世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) てっぺんから裾野まで

国際交流基金ソウル日本文化センター(嶺南地域担当)
岡田 有美子

よく晴れて空気の澄んだ日には海の向こうに対馬が見え、その対馬ではこちらの花火大会の光が見えるというここ釜山。韓国第2の都市であり、かつ日本との距離が近いことから日韓交流の機会も多いこの地に、ソウル日本文化センター嶺南地域担当日本語専門家(以下、専門家)は常駐しています。担当地域は慶尚北道、慶尚南道、釜山広域市、大邱広域市、蔚山広域市で、主に中等教育段階での日本語教育支援を行なっていますが、それ以外にも、日本語教育全般の発展や質の向上に関わる様々な業務を行っています。

中等教育機関日本語教師の悩み

集中研修で先生たちが作成した発表用ポスターの写真
集中研修で先生たちが作成した発表用ポスター

当地でメインとなる業務は、中等教育機関に所属する日本語教師を対象に研修を行うことです。主な研修は、年間に前期と後期15週間ずつ行う「中等教育日本語教師職務研修」と、夏休みと冬休みに5日間連続して行う「中等教育日本語教師集中研修」です。前者は3つのクラスに対してそれぞれ週1回2時間ずつ行う研修で、日本語そのものの向上を目指したり、教授法について考えたりします。後者はテーマを絞ったワークショップ形式の研修で、受講者にはグループ発表などが課せられます。これらの研修に参加する先生方、皆さん熱心ですが、実は悩みが共通しています。

―生徒たちの興味を引く授業をしたい―

もちろん教師であれば、誰でもそう考えますが、特に中等教育機関の先生方の場合は切実なようです。思春期の多感な年ごろ、しかも生徒全員が必ずしも希望して日本語の授業を受けているわけではないという状況。そんな中で先生方はいかにすれば生徒たちが日本語に興味を持って授業に臨んでくれるか、日々頭を悩ませているのです。

確かに中等教育機関を訪問してみるといろいろな生徒がいます。落ち着きのない生徒ややる気のない生徒。そもそも日本や日本語に関心がないのでしょうか。あるいは大学受験の科目ではないので、日本語を学習の対象として重視していないのでしょうか。なるほど先生方の悩みが理解できます。

では、その悩みを解決するために我々に何ができるのでしょうか?残念ながら一瞬にして解決できる魔法の教授法などはありません。実際に現場に立つのは先生方ですので、我々は先生方にアンケートを取ったり話を聞いたりしつつ、なるべく現場のニーズに合った情報を提供したり、先生同士の意見・情報交換の場を提供したりして、間接的な支援を地道に続けているところです。

日本語で活躍する生徒・学生たち

大学生日本語ディベート大会の決勝戦!の写真
大学生日本語ディベート大会の決勝戦!

一方で、同じく機関訪問をした時に、あまり目立たない大人しいタイプの生徒が、先生に当てられてスラスラと日本語で答えた途端、クラスのみんなに「うぉー」と称賛され、一躍ヒーローになっている姿を見たことがあります。また、日本語弁論大会の審査をしていると、堂々と自分の主張や考えを日本語で語りかける高校生・大学生が次々出場してきます。日本・日本語クイズ大会に出向いてみると、日本文化の問題に、あっという間に答えを書いて見せる生徒もいます。上には上を目指す学習者も確かに存在しています。そこで去年、さらなる高みを目指す学生のために、有志の日本人教師が集い、韓国初の大学生日本語ディベート大会を釜山で開催し、筆者もその運営に携わりました。始めは日本語でディベートなんてできるのかと指導する教師たち自身半信半疑でしたが、練習を重ねた末、大会当日には、日本語を駆使し「積極的安楽死」について賛否両論に分かれて見事にディベートを行う大学生たちの姿が見られました。さらに上を目指せば学生はもっともっと伸びるということを実感し、現在は参加校を増やすべく広報をしながら第2回大会の準備を進めているところです。

連携・連続を目指して

このように、当地で日本語教育支援の対象となる学習者は、関心の薄い生徒からディベートをする学生までと多岐に渡っています。楽しくやさしい切り口で導入し、日本や日本語というものに少しでも関心を持ってもらい学習者の裾野を広げる支援から、より正確でより高度な日本語を駆使できる学習者の育成の場や活動の場を提供し、上級学習者のレベルをさらに引き上げる支援まで、同時に行います。それだけ幅の広い学習者の支援に間接的にでも携わることができるのは、日本語教育がある程度成熟した韓国ならではかもしれません。

現在釜山ではJ-GAP韓国(注1)という日本語教育機関の連携を目指した活動が始動しています。これは、それぞれの教育機関では属する学習者の日本語のレベルも背景も違うため、当然抱えている悩みも違うけれど、それらの悩みを共有し、各機関が縦にも横にもつながりを持って連携し、皆で日本語教育を盛り立てていこうという試みです。そのような連携の機運の元、てっぺんから裾野まで、幅広い学習者層が連続性を持ってスムーズに学習が進められるよう、専門家もさらなる努力を続けていきたいと思います。

※注1・・・
Japanese Global Articulation Project」の略。世界各地の日本語教育機関で共通の基準を決め、それを共有することで現状の問題点を解決していこうというプロジェクト。韓国では釜山がそのモデル地域となって活動している。
派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Seoul
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
1988年以来、在釜山日本国総領事館に日本語専門家が派遣され、嶺南地域の日本語教育を支援してきたが、2005年8月より、派遣先はソウル日本文化センター、勤務地は釜山(釜山韓日文化交流協会内)という派遣形態となった。日本語専門家の担当業務は、当地域の中学・高等学校などの韓国人日本語教師を対象とした総領事館内の教室で行われる中等日本語教師職務研修クラス、釜山韓日文化交流協会内で行われる夏冬2回の中等日本語教育集中研修、嶺南地域教育庁及び各中等日本語教師会への出講等である。
所在地 YMCA Bldg.15F 1143-13 Choryang-3dong,Dong-gu,Busan 601-836,Korea
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名(嶺南地域担当)
国際交流基金からの派遣開始年 2005年
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