平成29(2017)年度 日本語指導助手レポート 小さな教室から

バンコク日本文化センター
指導助手 小山詩織

バンコク日本文化センター(以下、JFBKK)に派遣されて、1年が経ちました。今こうして現場の声・レポートとして筆を執らせていただくことになりましたが、まず、タイにおける日本語教育、とくに中等教育機関のことについて、ここ数年のことをご説明したいと思います。

学習者数の急増と教員養成

タイでは中等教育での外国語教育に力を入れており、多種類の言語を第二外国語として履修することができます。また、2010年に設置されたWorld Class Standard School (WCSS)では、それまで文系履修者に限られていた第二外国語が、理系履修者にも開放され、それに伴い、日本語学習者も急増しました(国際交流基金による機関調査では、2009年の中等教育機関日本語学習者数は42,400人、2012年は88,325人)。

そこで問題となったのが教師不足です。それを補うため、JFBKKとタイ教育省は、複数の教員養成プログラムを共催してきました。他の科目で教鞭を執っている教員を、日本語も教えられる教員にするべく、1994年から2015年まで、18期にわたり行われていた「中等学校現職教員日本語教師新規養成講座」(通称「新規研修」)や、大学で日本語を専攻した人を毎年50人ずつ公務員教師として採用し、4年間で‘200人の教員拡充をはかる「タイ教育省共催・タイ中等教育公務員日本語教員養成研修」(通称「OBEC研修」)などです。これらの教員数増加のためのプログラムが功を奏したのか、2012年の調査では1,387人だった日本語教師数が、2015年には1,911人に増加しています。

以上のように大きな数値的変動の中にあるタイの日本語教育ですが、日本語指導助手(以下、指導助手)としてセンターにいる私が直接に接するのはごくわずかです。

教員に授業をするということ

暦一周分の業務の中で、出会った様々な学習者の顔が思い出されます。下は中学生から、上は教授歴十年以上のベテランの先生まで、実に多様な学習者に接する機会がありました。彼らの職業も多岐に亘っていますが、やはり、圧倒的に多いのは現職の日本語教師です。

JFBKKにおける業務の特徴は、現地教員へのフォローが多いことだと常々感じています。現地教員とは、主に、タイ国内各地の中等教育機関で日本語を教えているタイ人の先生方です。「新規研修」を2015年に、そして「OBEC研修」をつい先日2017年3月に終えたJFBKKが現在行っているのは、日本語教員へのフォローアップである、「日本語ブラッシュアップ集中研修」です。これは、教員の日本語運用能力を向上させるための研修で、他にも、色々なテーマに基づき、タイ各地で教授法の講義を行う「教授法ブラッシュアップ地方研修会」もあり、日本語能力と教授能力、双方向からの支援がなされています。私は「日本語ブラッシュアップ集中研修」にて支援のお手伝いをさせて頂きました。

「いろいろな能力の教え方のテクニックを学ぶことができた」。これは「日本語ブラッシュアップ集中研修」でのアンケート結果のひとつです。このような回答は複数寄せられており、この研修が「能力」すなわち、話す・聞く・読む・書くという技能の「教え方」において有効であったことが見てとれます。そうです、「日本語ブラッシュアップ集中研修」には「教え方」「教授法」という科目がないにも関わらず、受講者の先生方は講師の授業から「教え方」を学んで帰るのです。そもそも指導経験の非常に浅い私にとって、これは大きなプレッシャーです。多く担当していたのは聴解の時間ですが、目に見えない聴解問題は、解くために集中も要します。私自身にとっても、聴解の授業は大きな問題でした。

達成の伝播

「日本語ブラッシュアップ集中研修」修了式の日、開講式での不安そうな表情は、晴れやかな笑顔になっていました。この5週間で、一人一人が日本語能力に自信を付けたのだと推察できました。これらは5週間という長期の成果ですが、短期的な小さな達成が連続した結果だと考えます。たとえば聴解の科目では、CDのスピードが速い、どんな話か予想がつかない、日常的に日本人と話していないため聞きなれない口頭表現……色々な困難がありました。ですが、答えにつながる単語を聞き取れた瞬間、先生方の表情がぱっと明るくなるのです。このような「ハレの瞬間」を伴う達成の積み重ねが、修了式での笑顔を作り上げたのではないでしょうか。

現職の先生方を学習者に据え、教えながら自分の教え方を見られているということは大変な重責です。しかし、その向こうには更にたくさんの生徒がいて、生徒の達成を手助けできるのは、現職の先生方しかいません。日本語能力と教授能力の向上は、タイ全土の生徒たちへの貢献に繋がります。目の前にいる人数は僅かですが、その影響力は計り知れません。バンコクの小さな教室から、大きな広がりを感じることができるこの業務を、あと1年、勤めあげたいと思っています。

JFBKKのエントランス。センター全体を改装できれいにしています。の画像
JFBKKのエントランス。
センター全体を改装できれいにしています。

参考文献 国際交流基金『海外日本語教育機関調査』2009年、2012年、2015年

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