると考えられる多数の要因の中から学習者の自発的な発話を採り上げ、それを導く教師の学習支援的言動について考える。
本稿では、先ず、学習者の自発的な発話が言語習得に与える影響を見、その後、自発的な発話の分類を行なった。自発的な発話は「積極的な自発的発話 (積極自発)」と「消極的な自発的発話(消極自発)」に分類されるが、学習者が抱いた問題の直接的な克服手段となる積極自発のみに焦点を当て、その内容と生じた状況・要因を授業分析を通 して特定した。それにより、積極自発を導いた教師の言動について考察を行なった。
総体的に見ると、積極自発の内容が何であれ、一方向的な説明等の状況よりインターアクションがあり交渉の行い易い状況を増やすことが積極自発の増加につながることが分かった。そのような環境を作り出していくことが、積極自発に関する教師の学習支援的言動であると言える。

日本語と韓国語の受身文の実証的対照研究:
両国のテレビドラマと新聞コラムにおける受身文の使用率の分析を通して

【PDF:779KB】
許 明子(志學館大学 法学部専任講師)

本稿では日本語と韓国語の受身文について、話しことばのデータとして両国で放送されたテレビドラマを、書きことばのデータとして新聞コラムを用いて、その中で受身文がどのように使われているかを、受身文の使用率を中心にして調査分析を行なった。分析の結果 、両言語の受身文の使用には次のような特徴のあることが分かった。
第一、日本語と韓国語の受身文は、実際の言語生活場面においては使用率が低く、両言語のテレビドラマにおける受身文の使用率は、日本語が全体会話文の約6.5%、韓国語が約2%に過ぎなかった。
第二、日本語と韓国語の受身文は話しことばよりも書きことばにおいて、より頻繁に使われていることが分かった。新聞コラムの中での受身文の使用率は、日本語が12.4%、韓国語が20%であった。話しことばの中では有情物が主語になる有情物受身文の使用率が高く、書きことばにおいては非情物が主語になる非情物受身文の使用率が高かった。
第三、直接受身文と間接受身文とでは、両言語ともに直接受身文の使用率が圧倒的に高かった。特に、新聞コラムで直接受身文が占める割合は、日本語が97.2%、韓国語が99%にも上り、非常に高い使用率を示した。
第四、日本語の受身文の使用の特徴は、テレビドラマでは有情物受身文が70.7%にも上り、非情物受身文が16.4%であったのに対して、新聞コラムでは有情物受身文の使用率が31.2%に止まり、非情物受身文の使用が66%を示した。

近代日・韓両言語における受身表現の変遷:小説を中心に
【PDF:695KB】
尹 鎬淑(広島大学 大学院教育学研究科日本語教育学専攻(博士後期課程)

日・韓両言語は、近代以降西欧語の影響で著しく発達したものとしてよく指摘されている。本稿は、近世や近・現代における小説の実証的研究を通 じ、日・韓両言語の受身表現が、西欧的受身表現の移入とともにどのように変遷したかを考察したものである。その結果 、程度の差はあれ、両言語ともに使用頻度だけでなく統語的にも西欧語受身表現の影響を受けたことが明らかになった。

文脈から見た「が」と「は」
【PDF:549KB】
永井 麻生子(神戸市外国語大学 大学院外国語学研究科文化交流専攻)

本稿では日本語の動詞述語文で動作主をマークする「が」と「は」の使い分けには、当該文の叙述内容と先行文脈との関係が関与すると言うことを述べる。たとえば次の2組の連文を比べた場合、(1)bでは「は」が、(2)bでは「が」が使用されている。

  1. (1)a 柄の悪い男が電車に乗ってきた。
    b 子ども連れの母親さりげなく車両を移った。
  2. (2)a 柄の悪い男が電車に乗ってきた。
    b 子ども連れの母親居眠りをしている

(1)(2)から、先行文脈と関連のある叙述内容の場合は「は」で動作主をマークし、関連の薄い叙述内容 の場合は動作主を「が」でマークすると考えられる。
従来の研究では、動作主が新情報か旧情報かということに焦点が当てられてきたが、動作主以外の要素に関しても、「は」使用文には先行文との関連を表す要素が、「が」使用文には関連を表さない要素が、現れる傾向がある。文の3成分(補足語、連用修飾要素、述語)について観察した結果 、次のような傾向が見られた。
「は」使用文には、ソ系列の指示詞(文脈指示)、代名詞、先行文を対象・基準にとる連用修飾要素、先行文を対象・相手とする述語が現れやすく、「が」使用文には先行文との関係を表さない要素が現れやすい。

接続助詞「~ながら」について:「~ても」と比較して
【PDF:541KB】
陳 芬慧(名古屋大学 大学院文学研究科日本言語文化専攻博士後期課程3年)

数多くの逆接を表す接続助詞について、従来専ら対比されてきたのは、「~けれども」と「~のに」、「~のに」と「~ても」、「~ても」と「~たって」などである。しかし、「~ながら」と「~ても」が共に逆接の意味を表す場合はあるけれども、両者の意味上の類似点と相違点を詳しく対比した研究は見当たらない。一方、二つの形式の意味・用法は完全 に同一ではなく、それぞれ独自の特徴を持つ。本稿は「~ても」との比較の視点から、接続助詞「~ながら」の意味・用法を分析・考察し、両者がどのように使い分けられているのか、また置き換えられるとしてもニュアンスがどう異なるのか、という問題を中心に分析を進めていき、これらの問題を解決することを目的とする。

「~なか」と「~うち」について
【PDF:775KB】
大島 弘子(オルレアン大学 文学部外国語学科助教授)

「~なか」と「~うち」の違いをできるだけ分かりやすく日本語学習者に説明できるように、具体例を用いながら「~なか」と「~うち」が実際にどのような助詞と共に用いられるのかを整理した(なかの独立用法、~なかで、~なかでは、~なかでも、~なかから、~なかに、なかには、~なかを、~なかは、~なか、~なかの、うちの独立用法、~うちで、~うちから、~うちを、~うちに、~うちは、 ~うち、~うちの)。そして、それぞれについて、独立用法で見られる特質が、助詞と結合した表現にまで受け継がれていることを見た。結論としては、「~なか」は一点集中的で焦点をあてて中心を作るという点が色々な用法の基盤であり、対するに「~うち」は対比関係が共通 の基盤になっていることが、抽出できた。

上級日本語学習者のあいづち:その質と量
【PDF:1,014KB】
向井 千春(オーストラリア国立大学 大学院アジア研究学部)

あいづちは、会話においてとても重要な役割を果 たす。あいづちはどの言語にもある普遍的な行動であるが、その使用法は言語によって異なる。これまで、あいづち指導の重要性が指摘されているが、学習者のあいづちに関する研究はさほど多くない。本研究の目的は、対面 会話において日本語学習者が使用したあいづちが母語話者のあいづちとどのように違うかを調査、分析し、あいづち指導のための指針を得ることである。
データとして学習者と母語話者のペア5組と母語話者同士5組の自由会話を用い、会話中に使用されたあいづち全てを頻度と機能の二つの面 に焦点をあ て分析した。分析の結果、学習者は母語話者とほぼ同じ間隔であいづちを使用していること、さらに、学習者は母語話者に比べて、あいづちを使用する際話し手に対して聞き手がどう感じたかを示すことが少ないことが明らかになった。つまり、上級学習者と母語話者のあいづちには量 的というよりもむしろ質的な違いがある。上級学習者のあいづち指導では、まず学習者にあいづちの質的な違いの存在に気づかせ、聞いている、あるいは理解したということだけでなく、話し手に対して興味や同意などを表示するようなあいづちをより多く使用させるようにする必要があると言える。

日本語母語話者の雑談における「物語の開始」:
発話順番のやり取りとの関係を中心に

【PDF:842KB】
李 麗燕(銘傳大学 応用日本語学科講師)

本稿では、雑談の中に現れる「過去に発生した出来事の報告」を「物語」と呼び、また、「発話順番」を「一人の会話参加者が話し始めてから話し続けることをやめるまでを指すもの」と定義した。語り手が物語を開始するには、発話順番をすでに持っているか、取得(または奪取)するか、受け取るかしなければならない。言い換えれば、「物語の開始」は「発話順番のやり取り」と深く関わることである。本研究はこのような認識に基づき、日本語母語話者の雑談における「物語の開始」に焦点を当て、それと「発話順番のやり取り」との関係について実証的に考察したものである。
まず、会話参加者が物語を開始しようとする状況を次の4つに分けて詳述した。
1)発話順番を受け取ることによって、物語を開始しようとする。
2)発話順番を持っている途中で、物語を開始しようとする。
3)発話順番を取ることによって、物語を開始しようとする。
4)発話順番を競うことによって、物語を開始しようとする。

次いで、物語の開始はどの状況でどの程度行なわれているかについて考察した結果 、(1)会話参加者は発話順番を競うことによって、物語を開始するのを避けていること、(2)会話参加者は発話順番を持っている途中で、あるいは、発話順番を取ることによって、物語を開始しようとする場合が殆どであることが分かった。


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