世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 『空気』を動かす、学び続ける教師、成長する教師

モンゴル日本人材開発センター
片桐準二

2015年3月13~14日にモンゴル日本語教師会(以下、教師会)主催の「教科書開発と教師の役割」をテーマとした日本語教育シンポジウムが開かれた。初日の朝は前夜からの降雪で乾燥した日々が続いていたウランバートル市内が久々に真っ白になっていた。煤煙も砂埃も包み込んでくれたこの雪のおかげで澄んだ『空気』を感じることのできる始まりだった。年に一度の機会にモンゴル全土から集まってくる教師たちにとってこの初日の目玉は教師会が招聘したアクラス日本語教育研究所の嶋田和子先生のワークショップであり、約90名の参加者があった。聴衆を惹きつけ、テンポよく進められる嶋田先生のワークショップは今年で3年連続3回目。モンゴルにおける新しいスタンダード開発の取り組みについても熟知された先生の口からは「百聞は一見にしかず、されど百見も一験にしかず」「人は皆、常に学んでいる」「教師のほとんどの仕事は、気づかせ屋である」「ベテラン教師になればなるほど振り返りません」「相手が大人であっても子どもであっても心に火をつけたい、『空気』が動くといい」と経験と熱意に裏打ちされた金言が次々と繰り出された。

現地講師の育成

モンゴル日本人材開発センター(以下、日本センター)における日本語専門家(以下、専門家)の活動については過去のこの欄でも何度か紹介してきている。今回は特に現地講師の育成と教師会支援について紹介する。

現地講師育成のため、日本センターでは現役教師または近い将来教師になりたいという人のための「日本語教育講座」を秋期(10月~1月)と春期(2月~5月)のコースで専門家が担当して開講している。週1回2時間10週間の短期コースで、これまで「教授法の変遷とJFスタンダード」「文法の教え方とフォーカス・オン・フォーム」「学習者と向き合える教師になろう」「教科書分析と授業実践」など毎回テーマを変えて何度も受講できるよう工夫しながら実施してきた。毎期約10~20名程度の受講生があり、わずか20時間だが受講生同士で仲良くなり小さなネットワークができることもある。

日本センター内教師研修の一コマの写真
日本センター内教師研修の一コマ

現地講師育成でもう一つ取り組んでいるのが、日本センターで教えている常勤・非常勤講師を対象とした内部の教師研修である。現在、日本センターで年間を通して日本語を教えている教師は、専門家を除くと常勤4名と非常勤6名(うち、邦人4名)である。2014年度は基本から新しい研究成果を取り入れた応用まで学ぶ年間54時間の研修を実施した。専門家が全て準備して指導するのではなく、各教師が最低3時間担当し、できるだけ自身の問題意識をもとに発表してもらうようにした。内容は自己研修型教師、音声学、漢字指導法、文法、第2言語習得論、教授法、JFスタンダードと評価法、授業研究、異文化理解など多分野に渡る。講師たちが選んで発表したテーマは直面する課題を取り上げた授業研究に関するものが多く、板書、レアリア、発問の仕方、学習者とのコミュニケーション、ポスターツアーの活用法など、すぐに授業で使えることについて共に学び議論した。ここから授業改善のアイデアが少なからず生まれ、元々良好な講師間のコミュニケーションも一層増えてきた。

『にほんご できるモン』の開発

日本センターは教師会が主催・共催する事業・活動を継続的に支援している。ここでは昨年のこの欄でも記したモンゴル日本語教育スタンダードプロジェクトの続きとして実施されたスタンダード準拠教科書の開発について紹介する。

モンゴル日本語教師会編『にほんご できるモン』シリーズの写真
モンゴル日本語教師会編
『にほんご できるモン』シリーズ

教師会は2012年から2年間のプロジェクトで初中等教育機関向けのスタンダード準拠教材の作成と勉強会を実施し、協力校では実践授業も行われてきた。2014年はその成果をまとめる意味でこれまで作った教材に実践の反省を盛り込んだ教科書作成を開始した。この教科書は『にほんご できるモン』と命名され、『ひらがなブック』『カタカナブック』『レベル1上』『レベル1下』『レベル2上』『レベル2下』『レベル3上』『レベル3下』の8冊から成る教科書シリーズとなった。最大の特徴はトピック中心のシラバスで、各課に目標Can-doが記載されている点にある。モンゴルでは文型中心の伝統的な指導が今も多くの学校で続けられており、これは非常に大きな変革である。現在上記8冊のうち4冊まで完成しており、残りは今年の9月の新学期までに編集し、印刷まで完了させる予定である。教師会では実践協力校以外についても学校訪問を行って、この教科書を紹介し、主教材として採用してもらうよう普及活動にも努めている。専門家はこうした活動の一つ一つを支援している。

さて、冒頭で紹介したシンポジウムの2日目ではこの『にほんご できるモン』が公表され、その開発に関わる報告と実践校の報告、そしてそこでの課題についての発表やパネルディスカッションが行われた。2日間で延べ160余名の参加者が集まり、新しいスタンダードへの道が開かれつつある。このシンポジウムでモンゴル日本語教育界の『空気』は動いただろうか。学べば則ち固ならず。学び続ける教師、成長する教師の実践が今後も続くことを願っている。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Mongolia-Japan Center For Human Resources Development
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
モンゴル日本人材開発センターは、産業多角化及び雇用創出の観点からビジネス人材の育成と日本・モンゴルの様々な人的交流の拠点として、1)ビジネス人材育成、2)日本語教育、3)相互理解促進の3つの事業を行っている。2012年からはモンゴル国立大学の独立採算ユニットとなり、国際交流基金のJF講座も開設され、JF日本語教育スタンダードに準拠した日本語コースを実施している。また、モンゴル全体の日本語教育アドバイザーとしてシンポジウムやスピーチコンテスト等の教師会・大使館の主催事業等にも協力し、学習環境の整備や教師間ネットワークの拡充に努めている。
所在地 Mongolia-Japan Center, University St., 6-Khoroo, Sukhbaatar District, Ulaanbaatar, Mongolia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2002年
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