世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)在韓邦人の力を借りて

国際交流基金ソウル日本文化センター
山口敏幸・小川靖子・柿内良太

1.在韓邦人への教育現場からの期待

日本の外務省によると、韓国に在住する邦人数は、2014年10月時点で36,708名で、国別在留邦人数上位50か国のうちの第10位となっています。また、文科省によると、在韓日本人留学生数は5,533名で、第5位を占めています。

ソウル日本文化センター(以下、ソウルセンター)には、日本語専門家(以下、専門家)が4名在籍し、韓国の日本語普及と促進のための活動を行っていますが、そのうち、3名の専門家は日本語教育アドバイザーとして、韓国国内の中等教育機関や高等教育機関を訪問し、韓国人教師の授業をサポートしたり、日本語教育についてのアドバイスを行ったり、あるいは、生徒や学生に日本文化を紹介したりしています。しかし、特に、数多く寄せられる中等教育機関からの学校訪問の要請には、3名の専門家では十分に応えきれないという現実がありました。そこで、留学生を中心とした在韓邦人の力を借りて教育現場の要請に応えていけないかという検討が行われ、昨年度、在韓「日本語サポーター」事業がスタートしました。

2.在韓「日本語サポーター」事業

在韓「日本語サポーター」事業実施案には、次のように趣旨が書かれています。

幅広い世代の在韓の人材を、国際交流基金ソウル日本文化センター日本語講座にゲストとして招聘し、または韓国内の主として中等教育機関に派遣し、韓国内の日本語教師と学習者の日本語学習のサポーターとして、授業のアシスタントや会話の相手役といった活動をするとともに、教室内外での日本語・日本文化紹介活動等を行ない、韓国の日本語教育を支援する。同時に、サポーター自身も韓国の言語や文化についての学びを深め、韓国と日本の架け橋となることを目標とする。

現在、サポーターには20名ほどの在韓邦人の方が登録されています。交換留学生、大学付属の語学学校で韓国語を学んでいる方、韓国人の配偶者、駐在員の配偶者など様々な方がソウルセンターの呼びかけに応じて力を貸してくださっています。中には、週に何回も参加してくださる「常連さん」もいます。それらの方々の中には、専門家が不得意とする日本の伝統文化に通じた方も多く、学校から茶道体験の要望が来れば、茶道の心得がある方、浴衣の着付け体験の要望が来れば、着付けのできる方が協力してくださっています。専門家にとっては大変心強い存在です。また、大学生のサポーターは、中・高生と歳も近く、互いに親しみを感じながらの日本語でのコミュニケーションは、日本語の先生とのやりとりとはまた違った楽しさがあるようです。一方、サポーター自身にとっても韓国の中高生と触れ合うことで韓国の若者の日常生活や考え方、興味・関心を知ることができ、韓国に理解を深めるいい機会となっています。

日本語サポーター(写真奥)との茶道体験をする高校生の画像
日本語サポーター(写真奥)との茶道体験。
初めての作法に興味津々の高校生

大学生の日本語サポーターと一緒にけん玉に挑戦する様子の画像
大学生の日本語サポーターと一緒にけん玉に挑戦

3.日本語講座のゲスト授業

ソウルセンターでは2002年度から一般日本語講座を開講してきました。2015年度の前期からは、講座の枠組みを大きく変え、ステップアップコースと実践コースの2種類のコースに分けて講座を開講しています。ステップアップコースは、入門から中上級までのレベル別のクラス編成で、聞くことや話すこと、やりとりに重点を置いた授業が実施されています。JF日本語教育スタンダードに準拠した教科書『まるごと 日本のことばと文化』を使用しているクラスもあります。実践コースは上級レベル(B2以上)の学習者を対象に「メディアで学ぶ日本語」、「スピーチ&ディスカッション」、「日韓通訳入門」などの科目を開講しています。こちらのコースは、技能や活動別でクラスが分かれており、受講生は日本語を使った実践を通して能力をさらに高めていきます。

当センターの担当講師の大部分は日本人講師です。しかし、受講生からは日本人講師以外の普通の日本人とも話してみたいという要望が強く、在韓邦人の方を招いて、初級2レベル以上のクラスでゲスト授業を行っているクラスがあります。ここでも多くの在韓邦人の方が活躍しています。このビジターセッションへの参加形式はクラスによって様々ですが、普段の授業とは少し違った形で実施されることが多いです。テーマを決めたフリートークやインタビュー、ディスカッションが大半です。受講生も普段の授業とは少し違った特別な時間を楽しんでいるようです。ビジターセッション後の授業では、日本語学習に対するモチベーションがぐっと高まっているのを感じます。

韓国の日本語教育は、中等教育レベルを中心とした学習者の減少という非常に厳しい現実に直面しています。その最大の原因は、少子化と、教育課程の改訂(注)と言われていますが、こうした、社会状況や国の施策に関わる問題は、すぐに解決できるものではありませんし、専門家個人、あるいはソウルセンターで解決できることでもありません。大事なのは、このような厳しい状況の中、実利的なメリットがなくても、日本語が好き、日本文化が好きというだけで日本語や日本文化を学ぶ人たちがまだまだたくさんいるということです。私たちは、在韓邦人の皆さんの力をお借りしながら、そうした人たちをしっかりと支え、励ましていきたいと考えています。そうした地道な努力が将来的には、状況の好転につながるものと信じています。

(注)2009年に告示された「2009年改訂教育課程」(日本の学習指導要領に相当)が、2011年に施行され、第二外国語科目が必修科目から選択科目に変更された。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Seoul
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
韓国の日本語教育全般を把握するため、資料収集、現状調査を行なうとともに、教師を対象とする支援を大きな柱とした各種支援を実施する。
具体的には、各種中等日本語教師研修、地方日本語教育研究会への出講及び研究プロジェクトへの協力、中学校および高校への訪問授業等である。また、入門段階から日本語能力試験N1合格レベルまでの学習者を対象とする日本語講座を開講している。さらに韓国全土に向けて、ホームページや電子ニューズレター等の媒体を活用した情報提供も行なっており、ソウルと地方の情報格差をできるだけ小さくする努力も行なっている。
所在地 Vertigo Bldg. 2&3F
Yonseiro 8-1, Seodaemun-gu, Seoul 120-833, Korea
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:2名(嶺南地域担当除く)
国際交流基金からの派遣開始年 2002年
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