世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) メキシコと中米カリブの日本語教育

メキシコ日本文化センター
阿部康子・蟻末淳

メキシコ国内における「使える日本語」教育への意識の高まり

阿部 康子

メキシコでは、ここ1年ぐらいの間にJFスタンダード(以下JFSD)準拠教材『まるごと』を使用してみたいというお問い合わせを、いろいろな日本語教育機関から頂きました。メキシコは元々日本との交流の歴史も長く日系人も多い国であり、日本語学習者の数も約7000人と、中米で飛び抜けて多いところです。ただ残念なことに、学習者はなかなか日本語が使えるようにならないというジレンマがありました。このままでいいのだろうか?と考える日本語教師の方たちが、JFSDの考え方や、コミュニケーション力育成に焦点を当てた『まるごと』に興味を持ち始めてくださっています。

リセオ入口に掲示してある標語の画像
リセオ入口に掲示してある標語

現在、『まるごと』を使用している機関としてはまず、日本メキシコ学院(通称リセオ)があります。リセオは日本とメキシコの両政府によって創立された初中等教育機関です。この学校では、2015年の夏から中高生約380名全員にこの『まるごと』を使うことになりました。授業にはディスカッションや会話発表などがたくさん盛り込まれ、生徒たちは楽しそうに日本語を話しています。他に、メキシコ北部のメヒカリ市にあるバハカリフォルニア自治大学の日本語コースでも2015年夏から『まるごと』を使用し始めました。2016年に入ってからは、東部のベラクルス大学ハラパ校でも段階的に『まるごと』導入が始まっています。2016年7月からは、日本語学校である日墨文化学院でも、会話力アップを目指して『まるごと』を使った特別授業を開講する予定です。

他にも、今後『まるごと』を使ってみたいという教師や日本語教育機関からの要望がどんどん出てきています。私はこういった機関へ出向いて、授業見学をしながら、『まるごと』の目的や使い方、評価の仕方などについて、現場の教師たちと模擬授業やワークショップ、勉強会などを行なっています。

メキシコでは近年、中部のバヒオ地区への日本企業の進出が著しく、それに伴って日本語学習者の数も増加傾向にあります。この地区のグアナファト大学付属高校では、5年間の特別コース(高専コース)を設置、日本語科目を必修にし、将来日本語を使って働ける人材を育てる試みを始めています。ここでもまた『まるごと』を使う予定です。このように、日本企業で働くという明確な目的のために日本語学習を始める人たちも増加するでしょう。そういった学習者たちのためにも、教える側は「知識としての日本語」ではなく「使える日本語」能力を育成していく必要があります。そういった意識が、メキシコの現場の日本語教師の方達の中で高まっていることを非常に嬉しく感じるとともに、自分にできることは何かを日々考えながら仕事に取り組んでいます。

メキシコ・中米カリブからの日本語教育を目指して

蟻末 淳

メキシコ全土の日本語教育のために

メキシコの国土は日本の約5倍。アドバイザーはその広い国内を飛び回って、巡回セミナーなどを行っています。多いときには一月の半分も自宅にいない、ということも。それぞれの場所や機関で学習者や教師のプロフィールも様々なので、それに合わせるために入念な準備をしてセミナーに向かいます。また、弁論大会などの各種イベントにも審査員や企画などの形で協力しています。

メキシコでの日本語教育の毎年恒例の大きなイベントにメキシコ日本語教師会が行う夏期短期集中講座やメキシコ日本語教育シンポジウムがあります。これらに出講や準備などの形で協力するのも大きな仕事です。シンポジウムは今年初めて一般公募の形になり、日本やアメリカ、中米各国から130名以上を集め、発表やワークショップ、意見交換に盛り上がりました。

中米カリブの日本語教育ネットワーク構築

中米カリブ日本語教育セミナーの様子の画像
中米カリブ日本語教育セミナーの様子

メキシコ日本文化センターは中米カリブ地域の日本語教育にも関わっています。

この一年間では、コスタリカで行われた第八回中米カリブ日本語教育セミナーで講演などを行った他、ホンジュラス、キューバに出張し、日本語教育の視察及びセミナーを実施しました。

一例として、ホンジュラスは日本語ネイティブの日本語教師がいない中、ホンジュラス人の教師がほぼボランティアで日本語教育を行っており、現在では(メキシコを除く)中米地域ではコスタリカに次ぐ第二位の約500名の日本語学習者がいます。

アニメ・マンガを始めとするポップカルチャーを中心とした日本への興味や憧れの下、ほとんど日本語を使う機会もないにもかかわらず、日本語学習を楽しむ子供や大人。実益ではない趣味の日本語教育の重要さを感じる機会になりました。

中米カリブの日本語教育においては、年に一回、各国が集まるセミナーが8年間継続して行われています。そういった機会が少ない同地域では、大変重要なセミナーなのですが、その一方で、それ以外の期間はネットワークがあまり機能していなかったことが問題でした。中米各国では、国際交流基金さくらネットワーク助成を利用し、今年3月のメキシコ日本語教育シンポジウムに参加しました。そこでは、メキシコ日本語教師会との話し合いも行われ、今後の各国の継続的な協働が期待されます。

また、オンラインでの会議も日本語ノンネイティブ教師を中心に毎月組織されるなど、日本語教育が発展途上にある地域においてもネットワークの一つの形ができ始めています。

毎日のように各国の日本語教師や在外公館担当者と連絡をとり、色々助言を与えたり話し合ったりするのも、日本語教育アドバイザーの重要な仕事です。今後、同じスペイン語圏が中心であることを活かし、メキシコ・中米カリブ地域のみならず、南米との連携も期待されています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Mexico
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
メキシコ日本文化センターの主たる日本語教育事業として、JF講座の運営と日本語教育支援が挙げられる。JF講座は、一般学習者を対象とした事務所内での講座に加え、『まるごと』を使用する講座としては世界唯一の、中等教育機関との共催講座を行っている。日本語教育支援事業としては、メキシコ日本語教師会と協力しアウトリーチ型教師研修会等を実施するほか、中米・カリブ諸国でも研修会を行い、メキシコと周辺国間及びスペイン語圏諸国のネットワーク強化を図っている。
所在地 The Japan Foundation, Mexico
Ejército Nacional #418 - 2º piso
Colonia Chapultepec Morales
CP. 11570 México, D.F., México
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名  専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1998年
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