世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 岐路に立つ韓国の日本語教育

国際交流基金ソウル日本文化センター
林 敏夫・鎌田 牧子・鎌田 美保

1.韓国の日本語教育を取り巻く状況

言語教育が一国の諸制度や政治・経済・社会・文化等の影響を受けるのは当然のことです。そして、2013年度の「世界の日本語教育の現場から」に、韓国のかなり厳しい現状を執筆せざるを得ないのは、こうした日本語教育を取り巻く状況が大きく変化していることによります。

これまで、韓国の日本語教育は、質量ともに世界のトップを走ってきました。それが熱心な学習者と絶え間ない研鑽を目指す教師によって支えられてきたことは言うまでもありませんが、学習者数の面で全体の9割を占める中等教育レベルで、必修の第二外国語として日本語が制度的に位置づけられてきたことがやはり大きかったと言えるでしょう。ところが、この教育制度に大きな変更がもたらされることが2009年に決定しました。ご存じの方も多いと思いますが、韓国の受験競争は非常に厳しいものです。これを少しでも緩和させることと、今後さらに進展するグローバル化に対応するために英語重視の政策が打ち出され、教育制度もそれに応じた変更が加えられることになりました。その結果、第二外国語は、これまでの必修科目から選択科目の一つとして位置づけられるようになったのです。そして、この新たな制度は2011年から実施されました。

2011年は東日本大震災の年でもあります。日本に一番近い韓国は、原発問題にも神経を尖らせていました。旅行者は激減し、日本への留学生も減りました。さらに日本経済の低迷、円高の進行はこれに追い打ちをかけました。領土や歴史をめぐる問題も噴出し、最近の世論調査では、日韓双方のイメージも極端に悪くなっています。また、アニメ、ドラマ、J-POPなども、以前の輝きを失っています。中国の経済成長が著しいことから、中国語への関心が高まっているという事実も見られます。

と、ここまでマイナス要因ばかりを並べてしまいましたが、では、日本語教育を取り巻く環境にプラス要因は見当たらないのでしょうか。

若干の希望としては、2013年に入って円安に転じていることがあります。これにより、旅行者や留学生が戻ってくることは考えられます。また、日本経済の回復は、一方では韓国経済への深刻な影響も憂慮されますが、韓国経済の深部にまで入り込んでいる日韓の経済関係を再認識し、日本語を再び学び始める社会人が増えてきたという話も聞きます。

また、中等教育ではこれまで必修科目であったため、日本語学習に積極的な関心を持たない生徒もかなり存在し、これが大多数の教師の悩みでもあったのですが、選択科目になれば、本当に日本語を勉強したい生徒が集まり、より質の高い授業ができるのではないかとも考えられています。

このように、韓国の日本語教育は、現在、まさに岐路に立たされているのであり、これをいかにサポートしていくのかが、ソウル日本文化センターの最大の課題と言えるでしょう。

2.教師支援

教師研修の写真
センターで行なわれた中等教育機関の教師研修

韓国の先生方は非常に熱心です。中等教育機関の教師は、定められた時間数の専門研修を受講することが義務づけられているのですが、日本語の先生方は、全国16の市道(韓国の行政区画単位)に設けられた「日本語教育研究会」において、自ら研修会を企画するなどして非常に熱心に活動を行なっています。私たち専門家はそこへ出向いて講義やワークショップを行ないます。

2012年度までは、講義やワークショップの内容については、JF日本語教育スタンダードに関するものが多かったのですが、韓国では2015年にすべての教科書がデジタル化されることが予定されているので、今後はeラーニングやデジタル・メディアのツールを活用できるような内容も積極的に取り入れていこうと考えています。

3.学習者支援

日本語学習者数の減少が懸念される中、日本と日本語が本当に好きで、楽しく勉強したいという学習者が多いことも事実です。センターでは中等教育に限らず、あらゆるレベルの学習者を対象にした支援を行なっています。例えば、日本語弁論大会、クイズ大会、演劇大会などへの助成や審査員参加です。2013年度は、さらに全国レベルの大学生のディベート大会も支援していく予定です。

センターを訪問した高校生の盆踊り体験の写真
センターを訪問した高校生の盆踊り体験

また、日本文化に触れたり、日本人と直接交流するような経験が意外に少ないので、私たちが出講したり、センターを訪問してもらったりして、日本語や日本文化を体験できるような活動も行なっています。

学習者支援としては、センターでは2002年より一般日本語講座を開講してきました。中・上級限定ということで10年の実績があるのですが、この講座は2013年前期の時点で13科目16クラスにまで拡大し、さらに今夏からこれまでの休講期間中に新たに短期のコースで3科目を設置することになりました。また、JF日本語教育スタンダード準拠コースブック『まるごと―日本のことばと文化』を使用した初心者向けのパイロット講座の開講も予定されています。

韓国の日本語教育は困難な状況に直面していますが、センターはピンチをチャンスに変えるべく、これまでの実績に立脚しながら、新たな発想でより効果的な支援に取り組んでいきたいと考えています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Seoul
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
韓国の日本語教育全般を把握するため、資料収集、現状調査を行うとともに、教師を対象とした支援を大きな柱とした各種支援を実施する。
具体的には、各種中等日本語教師研修、地方日本語教育研究会への出講及び研究プロジェクトへの協力、中学校および高校への訪問授業等である。また、日本語能力試験1級合格レベルの学習者を対象とする日本語講座を開講している。さらに韓国全土に向けてホームページや電子ニューズレター等の媒体を活用した情報提供も行っており、ソウルと地方の情報格差をできるだけ小さくする努力も行っている。
所在地 Vertigo Bldg. 2&3F
Yonseiro 8-1, Seodaemun-gu, Seoul 03779, Korea
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:2名(嶺南地域担当除く)
国際交流基金からの派遣開始年 2002年
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