世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)現地機関との協働による教師研修と研究叢書の発行

国際交流基金北京日本文化センター
平田好・鈴木今日子・清水美帆

世界一の人口13億人を擁する国・中国における日本語学習者は100万人を越え、日本の約25倍の国土にて約1万6千人の日本語教師が活躍しています。(2012年度国際交流基金調査)。この広さと人数を対象として活動をする国際交流基金日本語専門家(以下、専門家)は、国際交流基金北京日本文化センター(以下、北京日本文化センター)に派遣されている3名のみです。専門家ひとり当たり、学習者30万人以上、教師5000人以上を対象としています。他の国・地域とは比べものにならない規模や状況と言えるでしょう。そのようななか、私たちが行う日本語教育事業は、現地機関との協働や共催によるものが少なくありません。今回は、主要な連携・共催機関との協働、特に高等教育分野でのプロジェクトを紹介します。

1.「教師の専門性の発展」研修プロジェクト

第1回「教師の専門性の発展」研修会の写真
第1回「教師の専門性の発展」研修会

2013年、中国日本語教学研究会では「教師の専門性の発展」をテーマとする研修プロジェクトが5カ年計画で始まりました。そのプロジェクトチームに私たちが加わっています。これは高等教育機関への日本語教育支援を考えていく上で重要なステップになったといえます。他の国や地域に比較して高等教育機関に所属する日本語学習者比率が高い中国では、大学日本語教師の専門性発展は今後の日本語教育に大きく関わる課題です。そして、海外における日本語教育への支援には助成のみならず、国際交流基金が蓄積してきた知見の提供が肝要です。今回のケースは、北京日本学研究センター、北京師範大学日本語教育教学研究所との長年の協力関係、信頼関係が基礎になっています。中国の日本語教育において大きな影響力を持つ両機関ですが、教師研修の企画・実施という点では、私たちから提言できることは、まだたくさんあります。2014年11月に開催された第2回研修は、「学習者の学習過程に注目する」というテーマでした。中国と日本からの招聘講演者による講義に引き続き、ワークショップが行われました。全国の60余りの大学から参加した約100名の日本語教師が、各自の教育現場における課題を共有し、学習過程に注目する改善案を考えました。2015年8月開催予定の第3回研修テーマは「日本語学習をどのように評価するか」です。教師の専門性の発展は5カ年で終わるものではありません。その先を見据えながら、日本語教育の発展に直結する本プロジェクトを今後も現地機関と協力して推進していく予定です。

2.『日本語教育基礎理論と実践』叢書の出版

中国には、日本語運用能力がたいへん高い日本語教師が多数います。博士号をもつ方も少なくありません。しかし、日本語教育学が盛んかと問われれば、まだまだと言わざるをえません。日本語関係の修士課程の新設があっても、日本語教育研究コースを設ける大学院は多くありません。日本学関連の学会や論文集をみると、文学、歴史、日本語学、比較文化分野の発表は多くあっても、日本語教育学分野の発表や論文は非常に少ない状態です。その理由は、日本語教育学が学問として確立していないこと、それを専門とする指導教官がいないこと、文献や資料が十分ではないことです。そこで、私たちは中国で初めての日本語教育学分野の概論叢書を企画して、高等教育出版社から出版しました。高等教育出版社は、教育部(日本の文部科学省にあたる)直轄の出版社です。また全国大学日本語教師研修の共催者として、私たちと長年の協力関係があります。本叢書が大学・大学院で活用されるために最適な版元と言えるでしょう。

『日本語教育基礎理論と実践』叢書は、全8巻構成です。2014年3月刊行の『日本語学と日本語教育』、『協働学習理論と実践』に引き続き、教授法、研究方法、日中対照研究などの各巻が順次発行されています。監修者である曹大峰教授(北京外国語大学)、林洪教授(北京師範大学)をはじめとして、編著者は中国の日本語教育学を最先端で推進する教育実践・研究者です。これまでも、教師研修などでいっしょに仕事をして強い信頼関係を築いてきたからこそ、本プロジェクトが実現したと言えます。

教師研修に参加できる教師数には限りがありますが、書籍は誰でも購入することができます。この叢書をきっかけとして、基礎理論を学び、自らの教育実践と理論を結び付けて、授業での問題を発見し、分析、解決していく日本語教育研究者が増えることを切に願っています。

微博(Weibo)の写真
微博(Weibo

北京日本文化センターは中国で長らく日本語教師研修を展開し、日本語教師教育を率先してきました。しかし、今後、中国の高等教育機関における日本語教育研究の質が向上していけば、また現地機関が積極的に教師研修を推進して、研修の質を向上していけば、私たちには新たな役割が求められることになるでしょう。世界最多の日本語学習者がいる国・中国だからこそ、日本語専門家は常に新たな仕事をつくっていくことになります。

*私たちの活動は、随時、中国最大のSNSサイトである微博(Weibo)の下記アカウントより発信しています。
http://weibo.com/jpfbjnihong

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Beijing
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
中国の日本語教育事情についての情報収集のほか、中国各地で教師研修会を実施し、カリキュラム・教材・教授法など日本語教師に対する助言・支援などの活動を行っている。また、教師会など各地の教師の自主研修の奨励、教師間のネットワークの形成への促進活動も実施している。教師研修会には、全国大学日本語教師研修会、全国中等日本語教師研修会、日本語教育学実践研修会、東北三省高校生プロジェクトワーク/観察型教師研修会、地域巡回教師研修会などがある。一般成人及び大学生を対象に『まるごと 日本のことばと文化』を使用した入門日本語講座も開講している。HP以外にSNSを活用して情報発信している。
所在地 #301, 3F, SK Tower Beijing, No.6 Jia Jianguomenwai Avenue, Chaoyang Beijing, CHINA, 100022
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:2名
国際交流基金からの派遣開始年 1999年
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