世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 香港のアドバイザーの仕事

香港日本語教育研究会
木山登茂子

ユニークな言語環境と身近な日本を感じながら

香港の公用語は、英語と中国語です。一般に広く使われているのは中国語の一つで、大半の人の母語である広東語です。教育制度の中では、書き言葉としての普通話(中国語の標準語)と英語、および話し言葉としての普通話、広東語、英語が使えるようになることを目指す「両文三語政策」が実施されていて、幼稚園から母語以外の二つの言語教育が始まります。

このような制度が実際の言語使用場面とどのように結びついているか、ひとつのエピソードをご紹介します。香港に赴任して間もない頃にわたしはある教育機関の日本語の先生の採用試験に面接官のひとりとして参加しました。面接試験委員会は、その機関の代表のAさん、日本語コースの責任者のBさんと、わたしの3人で構成されました。AさんとBさんの母語は広東語で、受験者は広東語母語話者と日本人の先生たちでしたが、この面接試験は主に英語を使って進められました。資料も英文で書かれたものでした。受験者の中に英語よりも普通話のほうが得意な人が何人かいました。すると、面接は普通話に切り替わって進められました。AさんとBさんの相談も普通話になります。わたしのためにBさんが日本語で通訳をしてくれました。わたしが受験者と日本語で交わしたやりとりは、日本語のわからないAさんのためにBさんが英語で通訳しました。面接官3人の相談は英語で行なわれました。AさんとBさんの間の会話はそのときの文脈によって自然に英語や普通話、広東語に切り替わりました。わたしは、このとき「両文三語政策」を肌で感じたような気がしました。こういう言語環境は、世界の中で香港以外のどこにもないのではないかと思います。

街に目を転じてみると、地下鉄の駅のそばには寿司屋、ラーメン屋を含む日本食のお店があり、地元のスーパーやコンビニエンスストアの棚には日本のお菓子が並び、病院の待合室のテレビでは日本のアニメの広東語吹き替え版が掛かっていて、地下鉄に乗れば日本のゲーム機で遊んでいる子どもや、かばんに日本のキャラクターストラップを下げた若者が目に入り、ミニバスに乗れば運転手さんのラジオから日本語の歌が流れてくることもめずらしくありません。香港の生活から日本に関係のあるものを一切取り除いてしまったら、在住日本人ではなく香港の人々がパニックを起こしてしまいそうです。日本はそれほどまでに香港の人々にとって身近な国だと言えます。

日本語教育アドバイザーの活動

わたしは現在「香港日本語教育研究会」(以下、研究会)というNPO法人のオフィスに毎日通い、研究会の推進している事業をサポートするほか、外部機関からの個別の依頼に応じながら香港の日本語教育がバランスよく成熟することを願って活動しています。香港での日本語教育事業を展開する際、上に述べた言語環境と日本との距離感はいつも念頭においておかなければならないことだと感じています。今年度は、香港の日本語学習者はどんな目的で学習しているか、どんな日本語を使っているか、日本の何に関心をもっているかなどを調査する予定です。

今、香港の日本語教育で一番大きなニュースは、2009年に日本の高校にあたる後期中等教育に入学した生徒たちが、大学に入学する2012年度の統一試験から選択科目のひとつとして日本語が採用されることになり、2009年9月からそのための日本語の授業が始まったことです。試験にはCambridge International Examination AS Levelが採用されることになりました。口頭発表やトピック作文を含むこの試験が採用されたことに対してレベルが高すぎるという判断を下すこともできますが、長い目で見たときに日本語が中等教育の正規の科目として香港政府に認知されたことの意味は大きいと思われます。わたしはこれを好機と捉え、研究会が実施する中等教育の先生方のための研修をサポートしていきたいと思っています。

食べる前はもちろん「いただきます!」の写真
食べる前はもちろん「いただきます!」
只今教育実習中の写真
只今教育実習中

この写真は、日本総領事館が行なっている中高生のための日本文化活動の一コマです。この日は日本式のカレーライスと温泉まんじゅうを料理専門家から習って作りました。先生方のための研修が、ひいては日本の食べ物やアニメが大好きな香港の中高生の視野を広げ将来の可能性を開くものであるように、社会的状況を踏まえて研修の内容を策定していこうと考えています。

この写真は、2003年から研究会で実施されている教師研修の一コマです。こちらは、教授経験のない、あるいは、経験の浅い先生のための研修です。9月から5月までの毎週土曜日に教育実習を行なっています。研修参加者は日本語母語話者と非母語話者が半数ずつ。学習者は日本語を話す練習がしたいボランティアの人たちです。絶妙のチームワークでボランティアの学習者のみなさんの日本語力も徐々に伸びてきました。

わたしは日本語教育アドバイザーとして多様な現場に直接関わりながら、これからも自分の役割を見極めて活動を続けたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Society of Japanese Language Education, Hong Kong
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金は1973年より在香港日本国総領事館広報文化センター日本語講座に日本語専門家(以下、専門家)を派遣してきたが、2000年2月、同講座が香港日本文化協会に移管されたため、2001年7月からの専門家派遣は同総領事館の日本語教育アドバイザーとしての派遣となった。2005年、香港日本文化協会内にあった香港日本語教育研究会(以下、研究会)の事務所設立に伴い、2006年1月より専門家の派遣先を研究会に変更した。日本語教育アドバイザーとして当該専門家は、香港・マカオ・中国華南地域の日本語教育機関に協力して日本語教育の支援を行なうほか、教師研修やネットワーク形成促進に努めている。
所在地 Rm701-2, 7/F., Marina House, 68 Hing Man Street,
Shau Kei Wan, Hong Kong
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2006年

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