ペンシルバニアでの1年

ダウニングタウン・イースト・ハイ・スクール
西川 陽子

ペンシルバニア

ペンシルバニア州はアメリカの東側にあり、ニューヨーク州、オハイオ州などの6つの州と、五大湖の一つであるエリー湖に接しています。面積は約12万㎢で横に長い長方形のような形で、東西の幅は約455km。これは日本の東京-大阪間より少し長いくらいで、州を車で横断すると5時間以上かかります。シルバニアはラテン語で森という意味で、その名の通り森が多く緑豊かで、毎日カラフルな鳥や鹿、うさぎ、リスなどの野生動物を見かけます。

州都はハリスバーグですが、最大都市はフィラデルフィアで、また西部にはピッツバーグという都市もあり、日本人にはこの2つの都市のほうがなじみがあるでしょう。

人口は約1,279万人で、全米で6番目に人口が多い州です。白人が80%を占め、ドイツ系が多く、アーミッシュという、宗教上の理由で近代文明的生活を行わない人々が多く住んでいる地域もあります。 ペンシルバニア州の日本語教育は都市部を除いてはあまり盛んではありません。都市部には日本人会があり、イベントなどが行われることもありますが、郊外に出るとそういったものも少ないです。派遣先でも高校で日本語のクラスがあるという事実を知らない人や、また、その事実を知って珍しがる人が多いです。

Downingtown Area School District

受入機関であるDowningtown East High Schoolは、フィラデルフィアから約60km西にあり、Downingtown Area School Districtという約12,000人の生徒を擁する大きな学区にあります。

日本語教育は、East High SchoolWest High Schoolの2つの高校で外国語選択科目として行われています。リードティーチャー(以下、LT)は学区内で唯一の日本語教員で、カリキュラム作成から授業まで全て一人で行っています。

East High Schoolの学生数は1,656人、West High Schoolは1,500人で、両校とも州や全米の高校ランキングで上位に入る優秀な高校です。スポーツや文化活動も盛んで、演劇やミュージカルの公演は非常に見ごたえがあります。

昨年度の日本語クラスはEastが35人、Westが14人でした。高校で選択可能な外国語はスペイン語、フランス語、ドイツ語、ラテン語、日本語の5つで、中学校での授業がないラテン語と日本語は、必然的に選択する学生数が少ないです。日本語クラスは日本語1と日本語2の2つのレベルがありますが、生徒数が少ないため昨年度は2レベル混合のクラス編成でした。そのため、主にLTが日本語1、アシスタントティーチャー(以下、AT)が日本語2を担当し、一つの教室内で別々に授業を行いました。教科書はJapanese For Young PeopleとAdventures In Japaneseですが、日本語2ではその都度オリジナル教材を使ったり、別の資料を使ったりすることが多く、教科書はほとんど使いませんでした。授業は毎日ありますが、1コマ50分弱なのであっという間に過ぎてしまいます。アニメや漫画が好きで日本語を選択している生徒が多く、日本のアニメやアイドルについてATよりよく知っている生徒もいます。

クラス外の活動

毎週木曜日の日本語クラブに参加しました。活動自体は生徒が主体で行われるため、必要があればそこに情報を足したり、手伝ったりということを行いました。生徒は主にテレビゲームやファッションについてプレゼンをしたり、映画を見たり、ゲームをしたりしていました。

また、Multicultural Nightという学校のイベントに日本語クラブの学生と出店し、どら焼きや折り紙を作ったり、希望者に浴衣の着付けをしたりしました。

日本語フィラコンという、日本語を勉強している高校生のクイズ大会のようなものに、LTと一緒に生徒を連れて参加しました。他校に友達を作った生徒もいたようで、普段教室でしか日本語を使う機会がない生徒たちにとって刺激的なイベントだったと思います。

公的な地域での活動はしていませんが、知人のホームパーティーでお好み焼きを作って皆に箸の使い方を説明したり、日本について話したりということを数回行いました。英語での会話に自信がなく、また、もともと社交的なほうではないので、知らない人ばかりのパーティーに行くのは勇気がいることでしたが、日本人に接することが少ない地域なので、少しでも日本について知ってもらう良い機会だったと思います。

1年目を終えて

以前アメリカの西海岸で過ごしたことがありましたが、今回初めて東側で生活し、気候、人々や街の雰囲気が一口にアメリカといっても大きく変わることを感じました。また、派遣先のカウンティは非常に安全な地域で、一般的なアメリカへの「危険」というネガティブイメージが大きく覆されました。自分が見たり聞いたりした一部の情報を、それが全てであるかのように「アメリカは・・・だ。」と決め付けないように気をつけようと思いました。

また、派遣先の生徒やホストファミリーのこどもたちは常に自分に自信を持ち、周りと同じであることに縛られません。そのように育つ背景はいろいろあると思いますが、親や先生がとにかくこどもをよく褒めることは大きく関係しているのではないかと思いました。個人的には日本では褒められるのは何か特別素晴らしいことをした時だけと感じていましたが、ここでは日常の些細なことも日本人には大袈裟に感じられるほどよく褒めます。それがこどもたちの中の自信を育てるのではないかと思い、私も見習って生徒の良いところを見つけては褒めるようにしています。

1年目は学校での仕事はもちろん、車の運転や気候など生活に慣れるのに時間がかかり、引越しなどもあり、結局ずっとばたばたと落ち着きなくすごしました。また、アメリカの学校は日本の学校と違うことが多く驚きの連続でした。2年目はもっと余裕を持って、落ち着いて周りを見ていきたいです。LTと二人でより日本語の会話を自然に取り入れた授業をしたいと思っています。生徒たちに多くの日本語会話を聞かせ、少しでも日本語を身近な生きた言語として感じてもらえるように努力したいです。

  • 派遣先での写真その1
  • 派遣先での写真その2
  • 派遣先での写真その3

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