世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 弁論大会での学び

キング・サウード大学
佐藤修

サウジアラビアは世界一の石油埋蔵量を誇るエネルギー大国で、日本にとって最大の原油供給国です。そのため両国では、経済面だけでなく文化面でも関係強化が求められていて、ここキング・サウード大学でも学生たちが日々、日本語を主専攻で学び、今後の両国の架け橋となるべく頑張っています。  本稿では、そんな学生たちについて、弁論大会での学びに焦点を当ててご紹介します。

第6回サウジアラビア日本語弁論大会

教室ではいつも笑いが絶えませんの写真
教室ではいつも笑いが絶えません

在サウジアラビア日本国大使館主催のこの大会に、出場することになった3年生4名は全員、前年に一年弱の留学経験がありました。そこで、日本にいる間に自分が生で感じた体験を、生き生きと伝えられるようなスピーチを目指すことにしました。オンライン検索によるコピペ、盗作が容易な時代だからこそ、「生きた経験」を表してもらいたいと考えています。

そのために3か月近く前から準備を始め、まずは「日本で一番嬉しかったこと」や「困ったこと、嫌だったこと」、「不思議に感じたこと」といった題で、具体的なエピソードを語ってもらうことから始めました。

彼らの口から一番に出てきたのは、電車に乗るのに苦労したという話。サウジには鉄道が一路線しかなく、生徒たちは誰も電車に乗ったことがなかったからです。満員電車に圧倒されて乗れなかった、駅の中で道に迷ってしまった等々、失敗談が続出しました。

印象だけの断片的な話を掘り下げていく

次に、各人の話のそれぞれに質問を重ねていきます。ここで具体的に、生徒の一人、ファハド・アルカハターニさんの原稿作りを取り上げて見てみましょう。彼の話の中では、「転んだおばあさんを見たので、すぐ駆け寄って助けた。そのとき、すぐ近くに三人組の日本人の若者たちもいたのに、彼らは何もせず行ってしまったので腹が立った」という話が興味深く展開していきました。

私:「彼らは、どうして何もしないで行ってしまったんだろう?」

ファハドさん:「自分のことしか考えない人たちだったから。日本人は皆冷たい。」

私:「日本人は皆冷たい?」

ファハドさん:「うーん、いや、みんなではないですね。」

私:「他の人にも、どうしてだと思うか聞いてみたらいいんじゃないかな?」

SNSで人的リソースも活用

クラスメートと話し合うだけでなく、ファハドさんはFacebookで日本人の友人たちにも質問してみました。すると、その反応の中に「何もしなかったのは、三人だったからではないか」という意見がありました。一人でいたらおばあさんの手助けをしに来ていたかもしれないけれど、三人でいたので周りの目を気にして自分ひとりだけ何かするのは躊躇われ、何もできなかったのではないかというものです。

私:「これは、どうしてだと思う?」

ファハドさん:「わかりません。うーん」

最終的にこのときは、一見ばらばらな他の素材と関連付けてみました。以前、授業中に脱線した際に説明した「空気を読む」という話と、ファハドさんの他の話のひとつ「電車のドアに挟まれて皆に見て見ぬ振りをされたとき、声をかけてくれた人がいて嬉しかった」というのがつながりました。

出来上がったスピーチの動画はこちら(YouTubeTudou)です。

推敲を重ねていく

こうした活動は、もちろん時間がかかります。決して効率が良いとは言えないでしょう。何もかも自分でやって、ぱっぱと終わらせてしまいたくなります。しかし、そこをぐっと我慢。同じ直すにしても、生徒にとっては一方的に与えられるのではなく、自ら少しずつ推敲し、加筆修正していく中でこそ学びがあるのでしょう。それは言わば共同作業。引き出す側に技量が、生み出す本人に根気強さが問われます。

同時にスケジュール管理も必要です。発音や話し方の練習もしなければいけませんので、進捗状況を見ながら、期間内に出来たところまででまとめます。ファハドさんの原稿では、「一人でいたら動いていたかもしれないが、周りの目を気にしてできなかったという経験や、それに似たことが自分にもないか」といった問いで、更に掘り下げていくことはできませんでした。

結果より過程での学び

出場者全員の記念撮影の写真
出場者全員の記念撮影

そうして準備を整えて迎えた大会当日、生徒たちは皆、練習同様素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。ファハドさんは緊張気味で、練習のときのキレはありませんでしたが、ユーモアたっぷりの話し方は何度も会場を沸かせていました。

さて、気になるその結果は、……選外。残念でしたが、他の出場者の方が良かったのでしょう。頑張ったからといって必ずしも毎回結果がついてくるわけではありません。しかし、この弁論大会に出場する過程で学んだことや得た自信は、絶対に彼の成長につながっているはずです。

以上、弁論大会の準備を例として生徒の学びについてご紹介しましたが、学びがあるのは私も同様です。これからも、生徒たちの学びに付き添って、ともに学び続けたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
King Saud University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
キング・サウード大学では1994年に日本語講座が開始された。1998年に開設された日本語専攻課程は、日本語学習を通じた全般的な異文化理解教育に止まらず、通訳や翻訳といった実務的かつ高度な運用能力を育成すべく、コースがデザインされている。また、湾岸諸国で唯一、日本語専攻の学士号が取得できる教育機関であることから、湾岸諸国、ひいてはアラブ諸国における日本語教育の中核を担う役割を期待されている。日本語専門家は日本語講座での授業担当、カリキュラム・教材作成に対する支援、現地教師に対する助言などを行う。
所在地 P.O.Box 87907, Riyadh 11652, Kingdom of Saudi Arabia
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
言語翻訳学部 近代言語学科 日本語専攻課程
日本語講座の概要
沿革
  講座(業務)開始年 1994年
  国際交流基金からの派遣開始年 1993年
 
コース種別
  専攻
 
現地教授スタッフ
  常勤3名 (エジプト人2名、サウジ人1名)
学生の履修状況
  履修者の内訳 主専攻で各年生4-13名
  学習の主な動機 日本への憧れ、留学、日系企業への就職
  卒業後の主な進路 日系企業や現地企業への就職、大使館勤務、留学
  卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N2を受験可能な程度
  日本への留学人数 毎年5名程度

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