世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 海外事務所付き日本語教育アドバイザーの役割 ―国際交流基金ニューデリー日本文化センター初代アドバイザーの任期を終えて―

国際交流基金ニューデリー日本文化センター
今井新悟

 事務所付き「日本語教育アドバイザー」は、一般にイメージされる「日本語教師」とは少し違った仕事をしています。ニューデリー日本文化センターでは、インド、ネパール、ブータンを管轄し、日本語教育機関に対する、日本語教育の普及のためのアドバイスや支援を行います。また、日本語教師を対象としたセミナーを開いて、教育技術の向上、教材の紹介、教授法の紹介などを行っています。ですから、学習者を対象とした日本語教育はしていません。1999年、このポストの初代として赴任し、最初に行ったのは、日本語教育の現状調査でした。国際交流基金(以下「基金」)では5年毎に全世界を対象とする調査を実施しています。その結果は、基金のHP「日本語教育国別情報」でも報告していますが、その調査に漏れている教育機関も随分あります。そのような教育機関を拾い上げる努力をしましたが、広大なインドをくまなく調査することは不可能です。まだ知られざる日本語学校があることでしょう。これからも情報収集活動は続きます。

 インドの日本語学習者数は、上述の「国別情報」では、スリランカの学習者数よりも少なくなっています。これは、ひとえに中等教育(いわゆる中学校・高校)機関で日本語が教えられているスリランカと、そうなっていないインドとの違いです。世界的にみても、日本語教育が盛んで学習者の多い国は、中等教育で日本語が教えられているところが多くなっています。現在、インド中央教育委員会に対して、中等教育に日本語を導入してくれるように働きかけています。ネパールにおいては、教育省からの要請に応えて、中等教育用シラバスを作成して、了承を得、教科書を作成中です。この作業のため、国外出張を繰り返しました。とはいっても、ネパールは、ニューデリーからですと、カルカッタ(最近コルカタと呼ばれるようになりました)より近いのですが。この教科書作成の作業は、なかなか困難なものです。まず、ネパール人教師2名とアドバイザーがチームを組んで作業を進めていますが、実はネパール側に日本語が使えるコンピュータがありません。国際交流基金によって寄贈されたワードプロセッサーによって、原稿を書いてもらっています。また、教科書作成のために予算がつかないので、ネパール人教師はまったくのボランティアです。さらに、教育省からは、コミュニカティブ・アプローチに基づいた教科書を要望されていますが、ネパールの今の主要教科書は昭和30年代(再訂版)の『標準日本語読本』ですから、「インフォーメーション・ギャップを入れたアクティビティーを取り入れて教科書を作りましょう」といっても、なかなか、先生方にはピンとこないようです。アドバイザーの活動予算も限られており、ネパールに赴いて共同作業するのも、数回に限られます。そのなかで、教科書のコンセプトを確認し、教科書の作り方をアドバイスしながら作業を進めていかなくてはなりません。

 各地の大学で、日本語講座を新設したいので、相談にのってほしいという依頼はたくさんあります。こういう場合、大体は文学部や外国語学部などの学部長、そして副学長に会うことになります(インドでは学長は象徴的な名誉職)。その相談というのは、結局のところ、教師を派遣してほしいという人的支援、教材を寄贈してほしいという物的支援、そして運営資金を援助してほしいという財政的支援の三つになります。物的支援は国際交流基金の既存の教材助成プログラムで対応できますが、他の支援は、アドバイザーの裁量ではどうすることもできません。しかしながら、大学側の熱意のある態度にほだされて、事務所スタッフとともに、基金本部側に対して、陳情を繰り返すことになります。現代インドは、急激な資本主義化によって、実利に走る傾向もありますが、中には文字通り聖人のような人もいます。そういう人と一緒に、日本語教育の充実にために共に働くことができるのはこの上ない幸せです。「予算削減」という苦しい状況は、国際交流基金も例外ではありません。海外における日本語教育支援は、金額としては縮小せざるをえませんが、だからこそ、アドバイザーが現地調査をし、評価を行い、費用対効果を考慮し、無駄のない支援をしていくことが必要です。

 以上、日本語教育アドバイザーは、「日本語を教える」ことよりも、地域全体の日本語教育を充実させるためのアドミニストレーション的な仕事が主になります。インドは実はヨーロッパほどのサイズがあり、移動だけでも大変です。また、インド人は交渉となるとタフです。支援に対する熾烈な交渉の場で、伍していくためには、単に英語ができればいいというものではありません。知力・体力・気力を充実させて、日々のバトルに臨むことになります。インド料理には栄養たっぷりのスパイスがたっぷりなのもうなずけます。


派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
 及び業務内容
 インド全体を視野に入れた日本語教師支援を行うため、1999年から専門家1名を派遣している。当該専門家はニューデリー日本文化センター付日本語教育アドバイザーとして、機関訪問等による各種調査、教師会や学会への出席を通じた現状把握、教師研修会・セミナー・勉強会の実施ないし実施協力、カリキュラム・教材・教授法等に関するコンサルティング、教師会主催シンポジウムへの協力を通じた教師間ネットワークの形成促進など、インド全体の各教育段階の日本語教師に対する支援事業を幅広く展開している。また、ネパール教育省からの要請に基づき、シラバス作成、標準教科書の編纂に協力するなど、その活動範囲は拡がりつつある。
ロ.派遣先機関名称 国際交流基金ニューデリー日本文化センター
The Japan Foundation New Delhi Office
ハ.所在地 10, Jor Bagh, New Delhi 110003, India
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名

ページトップへ戻る