緑豊かな州での2年間

チーフ・セルス・ハイ・スクール
納土 知樹

常に自分らしく

受入機関での私の主な業務は教具作成でした。私のリードティーチャー(以下、LT)は忙しい中でも常に少なくとも1時間は、教案作成の話合いの機会を作ってくれていました。私のLTJ-LEAPに応募した理由の1つが、授業で新しい事を取り入れていく事だったので、1年目から思いついたアイデアは、常にLTに提案する様にしていました。今思い返しても、その中でLTが授業で取り入れなかった物はほとんど無く、色々な私のアイデアを授業で試させてくれました。その中でも、特に文化レッスンの際は日本出身の私の口からその文化を生徒に話す機会を設けてくれ、私も写真やビデオ等を見せながら色々な話をしました。また、私がアメリカに来た事が初めてという事もあり、日本の文化の紹介をした後に、必ずアメリカはどうかという質問をする様にしていました。生徒は必死に日本語でアメリカの文化について教えてくれたり、また日本語がそこまで出来ない生徒も、他の生徒に助けて貰いながら、アメリカの文化について教えてくれました。そうする事で、普段はあまり授業に集中しない生徒も、私に「教えてあげたい」という一心で発言をしてくれたと思います。また授業外でも、生徒と一緒に「オープンマイク」と呼ばれる学校行事(ステージ上にマイクが置いてあり、それを使って歌、詩やコメディなどのパフォーマンスをする行事)に参加し、日本語でラップを披露した事もありました。受入機関の学校は、生徒会選挙の際に立候補者全員がラップで公約を発表するなど、ラップという文化が根付いていたので、日本語でラップをした日から1週間程は、生徒間でビデオが出回り話題になりました。この様に、LTや受入機関のお陰で、私ならではの活動が出来たと思います。

教壇に立たない教育活動

ワシントン州の日本語教育はとても大きく、充実していたので、受入機関外での活動にも力を入れる事が出来ました。その中の1つがワシントン州高校生日本語イマージョンキャンプです。このキャンプでは、ワシントン州下にある高校で、日本語を受講している高校生が集まり、様々な活動を通じて日本文化や日本語への理解を深める為に開かれる日帰りのイベントです。このイマージョンキャンプは、ワシントン州日本語教師会の中でも長く続いている大きなイベントです。1年目は、開催校が私の受入機関だったので、運営委員会の1人として参加させて頂きました。多くの先生方の助けもあり、多くの事を学びましたが、同時に、準備段階から反省点が数多くありました。そして2年目は運営委員会の先生方の人数の問題もあり、私がディレクターの1人として運営に携わる事ができました。1年目の反省点を活かし、余裕を持って早めに準備に臨み、また運営をする上での負担を軽減する事を目標の1つに掲げて、運営に取り組みました。キャンプの開催は3月でしたが、10月末からは本格的に準備を始め、それからの約5ヶ月間は本当に大変でしたが、色々な方々の助けのお陰もあり、当日は生徒だけでなくボランティアの方や先生方も楽しんで貰えるキャンプを開催する事ができました。

PNW JETAA×J-LEAP WA

日米の若者交流が目的の一つとして掲げられているJ-LEAPの活動をしていく中で、頻繁に交流がある組織がありました。それが日本の公立学校で外国人教師として英語を教えるJETプログラム組織のアメリカ北西支部でした。日本から日本語教師としてアメリカの学校で日本語を教えるのが私達J-LEAPですが、彼等はその逆で、アメリカから英語教師として日本語の学校で英語を教えます。この共通点が多い2つの組織が協力して何か出来ないかと考え、同期のワシントン州のATと共同出張授業プロジェクトを立ち上げました。彼等の中には元々アメリカの学校で、日本語のクラスを受講していた方もたくさんいて、その彼等が日本での学校生活や、日々の暮らしの中で学んだ事、感じた事を、現在日本語を受講しているアメリカの高校生に話してもらおうと考えました。実際に「日本語を勉強していても、将来日本語を使っているビジョンが湧きにくい」という声が多かったのですが、元日本語クラスの先輩であるJET参加者の生の体験談を聞く事で、実際に日本で生活する事や学校での様子が生徒に伝わりました。このプロジェクトでは、1ヶ月に1校を定期的に訪れる事が出来、また、日米交流を進めるJET北西支部とワシントン州日本語教師会の協力関係を築く事が出来ました。

“若手”日本語教師

私はこのJ-LEAPでの2年間の活動で、本当に数多くの事を学びました。もちろん日々の業務の中や、派遣地で学ぶ事がたくさんありましたが、私が特に「学んだ」と感じた所は、出国前から派遣後1年目終了時までに行われる4回の研修です。実は私は、日本語教師の経験がとても浅い状態で赴任しました。日本語教師の資格も、日本語教育能力検定試験に受かっただけで、日本語教師の教育実習等もした事がありませんでした。正直な所を言うと、J-LEAPの選考に通った時も嬉しさと同じ位の不安がありました。ですが、出国2ヶ月前の研修では、アメリカの教育制度や生活立ち上げの事はもちろん、アメリカの言語教育の事やティームティーチングの方法等を詳しく学ぶ事ができました。それだけでなく、アメリカに着いたその次の日から約1週間の研修があり、そこではLTと一緒にティームティーチングについて学ぶ事ができました。この様な研修が計4回行われる中で、アメリカの日本語教育界で有名な先生方が、ATの私達のレベルに合わせて直接指導をして下さいました。このお陰で、経験の浅かった私でも、自分の掲げた目標を達成し、2年間の業務を終える事ができたと思います。若手を派遣するプログラムという事で、日本語教育経験の浅い教師への成長の機会の提供、そしてそれを通じて、日米の若者交流がより深まればと思います。
私自身もこのプログラムを通じて、1つの教室の教壇に立つだけでなく、地域の教育を俯瞰的に見る事の重要さと難しさを学びました。今後は、自分自身が教師として教壇に立ちながらも、地域の日本語教育の活性化をさせる為の活動運営に携わりたいと思っています。

  • 派遣先での写真その1
  • 派遣先での写真その2

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