世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) メキシコの日本語教育

国際交流基金メキシコ日本文化センター
髙﨑 三千代・伊藤 亜紀

日本とほぼ同じ人口に5.2倍の面積を持つメキシコ合衆国。日本語学習者は7400人(2009年)余。この数字は、中南米にスペインを加えたスペイン語域内で最大です。

2011年、メキシコ日本文化センターへの日本語専門家(以下、専門家)の長期派遣が8年ぶりに再開されました。その活動の様子をご紹介しましょう。

「JFまるごと日本語講座」 伊藤亜紀

共催による講座の拡大

二都市を結ぶビデオ会議システムを利用した文化体験講座(水書道)の写真
「二都市を結ぶビデオ会議システムを利用した文化体験講座(水書道)」

2012年1月に日墨文化学院との共催によって「JFまるごと日本語講座」がスタートしました。この講座では国際交流基金(以下、基金)が作成したJF日本語教育スタンダード(以下、JFS)に基づいて作られた教科書『まるごと 日本のことばと文化(以下、『まるごと』)を使用しています。開始から約1年半が経ち、日本メキシコ学院、アジア研究学会が加わり、共催校は3機関となりました。現在は専門家が各機関の先生方とタッグを組んで、コース作りを行っています。

共催機関は教師が日本人だけの所もあれば、メキシコ人と日本人が協働で教えている所もあります。また対象も高校生、日系企業現地職員、一般成人と様々です。ただ、このような違いがあっても、教師も学習者も授業中に楽しんで日本語に触れているというのは、『まるごと』を使った授業に共通している点かもしれません。文法積み上げ式で教えてきた機関にとっては、JFSに基づいてコースを再設計するのは簡単なことではありませんが、どの機関の先生方も「話せるようになりたい」という学習者のニーズに答えようとしています。共催校の先生方と協力し、この国に合った、各機関に合ったコースを作り、拡げていくことが、専門家の使命であると考えています。

好意的に捉えられている『まるごと』

2011年10月の赴任時、日本語教育に携わっている方々の多くが、「今のままではいけない」「新しいことを始めなければならない」とおっしゃっていました。そんな中、一般成人対象の『まるごと』はその対象者設定を大きく越えて、多くの教育関係者、学習者の皆さんに魅力的に映っているようです。「とてもきれいで、やる気が沸く」「ぜひ教え方を教えてほしい」など、ありがたいお言葉をたくさんいただいています。2013年9月の『まるごと』(入門(A1))市販化後、多くの方と教え方、勉強の仕方など意見交換をするのが、今からとても楽しみです。

今後の取り組み

JFSについての勉強会を通して得た知識を実際の現場で生かすとなると、「どうしたらいいか、よくわからない」という意見をよく耳にします。現在は共催機関のみを対象とした講座を開き、JFSの理論と実践のつながりを模擬授業や講義などを通してお伝えしていますが、今後は共催機関だけでなく、より多くの先生方を対象とした勉強会、研修の機会を作り、『まるごと』の効果的な使い方をご理解いただけるよう考えています。

アドバイザー業務 髙﨑三千代

ネットワーク強化

メキシコのほとんどの日本語教育機関では、初級でコースが修了します。中級以上を学びたくても近くに学校がない。そんなメキシコ、および兼轄地域である中米・カリブ諸国の先生方に向けて、Ja.Pro en linea (Japones en linea para profesores de Mexico, Centroamerica y el Caribe’というオンライン日本語講座を配信しています。

「オンライン講座の参加者がご対面。証明書ももらって記念写真」の写真
「オンライン講座の参加者がご対面。証明書ももらって記念写真」

このオンライン講座には現在2つの番組があります。一つは、JFSに沿った話題シラバスの日本語授業を行っている様子をライブ配信する’Ja.Pro en linea-N2’。もう一つは’Ja.Pro en linea el Seminario’。こちらでは、先生方が自分の興味・関心があることの発表や授業実践の報告、日本語国際センターでの研修の共有を行っています。配信が切れる失敗もありますが、何百キロ離れた所の先生方がamigos(友だち)になり、ともに学ぶ貴重な機会になっています。

JFSの普及

2012年度は、メキシコ国内外で14回の勉強会やワークショップを行いました。地方では2日、3日続くこともあります。実施される地域、参加者像等によって内容の優先順位が異なるので、事前にできるだけ相談します。最近は、JFSを授業やコースデザインに取り入れたいという声が聞かれるようになり、継続可能な研修計画が必要になっています。

現在、基金ではJFSの理解と普及を図っていますが、どのように、またJFSの何を取り入れるかは、先生個人や機関によって異なるかもしれません。しかし、どこでも、なぜJFSなのか、他と何が違うのかをご説明し、それが先生方にとってどう役立つのもか、考えてもらえるよう働きかけます。それは、「なぜ教育を仕事にしているのか」という問いにも通じるようです。「先生方の答えと、自分に問うた答えが一致したときに重い石の車輪も動き始める。どのように、何を、は自然と弾みが付いてくる」。そう信じながら、ワークショップの準備をする日々です。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Mexico
派遣先機関の位置付け メキシコ日本文化センターの主たる日本語教育事業として、JF講座の運営と日本語教育支援が挙げられる。JF講座は、一般語学学校のみならず中等教育機関や企業内教育とも共催することで、『まるごと』講座の先端的可能性を追求している。日本語教育支援事業としては、メキシコ日本語教師会と協力しアウトリーチ型教師研修会等を実施するほか、中米・カリブ諸国の教師も対象にしたオンライン日本語講座を開講し、メキシコと周辺国間のネットワーク強化を図っている。
所在地 The Japan Foundation, Mexico
Av. Ejército Nacional # 418 2 Piso Col. Chapultepec Morales, C.P. 11570 Mexico, D.F., Mexico
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名  専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1998年
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