世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 「隙間産業」的日本語教育アドバイザー

香港日本語教育研究会
林 敏夫

1.隙間産業?

British CouncilGoethe-Institutは、直接語学学校を経営しており、特に前者は香港に世界最大のランゲージセンターを有している。これに対し、国際交流基金は、約3万数千人(2007年報告者調べ)の日本語学習者を有する香港に対して、アドバイザー型の派遣ということで日本語教育専門家を1名派遣しているのみである。この日本語教育アドバイザーの業務は、近年、多岐にわたるようになっており、むしろそうした業務を積極的に「隙間産業」的に位置づけていくことが、今後の日本語教育の発展を考える上で重要な意味があるのではないかと思っている。

「隙間産業」という言葉は、「既存の商品や販売法のすき間を縫うようにして売り上げを伸ばそうとする産業。ニッチ産業。」(『大辞林』第3版、2006年)と、辞書にも登場するようになったが、日本語教育における「隙間産業」的な部分を考える際には、(1)ネットワーク、(2)ソフトパワー、(3)教師研修、(4)マルチメディア、等がキーワードとなる。既存の教育機関、教材、教授法の「隙間」をターゲットとすることも大切であるが、一方で、これらの供給サイドと学習者との「隙間」に注目することが殊に意義深いのではなかろうか。

2.劇的な変化

2004年6月に香港に着任して以来、国際交流基金日本語教育専門家として日本語教育アドバイザーの業務を担当してきたが、着任当時、3年間でこれほど大きな変化が香港・マカオ及び中国華南地域の日本語教育界で起こるとは想像すらできなかった。おそらく歴史を振り返っても、この3年間に匹敵する劇的な変化は、かつてなかったことではないかと思うほどである。この変化は質・量の両側面を伴っている点で特筆に値するのであり、そうした変化を、身をもって体験できたことは望外の喜びでもある。

まず、量的な変化ということでは、日本語学習者数及び日本語能力試験受験者数の急増という現象が、トップに挙げられる。国際交流基金の2003年度の調査では、香港・マカオの日本語学習者数は18,649名であったが、2006年度は倍増に近い大幅な増加傾向が見られた。一方、日本語能力試験の受験者数も2003年が6,375名であったのが、2006年は12,221名という増加ぶりである。香港・マカオ地区以外の具体的なデータは持ち合わせていないが、隣接の中国華南地域の大学を訪問すると、この3年間に新設された日本語学科も多く、既存の日本語学科でも年々確実にクラス数を増やしている。

こうした変化の背景には、日本語以外の面において、日本との間での人的な交流の活発化という現象があるのではないか。この面では、2004年4月より香港人の日本への短期滞在の査証が免除となり、日本へ旅行しやすくなったということがある。日本を訪れる香港人は年間60万人に達し、海外からの観光客の10%を占めている。リピーターも多くなり、片言でも日本語を話したいという意欲が高まっているように思う。

3.日本語学習者の低年齢化

このような量的な変化に対して、質的な変化ということでは、香港地域の日本語学習者の低年齢化という現象が挙げられる。これまでの香港の日本語教育は、大学生を含めた成人教育がほとんどであったが、この3年間に、小中学校の課外活動、民間日本語学校の小中学生向けコース、さらに専門学校レベルのディプロマ・コース等が次々に誕生し、「香港中高生日本語スピーチコンテスト」もすでに3回実施された。このコンテストの審査員を第1回から担当したが、年毎に確実にレベルが高まっていることがわかる。

この質的な変化の背景には、やはりゲーム、アニメ、ドラマ、J-POP等を中心とする日本のサブカルチャーの影響が大きく作用している。最近の3年間に限定して考えると、むしろ「韓流」の席捲が大きな話題であったが、日本のサブカルチャーはそのような中にあっても確実に浸透していることが明らかである。一方で、2012年より中等教育の統一試験の外国語科目に日本語が導入されることが2006年9月に発表されたことから、中等教育レベルでの日本語教育は、これからさらに大きな展開を見せることになるであろう。

4.日本語教育アドバイザーの仕事

広西大学第3回日本文化祭での茶道の講演の写真
広西大学第3回日本文化祭での茶道の講演

こうした大きな潮流の要所々々に関わりながら、香港・マカオ及び中国華南地域の日本語教育の発展に良かれと思って、自分なりの仕事はしてきたつもりであるが、いま、思い返してみると、この日本語教育アドバイザーの仕事というのは、「隙間産業」的なものだったのではないかという印象が強い。一つの教育機関に所属せず、自由度が確保されているために、様々な教育機関を渡り歩き、範囲的にも中国華南地域や西安・済南・北京、さらには諸外国を訪れ、情報交換を行なう。また、在香港及び在広州の日本国総領事館と協力して、小学生から社会人までのあらゆる段階に対応した日本文化紹介を推進する。

香港電台でのラジオ番組「日語自遊行III」の収録風景の写真
香港電台でのラジオ番組「日語自遊行III」の収録風景

和服着用・茶道具携行で、数百名の学生を相手にたった一人で伝統文化を紹介するということも度々実施した。日本語教育の大学院コースが誕生するとあれば、惜しみなく支援し、そこから洩れてしまうような教師研修にも協力しながら、直接法の考え方を広めていく。また、マルチメディアの日本語教育という新しい分野に積極的に関わり、ラジオ番組とWebサイトの効果的な組み合わせによるeラーニングの展開(2007年6月より『日語自遊行III』がスタートhttp://www.rthk.org.hk/elearning/gogojapan3/)については、対外的な紹介にも努める。等々。

実は、こうした「隙間産業」的な分野は、今後の日本語教育においてかなり重要な役割を果たすことになるのではないかと密かに考えている。学習目的から見た場合、8割以上が趣味で日本語を学習している香港と、ほとんどが就職のために学習している中国大陸との大きな違いというものが看取できるが、その狭間に立ちながら、むしろ「隙間」部分に注目していくことで、これまで見えなかった日本語教育の新たな方向性が見えてくるのではなかろうか。

東アジアの一地域における限定的な経験とはいえ、こうした「隙間産業」的なアドバイザー業務という認識は、日本語教育アドバイザーという一個人の業務範囲を超えて、教師会のあり方やネットワークの将来的な展開を考えていく上で、大きな示唆を与えてくれる。国により、あるいは教育機関により、それぞれの伝統を有する世界の日本語教育界においても、こうした認識の共有が新たな日本語教育の展開につながっていくことを期待する次第である。

派遣先機関の情報
イ.遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金は1973年より在香港日本国総領事館広報文化センター日本語講座に日本語教育専門家を派遣してきたが、2000年2月、同講座は香港日本文化協会に移管された。その後、2006年1月より専門家の派遣先が香港日本語教育研究会に変更された。当該専門家は日本語教育アドバイザーとして、香港及びマカオの日本語教育機関に協力して日本語教育の推進を行なうほか、教師研修やネットワーク形成促進を行なっている。また、香港日本文化協会日本語講座にも教務面で協力している。さらに、中国華南地域の日本語教育に対しても様々な形での協力を行なうなど、その活動範囲は拡がりつつある。
ロ.派遣先機関名称
Society of Japanese Language Education, Hong Kong
ハ.所在地 Rm702, 7/F, Tai Sang Commercial Building, 24-34 Hennessy Road, Hong Kong
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家:1名

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