世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 青年日本語教師として何ができるのか ~この10か月をふりかえって見えてきたこと~

吉林省教育学院
中新井綾子

朝鮮族中学2年生の日本語の授業の写真
朝鮮族中学2年生の日本語の授業

 青年教師として2002年7月吉林省教育学院に派遣され、早くも10か月が過ぎた。地域のアドバイザー的なことが任務であるが、派遣されてみると具体的な仕事はなく、同僚から仕事はこれからゆっくり探していきましょうという返事をもらった。こうして始まった吉林省でのこの10か月を振り返ってみる。

第一外国語として日本語を学ぶ中高校生

中国の日本語学習者数は24万人、そのうちの半数が中高校での学習者であり、ほとんどは東北三省と内蒙古自治区に集中している(注1)。そのなかでも吉林省の学習数は2002年時点で5万人と群を抜いている。2002年6月時点で省内で日本語教育を行っている中高校は132校、うち106校(80.3%)が朝鮮族中学である。学習者の多くは第一外国語として日本語を勉強している。

中高校で日本語教育が盛んになった主な理由は以下の三つである。

(1) 英語教師が不足していた反面、日本語ができる人材が豊富だったこと。
(2) 朝鮮語・蒙古語母語話者にとって日本語は母語と似ているので習得しやすいこと。民族中学(注2)に通う生徒は二つの言語(母語と漢語)を学習しているため、外国語科目として負担の軽い日本語を選択することが多い。
(3) 吉林省統一高校入試で日本語とロシア語選択者には優遇措置があること。
第一外国語としての日本語教育の大きな特徴は、高校入試・大学入試のために日本語を勉強しているということがあげられる

日本語教師の背景

満州国時代に日本語を学んだ世代の教師が退職し、現在は30代の教師が活躍している。しかし、大学で日本語を専攻した教師は少なく「大学の専攻は政治でした」とか「5年前まで朝鮮語を教えていました」という話をよく聞く。また、流暢な日本語を操る教師から簡単な会話をするのも困難だという教師まで、教師の日本語能力もさまざまである。

日本語教育の今後

近年、中高校での日本語学習者数、教育機関数はともに激減し続けている。その理由は①英語の生徒のみ募集する大学が増えて日本語の生徒の進学先が狭められてしまっていること、②IT化に伴い英語重視の風潮があること、③小学校で英語教育が始められつつあることがあげられる。

その厳しい現状の中、各学校で日本語の生き残りのためにさまざまな取り組みが行われている。中には日本語を特色とした学校づくりを模索している学校もある。第一外国語としての日本語教育の主な動きを以下にあげる。

(1) 第一外国語が日本語の生徒に、第二外国語として英語も勉強させる。
(2) 日本の日本語学校や大学と提携し、高校卒業後の日本留学への道を開拓する。
(3) 英語と日本語の両方を第一外国語として勉強するクラスを一学年に一~二クラス限定でつくる。外国語を同時に二つ学べるので人気が高く選抜試験を実施する学校もある。

第二外国語としての日本語教育の動きはまだまだ少ない。激しい受験戦争で生徒の負担は相当重く、英語の勉強だけで精一杯というのが現状である。

青年教師としての活動

教育学院日本語資料室での自主活動の写真
教育学院日本語資料室での自主活動

青年教師は初級中学の教育研究を行う部門に所属している。各科目に教研員がいて、青年教師は日本語教研員とともに活動を行っている。教研員の職務は(1)教材作成や研究論文の執筆、(2)省統一高校入試問題作成への協力、(3)論文発表会や研究授業等の教師研修などである。

派遣後の10ヶ月間は巡回指導や日本語教育相談室と日本語資料室運営などの活動を通して、現状把握に努めてきた。その中で、教科書以外の教材がない、わからないところがあっても聞く相手がいない等に代表される現場の教師の悩みに応える活動を行うとともに、啓蒙的な活動を意識して行っていく必要性を強く感じた。

初級中学では2002年9月から新指導要領に基づいた新教科書が全科目で使われる。日本語も教師主導型から学習者中心へ、知識習得からコミュニュケーション能力養成への転換が求められている。それらを踏まえた教師研修は欠かせない。具体的には全省巡回授業コンクールへの協力、年に数回の省内数か所でのミニ研修会の開催などを予定している。また、今学期から日常的な研修として青年教師が現地教師とともに授業を担当する形式の巡回指導を実験的に始めたが、来学期はそれを拡充させる。研修会などは比較的規模が大きく「大」、一回と限られた「点」の活動活動とすると、日常的な巡回指導は「小」「線」の活動と考えられ、それらを組み合わせていく。また、ニュースレターの発行、聴解教材等の教材開発にも引き続き携わっていく。

省機関派遣だからこそできること

吉林省の面積は日本の総面積の二分の一にも相当し、移動時間が10時間以上かかる出張先も多い。

省教育学院の下部組織として地域に教師進修学校があり、そこにも教研員がいる。省の教研員は研究や省レベルの会議を主催することなどが多く、あくまでも守備範囲は省全体である。それに対して、地域の教研員は普段から現場の教師たちの顔が見える距離で仕事をしている。

赴任してしばらくは省の大きさに圧倒され、かつ省機関にいては現場の様子が見えにくいことから、活動するのに大変やりにくいと感じていた。

先学期、派遣先が出版した中学生復習問題集の編集に青年教師が協力することになった。高校入試は省統一試験であり、青年教師の同僚である省教育学院の教研員が大きく関わっている。これまでの入試の聴解問題は改善が必要な点が多く、同僚と相談して新しい形式で復習問題集を作成した。出版後、同僚が編集に関わっていることもあり、多くの学校から「今年の聴解は形が変わるのか」という問い合わせが来た。そして実際に4月の長春市内中3統一模擬試験の聴解問題は、同僚と私が作成した形式で出題されており、復習問題集が実際の試験へ影響を与えているのを知った。その時「今の日本語教育が試験のための日本語であったとしても、その試験を少しでもいい方向に変えていける立場にある同僚と共に仕事をしているんだ」ということに気がつかされた。省機関に派遣されたからこそできるダイナミックな活動があることを痛切に感じ、かつ責任の重さも改めてかみしめた。

自分の居場所と自分の時間

先学期は状況把握に終始していたが、今学期にはいってようやく「何が必要とされているか」「自分に何ができるのか」がみえてきて、試行錯誤を繰り返しながらも新たな活動を始めている。

自分で自分の居場所を見出し、そして自分で自分の時間を組み立てていく。先学期の「もどかしさ」と「プレッシャー」が、今では「おもしろみ」と「やりがい」に変わったように思う。

注1: 1998年国際交流基金海外日本語教育機関数調査による。東北三省とは遼寧省、吉林省、黒龍江省の三省をさす。
注2: 朝鮮族中学や蒙古族中学などを民族中学といい、民族語で授業を行っている。
注3: 初級中学、高級中学はそれぞれ日本の中学、高校に相当する。


派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 中国には基金北京事務所に日本語教育アドバイザー1名を派遣しているが、広大な国土を有する中国で日常的な支援を行うためには地方に駐在する必要があるため、中等教育で日本語教育が盛んな東北三省のうち、吉林省、黒龍江省の教育学院(初中等教師研修等の事業を行う公的機関)に2001年より青年教師を派遣している(2002年7月からは遼寧教育学院にも派遣開始)。青年教師は省の教研員(日本の指導主事に相当)と協力しながら、機関訪問を通じた情報収集、巡回指導、教師研修会・セミナーの開催、コンサルティング、ニューズレターの発行を行うほか、勉強会に出席する等により、省内教師のネットワーク形成支援を行っている。
ロ.派遣先機関名称 吉林省教育学院
Jilin Institute of Education
ハ.所在地 中国吉林省長春市人民大街173号
ニ.国際交流基金派遣者数 青年教師:1名

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