世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) エジプト日本語教育の可能性

国際交流基金カイロ日本文化センター
池津丈司・酒見志奈子・松岡英輔

目指せ!文化祭開催!

池津丈司

昨年のこのコラムで、アレキサンドリアの奇跡的日本語学習者たちの話を書いた。日本人のほとんど住まないアレキサンドリアで、教室では初級の前半までしか教えられていないにもかかわらず、独学で日本語能力試験N2(中級後期修了レベル)に合格したり、カイロで行われるスピーチコンテストに2年連続で優勝者を出したりしているという話である。それが今年も新たな優勝者を出した。こんなに傑出した学習者が5人も出れば、もう偶然でもなんでもない。

彼らは特別な独習教材を使っているわけではない。インターネットでドラマやアニメ、マンガ、J-POPに触れているだけなのだという。ドラマやアニメの字幕付きのものを「今何て言ったのだろう。」とか、「ああこれは習った表現だ。こんな風に使うのか。」などなど、いろいろ考えながら見ているのだそうだ。

しかし、彼らを指導した講師の話を聞くと、どうもそれだけではなかったようだ。彼らには先輩・後輩のつながりができていたのである。

昨年の3月まで、この講座では文化講座という授業が開講されていた。当時の講師に演劇の心得があったことから、日本の演劇についての講義や、実際に演じてみる活動などが行われていた。その講義や指導の通訳とアシスタントを務めたのが当時初級前期の教科書を終えたばかりの二人の受講者だった。二人が手探りで通訳をしながら上達したのはもちろんのことだが、そうやって成長していく先輩と一緒に活動することで、後輩たちもまた育っていったのではないか。

だとすれば、知識は教師が学習者に与えるものではなく、学習者が協働を通じて構築していくものであるという、今教育界で最も話題となっている協働学習の理論や社会構成主義の理論を、この教室ではすでに実践していたということなのである。

そして、その伝統は今も続いているようだ。アレキサンドリアの講座では、今年の初め講師が足りず、開講できないクラスができてしまった。初級前期を終えたばかりの受講者が半年間授業を中断することになったのだ。しかし、彼らは今、講師のいない教室に自分たちで集まって一緒にアニメやドラマを見ている。彼らもまた奇跡を起こすかもしれないのである。

その奇跡をカイロでも起こせないかということで、カイロ講座では、現在行っている文化体験の授業を、クラスの垣根を取り外して先輩と後輩の交流の場にしてしまおうという試みを、今月から始めた。それをゆくゆくはクラブ活動に発展させたい。その前にまず来年の秋を目途に文化祭を開催したい。先輩と後輩が協力し合って行う文化祭の準備と実施は、彼らの日本語だけでなく彼ら自身をも成長させてくれるに違いない。夢は膨らむばかりである。(池津)

アレキサンドリアの講座で学ぶ受講生たちの写真
アレキサンドリアの講座で学ぶ受講生たち

クラスの垣根を取り払ったカラオケの体験授業の写真
クラスの垣根を取り払ったカラオケの体験授業

日本語で心を伝えよう

酒見志奈子

5月2日にカイロ大学でスピーチ大会が開催されました。私は着任後すぐ、カイロ講座の3名のスピーチ指導に当たることになりました。3人の最初の原稿に共通していたのは「自分にしか伝えられない」内容ではないことです。エジプトでは、一般的なことを美しい言葉で話すのがよいスピーチなのだそうです。そこで私は、日本語のスピーチでは「自分にしか伝えられない」ことをぜひ伝えてほしいと指導しました。マインドマップを描いたり、「どうして?」「例えば?」という質問を繰り返ししたりして、「自分にしか伝えられない」ことを探しました。また、3人でお互いのスピーチにコメントしあったり、他のクラスメイトの前で発表したりする練習も行いました。3人のスピーチが変わっていったのは友達からのアドバイスを受けるようになってからです。スピーチの練習を通して、新たな交流が生まれたり、クラスメイトとより親しくなれたりしたようでした。

日本語がきっかけで学生さんたちの交流が広がり、絆が深まることは大変喜ばしいことです。学生さんには教室での勉強で終わらせるのではなく、ぜひ教室の外でも積極的に活動して、心と心を伝えあう手段として日本語を使ってほしいと思います。(酒見)

アスワンの日本語教育の可能性

松岡英輔

2012年、カイロから南に遠く離れたアスワンにアスワン大学が開学しました。2013年に同大学言語翻訳学部内に日本語学科も設置され、アスワンの日本語教育が産声をあげました。

しかし、開学したものの、政変の影響で日本語の教師が不足している状態が続いたため、私も出張集中講義を通じて、同大学日本語学科への支援を行いました。集中講義では、日本語の会話の授業を行うほか、折り紙や書道の文化紹介も並行して行いました。エジプトで実施するということを踏まえて、折り紙では「ピラミッド」を折りました。折っている最中、四苦八苦しながらも、皆、最後まで諦めずに取り組んでくれました。

カイロに比べてアスワンに住む日本人は少なく、教室で学んだ日本語を実際に使用する機会は非常に限られます。しかし、ここアスワンには、それでも目をキラキラ輝かせて日本語や日本文化を熱心に学ぶ学生たちがいます。

「ナイル川の水を飲んだ者は、必ずナイル川に戻ってくる。」と言われています。いつの日か再びエジプトを訪れたとき、アスワン唯一の日本語教育機関である同大学の日本語学科がアスワンの日本語教育の拠点として大きく発展していってくれていたらと願っています。(松岡)

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Cairo Office
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金カイロ日本文化センターは、エジプト及び中東地域における文化交流事業の拠点として幅広い活動を展開している。日本語教育支援事業はその重要な柱の一つであり、エジプトを中心に中東の近隣地域まで視野に入れた様々な支援を行っている。日本語教育アドバイザーは、国内2か所の日本語講座の運営をはじめ、エジプト及び近隣諸国の日本語教師に対する情報提供やコンサルティングなどを行う。また、セミナー等を開催し、日本語教師のスキルアップを図るとともに、地域連携の強化、相互交流の活性化にも努めている。
所在地 5F Cairo Center Bldg.106 Kasr Al-Aini St.,Garden City, Cairo, Egypt
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1998年

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