日本語教育論集 世界の日本語教育 第14号 要旨

日本語教育実習における教師の意思決定: 意思決定と授業形態との関係から
【PDF:144KB】
池田 広子(お茶の水女子大学大学院博士後期課程・立教大学非常勤講師)

日本語教師養成における教育実習をどう指導していくかは極めて重要な問題である。しかし実習指導のための基礎的研究はほとんどされておらず、担当指導教官の経験、主観に頼っているのが現状であるという指摘がある(堀口1992)。
本稿は、実習指導を考える基礎的研究の第一歩として授業中の教師の意思決定に着目し、意思決定と授業形態との関係について考察を行なった。意思決定に着目した理由は、教師の意思決定は認知活動の要であるという点にある。つまり、特定の授業における意思決定を明らかにすることは、実習生が授業中に何を捉え、それをどう解釈し、決定を下していくのかという授業中の認知活動を特徴付けることができると考えたからである。以上を踏まえ、研究目的を授業中の教師の意思決定と授業形態との関係を明らかにすることに設定した。そのためにはまず、教師の意思決定のプロセスを明らかにする必要があると考え、(1)意思決定の対象 (2)意思決定のキュー (3)キューの解釈と決定までのプロセスについて分析し、その上で授業形態と意思決定との関係を探った。大学院の教育実習授業を行なった教師(実習生)を対象に教師の意思決定を再生刺激法により収集した。 また、 2つの異なる教育実習「1. 1999年度実習」(内田・白石2000)「2. 2001・2002年度実習」を取り上げ、比較・分析した。
その結果、意思決定の対象は「活動内容」、キューは「学習者の反応」が量的に多く見られた。更に、キューの解釈から意思決定までのプロセスについて質的分析を行なうと、「代替策の内容」が授業形態と関係していることがわかった。「意思決定の対象」と「キューの解釈から意思決定までのプロセス」の結果は、1999年度実習の調査結果と異なり、授業形態の違いが教師の意思決定に影響を及ぼすことを実証した。
以上の結果から、実習の授業形態によって実習生に異なる経験や学びを促すことを具体的に述べた。

在日コリアン一世の指示詞の運用
【PDF:78KB】
金 智英(大阪大学大学院博士後期課程)

本研究は在日コリアン一世(以下、一世とする)を研究対象とし、その日本語の運用を記述することを目的とするものである。一世の日本語は、音韻・語彙・語法など多方面にわたって独特な使用が見られ、中間言語や言語接触などといった分野から研究されてきた。一世の独特な日本語は、彼らが長い間にわたって経験してきた複雑な歴史的・社会的背景の中で、明示的な形での教育を介さない、自然習得されたものであり、今は日常生活を営むための手段として定着している。
このような一世の日本語を記述する一つの試みとして、本稿は指示詞の運用の実態を明らかにしようとするものである。今回のインフォーマントとなる一世はY、P、Bの三人である。三人の指示詞を分析した結果からは、次のような傾向が見られた。まず、いわゆる〈定型表現〉が確認された。また、ア系指示詞の使用には何らかの心的距離が関わる可能性が推測できる。最後に、ソ系指示詞とア系指示詞の使用領域における境界線が曖昧であった。その原因については母語からの転移という可能性の他に、より詳細な調査分析が必要とされる。

ビデオ会議システムを介した遠隔接触場面における言語管理:
turn-taking」と処理過程をめぐって

【PDF:103KB】
尹 智鉉(早稲田大学大学院日本語教育研究科)

従来、接触場面の研究は母語話者と非母語話者が同じ空間を共有している対面の場合に集中していたが、マルチメディアやネットワークなどの技術的発展に伴い、日本語学習者の参加する接触場面が「対面場面」に加え、新しい「遠隔場面」にまで幅を広げてきている。近年、新しいコミュニケーション・ツールとして期待されているものに「ビデオ会議システム」というパソコンを介した双方向の通信映像システムがある。
本稿は、このようなシステムを介した遠隔接触場面には、どのようなインターアクション問題が存在し、参加者にいかに認識され、いかに管理されているのか、その言語管理のプロセスに注目したものである。遠隔接触場面の特徴を明らかにするために、談話分析の方法を用い、turn-takingの観点から対面接触場面との比較を行なった。遠隔接触場面の場合、時間的ずれが存在するため、turn-takingが上手くできず、同時発話や不自然なポーズになってしまう可能性が高いからである。
分析の結果、遠隔接触場面においてturn-takingと関連するインターアクション問題がより多く発生し、言語管理が行なわれていたことが明らかになった。また、インターアクション問題に対する調整遂行の役割は日本語学習者より母語話者が、そして中級学習者よりは上級学習者が積極的に行なっている傾向が示され、turn-takingの問題処理においては非母語話者の習得レベルより接触場面の種類が深く関連していたことも確認された。

日本語学習者のあらすじの談話: わかりやすさ、わかりにくさの要因に関する調査と分析
【PDF:英文/130KB】
近藤 純子(ミシガン大学アジア言語文化学部講師)

日本語学習者の談話におけるわかりにくさの要因としては、先行研究で、視点のシフトや接続表現の使い方の問題(渡邊1996; 柳町 2000)、指示語の使い方や言いよどみ/言い直しの問題(伊豆原・嶽1991)等が指摘されている。しかし、これらの研究は日本語教師/研究者の視点から行なわれたもので、一般の日本人が学習者の談話を聞いた時に、何がわかりやすく、何がわかりにくいのかには言及していない。そこで、本研究では、ACTFL Oral Profi-ciencyガイドラインの超級レベル2名、上級レベル2名と日本語母語話者2名の計6名がOPIで話した映画のあらすじの談話を用い、一般の日本人にとって、何がわかりやすく、何がわかりにくいのかをアンケート調査した(回答者79名)。調査の結果、発音の悪さ、言いよどみの多さ、文と文のつながりの悪さ等、学習者に特有の問題点があらすじの理解度に大きな影響を与えていることが明らかになった。日本語教師にとって気になることが多い、言葉の使い方や文法の使い方の不適切さは、一般の人がわかりにくいと感じた理由としては低い割合であった。
この結果に基づき、「発音」、「言いよどみ」、「文と文のつながり」の三項目について、わかりやすいあらすじとわかりにくいあらすじとではどんな点が異なるのかを、比較、分析した。わかりにくさの要因となりうるものとしては、次の三点が考えられた。

  1. 1)~て、~から等、文と文のつながりを示す言葉を含むPause-bounded Phrasal Units(PPU)boundaryにおける強調の欠如
  2. 2)Language production-basedフィラー(意味のないフィラー)の多用
  3. 3) 主語の過剰な省略や代名詞の使用等、話の登場人物に対するあいまいな指示語の多用
    これらの結果は、通常の授業ではあまり時間を割くことのできない、発音、言いよどみ、文と文のつながりの指導の必要性を示唆していると思われる。また、独り話、特にあらすじの指導においては、登場人物に対する指示語の使い方を指導していくことも必要である。

談話レベルでの会話教育における指導項目の提案:
談話・会話分析的アプローチの観点から見た談話技能の項目
【PDF:114KB】
中井 陽子(早稲田大学日本語研究教育センター客員講師)、
大場 美和子(千葉大学大学院社会文化科学研究科)、
土井 眞美(国際交流基金クアラルンプール日本語センター主任講師)

文法シラバス中心の教育のみを受けた学習者には、正確に文は作れても、談話レベルにおける十分なコミュニケーションが行えず、本人の意思に反して相手に誤解を生じさせるような話し方をしてしまうことがある。このような問題を防ぎ、学習者が積極的に会話へ参加していけるようにするためには、早い段階から文法シラバス中心の教育だけでなく、談話レベルでの会話教育を行なう必要があり、そのための指導項目の整理と教師間での指導項目の共有が必要となる。そこで、本稿では、談話レベルでの会話教育に関する先行研究をその観点の違いから、(1)会話ストラテジー教育の観点から会話教育の指導項目化を試みた先行研究と、(2)談話・会話分析の観点から会話教育の指導項目化を試みた先行研究として見直し、整理する。そして、先行研究においてリスト化されてきた会話教育のための指導項目に、ビジターセッションを利用した会話授業及び演劇プロジェクトの授業での指導項目を実践研究からの成果として加え、それらを談話・会話分析的アプローチから整理し直し、談話レベルでの会話教育を行なうための談話技能の指導項目として提案する。提案する指導項目は、「A.言語的項目」、「B.非言語的項目」、「C.音声的項目」、「D.言語・非言語・音声の総合的技能項目」という4つに分類して整理した。このような指導項目リストの作成により、同じクラスを担当する教師間において会話指導とその指導項目に対する意識の共有もより容易になるものと考える。

学習者言語にみる接続助詞「から」の談話機能の発達
【PDF:124KB】
木山 三佳(拓殖大学留学生別科非常勤講師)

接続助詞「から」(以下「から」と表す)には、節をつなぐ統語的な機能だけでなく、談話で多く見られる文末使用における終助詞のような機能もある。本稿では日本語学習者の「から」の談話機能が発達する過程を明らかにするために、新しい分析の枠組みを提示し、それに基づいて、学習者の来日直後と半年後の談話資料を母語話者の資料と比較し、その特徴を分析した。主節相当部の位置に注目して「から」の機能を、〈命題〉、〈テキスト1〉、〈テキスト2〉、〈談話管理1〉、〈談話管理2〉、〈表明〉とし、〈命題〉を除く5つを談話機能とすると、全体に占める談話機能の使用割合は、母語話者も学習者も顕著な違いはみられなかった。学習者の縦断比較では、日本語能力低位群でも上位群でも、母語話者の談話機能の使用比率に近づく傾向がみられた。
日本語能力低位群の来日直後の「から」の談話機能は、単文レベルの内容をまとめることと、言語能力を補うための、対話者の推測を喚起する標識となることだと思われる。
滞日期間での発達は、発話が並列的に長くなる方向に進み、意味解釈は聞き手に依存する。上位群では来日直後に、複数の接続表現がはいる、より複雑な内容をまとめる機能と、文レベルの長さを相手に働きかける機能を持っている。半年の滞日期間による「から」の談話機能の発達は、共話構造の複層化のはじまりや、接続詞との組み合わせによる論旨の明確化、などである。どちらも、ひとつの話題についての複数の発話からなるテキストを、接続詞などの他の接続表現と組み合わせてまとめる機能である。また、共話や談話展開などコミュニケーションの場をつくるストラテジーとして機能している。
以上の結果から、「から」の談話機能の発達は、 (1)まとめる機能: 単文→ 複文(並列)→複文→テキスト、(2) 相手依存→自己完結→共話→共話の複層化となると予想される。

自然談話における「裸の文末形式」の機能と用法
【PDF:94KB】
上原 聡(東北大学留学生センター教授)、福島悦子(東北大学留学センター助教授)

日本語の発話においては、 文末に終助詞「 よ」「ね」や接続助詞「けど」「が」などが多く用いられ、それらを伴わない文末形式(「裸の文末形式」)はあまり用いられないと言われている(水谷1985など)。しかし、実際の会話において裸の文末形式が用いられる場合とはどんな場合か、その会話における機能は何かについては、未だ充分に解明されていない。
本研究では、自然談話をデータにして、裸の文末形式を普通体・丁寧体ともに取り上げ、普通体のみを対象としたメイナード(1993)の分析結果との対照、さらに終助詞などを伴った場合との対照を行ない、その用法・談話上の機能について分析した。その結果、裸の文末形式は、「聞き手(との心理的距離)を意識するか否か」で、そのスタイル(丁寧体か普通体か)に差はあるが、「話者が意図や情報を表明したり伝達したりするだけで足りる(それ以外の聞き手に対する含みなどを加えない)」場合に用いられることがわかった。
スタイル別に見ると、普通体の裸の文末形式は、聞き手を意識しない状況での独話や回想を典型的な用法とする。さらに、その場の状況などにとっさに対応して瞬時に行なう発話など、相手に対する待遇意識が一時的に消える状況での発話で用いられ、独話的なニュアンスを伴うのが特徴である。丁寧体の裸の文末形式は心理的距離のある聞き手への待遇を意識した発話で用いられるが、その使用の典型は、会話参与者が指示をする側とされる側というような、「指示と了承を伝達すればよい」状況等の発話での使用である。相手から特に何の想定もない質問を受けての返答、(特に質問を受けたわけではないが)話者が自ら情報を表明・伝達する場合にも丁寧体の裸の文末形式が用いられる。どちらの場合でも、「相手の求める情報なり、自分の表明・伝達したい情報なりを提示するのみで用が足りる」という状況や話者の意識下で裸の文末形式が用いられている。

日本語母語話者との会話インターアクションの薦め:
海外で有効な教室外での体験学習法

【PDF:英文/139KB】
井村 多恵子(グリフィス大学専任講師)

語学留学は目標言語の習得に有効な方法の1つとして奨励されているが、実際その国に滞在し、そこで言語や文化に浸ることのできる学習者は一部に限られている。このような現実を踏まえ、教師は教室での学習(理論)と実際場面(実践)での言語使用の隔たりを埋めるべく創意工夫を今まで数々行なってきた。その例として、学習者の在住する地域社会の中に見出せる日本語学習リソースの利用、また近年注目を浴びているテクノロジーを利用したリソースなどがある。その中でも特に地域社会の母語話者利用の実践が数々報告されているが、コースの一環として母語話者とインターアクションした場合、どのような学習効果があるか研究された例は今のところ数少ない。
本稿では、過去3年間オーストラリアのグリフィス大学で行なった地域社会の母語話者を利用した体験学習プロジェクトの結果を紹介する。本プロジェクトで、中級の日本語学習者は母語話者とペアを組み、教室外で最低10時間の日本語でのインターアクションを1学期間続けた。プロジェクト終了直後、学習者全員及び母語話者にアンケート調査を行ない、プロジェクトの有効性を確認することができた。大多数の学習者及び母語話者はプロジェクトが非常に楽しく又、これを行なったことにより学習者の聴解力、会話力の向上、社会文化の理解を深めるのに有効であったことを評価した。また、本稿では参考にプロジェクトで使用した教材、プロジェクトを実行するにあたり留意するべき点も記述した。

シツヅケルの意味分析
【PDF:107KB】
黄 文溥(中国華僑大学外国語学院講師)

本稿は、まず事実確認から出発し、従来見過ごされてきた「永続的変化の結果状態の続き」や「変化過程の続き」「属性の続き」などといったシツヅケルの用法も視野に入れ、アスペクト的性格からシツヅケルの意味分析を行なうものである。シツヅケルの前項の中心的なメンバーは持続性・動態・非限界といった素性を持つが、周辺的なメンバーは持続性・動態・限界あるいは持続性(永続性、長期性)・静態・非限界のいずれかを持つ。シツヅケルの用法は持続性、動態、非限界といった素性と関連して、言いやすいものから言いにくいものへと度合いを持つ現象である。こうした現象の一面は、前項のアスペクト的性格と後項の意味との複雑なからみあいから説明できる。

日本語の自他対応動詞: 英語母語話者による自他対応動詞の習得
【PDF:英文/144KB】
盛田 真規子(AYFマレーシア予備教育センター日本語講師)

本稿は日本語学習者の自他対応動詞の習得において、動詞の種類(自動詞と他動詞)がどのように影響しているか調べることを目的とするものである。また、4つの日本語能力グループ(中級I、中級II、上級I、上級II)間の習得の様子も調査した。本研究ではオーストラリア国立大学で日本語を学習している英語母語話者を対象とし、筆記テストおよびフォローアップインタビューの結果を分析した。統計分析にはGeneralised Linear Mixed Model(一般線形混合モデル)(Schall, 1991)が使われた。分析結果により(1)他動詞は自動詞よりも習得しやすい、(2)中級Iと中級IIグループ間のテスト結果に有意差は見られなかった。結果(1)に対する説明として、次の3つが挙げられる。(i)日英語間の語彙的な違い、(ii)文構造の違い、(iii)指示文に現れる自動詞と他動詞の頻度差。一方、結果(2)に対してはU-shaped behavioural development(Kellerman, 1985)instructional effectというものに起因すると考えられる。

「ではないか」の用法について
【PDF:71KB】
張 興(洛陽外国語学院 日本学研究センター 講師)

発見、確認要求といった用法を持っているといわれている現代日本語の「ではないか」をめぐって、これまでの研究は、主として認識の確認要求用法を焦点として行なわれてきたが、認識の確認要求以外の用法についてはあまり記述していない。本稿では、判断結果の提示、自己所有情報の想起をはじめ、これまで指摘されていない用法、および発見、評価の提示、認識の確認要求といった用法の統語的特徴を記述し、認識の確認要求用法とそれ以外の用法との関係を考察して、「ではないか」の全貌を把握することを試みた。

台湾の大学の日本語会話授業における教師の母語使用に対する意識
【PDF:106KB】
顔 幸月(世新大学 日本語文学系 専任助理教授)

本研究は、日本語の会話授業において、教師の母語使用に対する教師と学習者の意識を質問紙法を用いて検討したものである。対象者は台湾7大学の3学年の会話授業を担当する台湾人教師、日本人教師、およびそれぞれのクラスの学習者であった。調査項目は先行研究を基に作成した「母語使用の必要性」「母語使用のプラス面」「母語使用のマイナス面」の3つからなり、統計処理には因子分析、分散分析を用いた。
因子分析の結果、「母語使用の必要性」に関与する因子は、“学習者とのインターアクション” “学習内容の説明” “余談” の3因子に、「母語使用のプラス面」の因子は、“理解の促進” “授業進行の手助け” の2因子に、「母語使用のマイナス面」の因子は、“日本語のインプットの減少” “学習意欲・注意力の低下” “言語習慣形成の妨げ” の3因子と解釈された。また、分散分析の結果から、主に以下の2点が示された。

  1. (1)学習者は教師の意識と異なり、1、2年生に限らず、3年生になっても教師の母語使用は“理解の促進” “授業進行の手助け” という点において日本語の教授・学習活動に役立つと考えている。
  2. (2)台湾人教師の方が日本人教師よりも、また、台湾人教師クラスの学習者の方が日本人教師クラスの学習者よりも母語使用の必要性が高いと考え、母語使用のプラス面を高く評価し、母語使用のマイナス面を低く評価していた。このことから、教師間、学習者間で教師の母語使用に対する意識が異なることが示された。これは、会話授業において台湾人教師と日本人教師はそれぞれの特質や役割を考慮しているためであろう。さらに、学習者も母語話者教師・非母語話者教師の特質や役割を意識し、それぞれに求めるものが異なることが示唆された。

日本語教育におけるドラマ的アプローチの可能性について:
平田オリザ「東京ノート」を日本語会話講座で使ってみて

【PDF:英文/154KB】
デントン・ヒューゲル(ヴィクトリア大学数学科準教授)、
野呂 博子(ヴィクトリア大学日本語助教授)、コーディー・ポールトン(ヴィクトリア大学日本文学準教授)

本稿は日本語教育とくに日本語コミュニケーションにおける演劇的アプローチの可能性について論ずる。FitzGibbon(1993)が述べるように、外国語のクラスにおいてドラマの持つ有効性は数多い。1)学習(target)言語を用いて、意味のある、流れのあるインターアクションが生まれやすいこと; 2)音声、韻律上の特徴が断片的でなく、インターアクティブでコンテクストのある場面で学べること; 3)新出語彙、表現が断片的でなく、意味のあるコンテクストの中で学べること; 4)学習(target)言語を習得する上で自信が生まれること等が挙げられる。本稿の目的は3点ある。第一の目的は、中級から上級レベルの日本語学習者にとって、日本語の演劇を主教材としてドラマ的要素を取り入れた日本語コミュニケーション指導法が持つ有効性について検討することである。第二の目的は劇作家平田オリザ作の演劇を実際に日本語の授業で使用して、どのような結果が出たかを報告することにある。第三の目的はこの演劇パフォーマンスをビデオにしたものを基に日本語教材を開発した際の技術的側面について述べることにある。

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