世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) チリ、サンチャゴ大学より


サンチャゴ大学
小松知子

日本から北米経由で30時間近く移動し、ようやく到着する南米大陸の太平洋岸にあるチリ。その首都サンチャゴにある大学で約170人もの学生が日本語を専攻していると聞いて驚かない日本人がいるだろうか。南米の中でも日系人社会の存在で身近に感じられるブラジルやペルー、アルゼンチンなどと比べ、日系人の少ないチリは日本人にとって非常に馴染みの薄い国ではないかと思う。そして同様に、この国にとっても日本は遠い東洋の国である。サンチャゴの街中で日本人どころかアジア人に出会うことはめったにない。すれ違いざまに「チニータ(中国人)」と声かけられるほど珍しい存在なのである。しかし、サンチャゴ大学は別である。他大学に留学に来ている日本人学生まで集まってくるような親日的な雰囲気があるのだ。日本語を学ぶ学生達がいるからだ。

3年生の学生たちの写真
3年生の学生たち:
日本の援助で建てられたLL教室で

サンチャゴ大学は、階級社会の残るチリの中で労働者階級から中流階級まで幅広い層を受け入れる国立総合大学として150年の歴史を持つ大学である。もともと技術専門学校として創立したこともあり、人文学部において言語は文学よりもむしろ教員養成や翻訳の技術として捉えられているようである。それで、当課程は「日本語課程」ではなく「翻訳課程」である。日本語講座は1993年から外国語選択科目として開かれていたが、1995年に国語(スペイン語)と英語・日本語の二外国語を同時に学ぶ課程として開設された。2000年からはポルトガル語が加わり、1、2年次には国語と三外国語を学び、3年次に日本語かポルトガル語を選択するシステムになった。(チリの大学は5年制)

当地に初めての日本語教育派遣専門家として赴任し、まずは現地事情を把握することを最優先している。現在は大学の関係教員をはじめ、在校生、卒業生、日本留学経験者などから話を聞かせてもらっているが、今後、卒業生を受け入れた企業なども訪問したいと思っている。また、当大学以外に日本語講座を常設している機関は、日智文化協会の一般講座だけなので、協会の活動(弁論大会、文化祭など)への協力や先生方との勉強会、その他大使館文化事業への協力も予定している。

PL大学の授業は、現在(2002年度前期)3年生の「漢字」と4年生の「日本語」を担当している。日本人の先生方ともスペイン語で話すことに慣れていた学生達は、最初の頃は日本語で話すのを非常に恥ずかしがったが、じきに日本語での授業にも慣れ、教室の外でも一生懸命日本語で話そうとするようになった。ときどき休み時間に売店で通訳をしてもらったり、ケータイの使い方や学生ストについて尋ねたりすると、簡単なことばも思い出せず大騒ぎである。しかし、下級生が詰まっていると上級生が横から助け舟を出してくれたり、売店のおじさんがひどく感心してくれたりする。そんなささやかな、でも生きたコミュニケーションで学生達は自信をつけていく。日本語が「勉強することば」から「生きたことば」になっていく。

4年生の学生たちの写真
4年生の学生たち:みんなでチーズ!

授業以外の主たる業務であり、今回の最重要任務は、日本語カリキュラムの見直しである。前述の通り、現行のカリキュラムでは、英語とポルトガル語を同時に学んでいるのだが、同時間数を平行して学ぶことになっている。初等中等教育機関で6~8年勉強し映画テレビ等で耳にすることも多い英語や兄弟語であるポルトガル語とは比較にならないくらい異なる言語である日本語をゼロから始めるにもかかわらず、である。そのため、学生達は十分な日本語の基礎力のつかないまま「翻訳」や「通訳」といった科目を受けなければならない。教える側も建前と現実とのギャップに悩んでいる。

また、「翻訳」以外の授業でも、スペイン語による説明と辞書を使った読みと翻訳が中心となっており、会話や聞き取りの力がなかなかつきにくい。学生の将来の可能性を考えると、翻訳の力だけではなく、ある程度「使える日本語力」が必要だろう。

そこで今、世界の大学の翻訳課程の情報収集をしながら、他の日本語スタッフと協力し合って、過去のデータの整理や学生の希望・評価の調査をしつつ、カリキュラムの見直しに取り組んでいるところである。日本語のカリキュラムの見直しには、日本語教師間の意思疎通だけでなく、他言語の先生方とも十分に話し合い、日本語という言語の特性を理解してもらうことが不可欠である。時間もかかり困難も多いが、各科目各技能の目標や問題点をじっくり話し合うことができ、非常に有意義な機会となっている。

日本とチリはたしかに遠く離れているが、太平洋を挟んで対岸にあり、アジアと中南米の架け橋となる位置にある。しかも、チリの後ろには大きなスペイン語圏が控えているのである。当課程はスペイン語圏では唯一の日本語専攻課程なので、将来、近隣国から留学生が日本語を学びに来る可能性もあるだろう。これからの可能性は果てしない。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
及び業務内容
チリにおいて日本語教育を常設している2機関のうちのひとつであり、唯一の高等教育機関である。学部における当課程の人気は年々高まり、希望者が増加した結果、入学者のレベルが高くなっている。開設から7年目であり、卒業生はまだ3期しか出ていないため、将来性や国内における影響力などは未知数である。しかし、中南米スペイン語圏で唯一の日本語専攻課程であることから、チリ国内のみならず中南米における日本研究者、知日家を育成する重要な拠点として在チリ日本大使館をはじめ各方面から注目され、重要視されている。専門家は日本語講座での日本語教授、カリキュラム・教材作成に対する助言、現地教師の育成等を行う。
ロ.派遣先機関名称 チリ、サンチャゴ大学
University of Santiago of Chile
ハ.所在地 Avenida Libertador Bernardo O'Higgins 3363, Santiago, Chile
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
人文学部言語文学学科翻訳課程
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   選択:1993年    
専攻:1995年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 2002年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤2名(うち邦人2名) 非常勤3名(うち邦人2名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1-2年各50名、3年18名、4年24名、5年25名
(2) 学習の主な動機 就職、日本への憧れ、大衆文化(マンガ・アニメ)への興味
(3) 卒業後の主な進路 日本大使館、日系企業、一般企業、語学学校への就職等
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験3~2級
(5) 日本への留学人数 毎年2~3名程度

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