世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 「若者王国」の未来

キング・サウード大学
大谷英樹

日本語弁論大会(開始前)の画像
日本語弁論大会(開始前)

 総人口の約半数が20歳以下である「若者王国」サウジアラビア。その厳格な宗教的・社会的慣習が際立つゆえ、欧米のメディアでは批評されることも多い。確かに、比較的自由な先進国から見ればサウジアラビアは奇異に映るのかもしれない。しかしながら、この国は若者を中心に、月の砂漠を行くラクダの如く、ゆっくりと着実に変わりつつある。

 3年前の赴任当初、教師への畏敬の念からだろうか、学生達は完全に受身の授業態度であった。彼らは小学校からの徹底したコーランの暗記・暗誦を中心とした教育に慣れている。後に学生に尋ねると、教師は偉大であると考えているようで、彼らには常に教師に正解を求める癖がついている。試験前の復習になると毎回「どこを覚えればいいですか」という質問が出てくるのも当然だろう。「正解は常に教師が与えるもの」という学生の固定観念を破るのにこの3年間を費やしたと言っても過言ではない。学生達にとっては特に、正解の出ない作文が難関であったように思う。

日本語弁論大会(休憩中の談笑)の画像
日本語弁論大会(休憩中の談笑)

 そんな学生達も、この3年間の日本語学習を通じて何とか自分なりに意見をまとめることができるようになった。その集大成として、本年度も5月に日本語弁論大会が開催された。今回は日本語能力というよりも、そうした学生の成長を確かめる機会となることを主眼とした。発表者6名の日本語能力にはバラつきがあったが、テーマはそれぞれ「サウジの若者の就職問題」「アニメと私」「忘れられない日本」「近代化と日本」「サウジ人のあいさつ」「ファイサル国王」と多岐に渡り、これらのタイトルからサウジの学生像を思い描いて頂けるかと思う。学生は日本に対するある種の憧れと尊敬の念を持つ一方で、自国の社会や歴史に対しても以前よりも強い関心を示すようになってきている。日本語学習が刺激となって学生達の視野が広がったのであれば、一教師としてこれほど嬉しいことはない。

 さらに学生の中には、「桜マムラカ(マムラカとはアラビア語で「王国」の意)」というボランティアグループを設立し、在留邦人とサウジアラビア人の交流活動を開始した者もいる。まだ小さな団体であるが、これからネットワークを広げ、互いの文化に興味を持つ人々が交流できる場として成長することを願うばかりである。サウジ国内では「集会の禁止」「男女別」という厳しい制約があり、こうした交流活動を行うのは容易なことではないだろう。しかし、自ら積極的に活動を始めたいと考える学生が出てきたことは、この「若者王国」の明るい未来を感じさせるに十分ではないだろうか。

 宗教が生活の中心である国サウジアラビアで学生達と向き合い続けた3年間は、筆者にとって毎日が新鮮な驚きと発見の連続であった。「誕生日はいつですか」「分かりません」「兄弟は何人ですか」「13人です」という日本語の教科書では有り得ないエピソードが満載の日々。サウジアラビアには誕生日を祝う習慣がないため、自分の誕生日を覚えていない学生が多く、もちろん誕生日を祝うこともない。大家族のため10歳以上年が離れた兄弟がいるのが普通で、上の子が下の子の面倒を見るという、かつての日本でよく見られた家族の風景がここにある。

 残念ながら、日本語専攻科の規模は年々縮小の傾向にあるが、そんな逆境の中でも学生達と一緒に考え模索しながら日本語教育に携わることができた。これも、「アッラー」の思し召しだったのだろう。

派遣先機関の情報
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
キング・サウード大学は、1994年に言語翻訳学部に日本語講座が開設された。今のところ湾岸諸国の中で唯一、日本語専攻の学士号が取得できる教育機関であることから、湾岸諸国、ひいてはアラブ諸国における日本語教育の中核を担う役割を期待されている。また、同大学日本語講座は、言語翻訳学部の中に位置づけられていることから、日本語を通して全般的な日本理解を深めるというよりは、翻訳や通訳など実務的な人材育成を主眼としていることも特徴のひとつである。日本語教育専門家は日本語講座での日本語授業担当、カリキュラム・教材作成に対する助言を行う。
ロ.派遣先機関名称 キング・サウード大学
King Saud University
ハ.所在地 P.O.Box 87907, Riyadh 11652, Kingdom of Saudi Arabia
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
言語翻訳学部 アジア言語学科 日本語専攻
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   日本語コース:1994年
専攻:1993年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1993年
(ロ)コース種別
専攻(学士号5年、ディプロマ3年)
(ハ)現地教授スタッフ
常勤2名(邦人1名、エジプト人1名) 助手1名(サウジ人)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   第1-第10レベル 全16名
(半年毎にレベルが上がる) 
(2) 学習の主な動機 日本への憧れ、アニメ、留学、日系企業への就職
(3) 卒業後の主な進路 日系企業就職、一般企業就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級ー3級程度
(5) 日本への留学人数 なし

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