世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 学習ではなく習得をめざす 新カリキュラムスタート


MOSAI(文部省留学生協会)日本語学院
池津丈司

日本人との接点を広げるビジター・セッション

ビジターセッションの様子の写真
ビジターセッションの様子

 当校で日本語を学ぶ学生の数は約600名。多くは将来日本系企業で働くか,インドの企業に勤めるかして,ビジネスで日本語を役立てたいと考えている。通訳・翻訳をしたいという者もいる。
 しかし,実際には学校以外で日本人との接点を持っている学生はほとんどいない。
 ニューデリーにいる日本人の数は600名から800名と言われ,そのうち200名弱が主婦である。 彼らの多くもインド人との交流を求めているが,接点を持たない人が多い。
 この接点をほとんど持たないグループを交流させようというのがビジター・セッションのプログラムである。
 ビジター・セッションというのは,簡単に言うと教室に日本人のお客様を招いて学生とおしゃべりをしてもらう授業のことだ。授業といってもお客様は日本語教師じゃないから,普通にす素の日本人としてしゃべっていただく。お客様には流暢な英語やヒンディー語を使わないようにということと,日本語の授業みたいなことをしないでくださいということだけお願いしている。
 これまで単発で知り合いを教室に招くという授業を行ったことはある。しかし,このビジター・セッションのプログラム化は,これを全クラスに定期的かつ継続的に行おうというものである。
 当然,普段の授業も来るべきビジター・セッションを強く意識したものになる。
 このビジター・セッションを組み込んだ新しいカリキュラムは2月の新入生から実施され,学習時間が60時間になるこの4月のはじめに第1回目のビジター・セッションが行われた。3日間で延べ34名を招いての大イベントである。これが今後も毎学期行われることになる。
 反響は,計画と準備を進めてきたわれわれスタッフの予想をはるかに越えていた。
 ビジターからはとても60時間しか勉強していない人たちとは思えないという,もちろん半分くらいはお世辞であろうが,お褒めの言葉をいただいた。夜のクラスに来ていただいた企業からのビジターからはさっそく求人のお話もいただいている。
 学習者たちからは,夕べまで不安で仕方がなかったが自信がついた,つぎのセッションまでにもっといろいろなことが話せるようになりたい,というような感想が多く聞かれた。
 教師からは,学生の目が普段より輝いている,教えていない言葉をどんどん使っている,普段話したがらない学生がよく話しているという報告があった。
 この交流を通じて学生たちが何を学び取ったか,レポートの集計が楽しみである。

新カリキュラムスタート

このビジターセッションを組み込んだ,新カリキュラムの骨子は次の通りである。

新カリキュラムの骨子
年次 名称 学習時間数
Proficiency Interaction
1 Basic 100H 100H 200H
2 Intermediate 100H 100H 200H
3 Advance 100H 100H 200H
      600H

 各レベルとも,1週間の授業は6時間で,3時間がProficiency Class(運用力養成クラス),3時間がInteraction Class(社会文化能力養成クラス)という構成になっている。学生は2つのクラスを交互に受講する。
 Proficiency Classでは,正確さと流暢さが重視される。各単元がが文法項目別に構成される構造主義シラバスで,初級のクラスでは,文型練習から始まり,インフォメーション・ギャップを利用したペアワークやインタビューなど,いわゆるコミュニカティブ・アプローチの手法を取り入れた教室活動が行われている。
 Interaction Classでは,正確さよりも内容の深さ,態度の表し方,プレゼンテーションの上手さが重視される。学習項目が話題やテーマ別にまとめられているいわゆる機能主義シラバスで,その日の話題に即したインタビューやレポートのほか,作文などが行われる。
 どちらのクラスも,教師が事前に用意する必修語彙を最小限に抑え,学生が知りたいと思う表現や語彙を優先的にどんどん教えるという方針にしている。「習った言葉を忘れるな」ではなく,「忘れてもいいから何度でも,たくさん覚えろ」というやり方である。
 最初の2週間は平仮名とカタカナの勉強,それから自己紹介の仕方,教室用語と順に自分に必要な表現を身につけ,10週目にビジター・セッションを行う。

新教科書「てきぱき」

新教科書「てきぱき」の画像
新教科書「てきぱき」

 このカリキュラムに即して作成された教科書が「てきぱき」である。カラー印刷で吹き出しつきのイラストがふんだんに使用されている。勉強して楽しく,持っていてカッコいいことが大切だと考えた結果だ。イラストに吹き出しをつけた会話文の提示には,楽しいだけでなく,文字だけの提示よりもシチュエーションがわかりやすいという利点もある。
 しかし,この教科書の特徴はこれだけではない。最大の特徴は,文法解説がないことである。
 当初の私の計画では解説を加えるつもりであったが,講師陣に反対されたのだ。解説があると慢心して授業に集中しないと言うのである。これは一理ある。まして現場の教師たちの意見である。というわけで,ちょっと画期的過ぎるかなとも思ったが,外してしまった。
 案の定,学習者からは解説書がほしいという要求が私のところに来る。この教科書では試験の勉強ができない,休んだ日の分を自習できないというわけである。そういう学習者たちには,文法は先生に質問するか図書館で勉強しなさいと指導している。学校が教えてくれるのではない,あなたが勉強するのだと学習者を諭すのも,私の仕事である。


派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
 及び業務内容
 1959年、在インド日本国大使館に日本語講座が開設され、基金は1995年から専門家を派遣、現在の専門家で3代目である。講座開設当初160名前後だった学習者数は、2001年現在800名を超えている。40年以上にわたり数多くの優秀な人材を輩出してきた「大使館講座」は、インド全国の日本語教育関係者に知られ、絶大なる信頼と期待を寄せられている。2002年1月に文部省留学生協会(Mombusho Scholars Association of India;略称MOSAI)に移管された後も、専門家は引き続き授業担当、カリキュラム・教材作成、現地教師の育成等の教務面で中心的な役割を果たしている。
ロ.派遣先機関名称 文部省留学生協会日本語学院
MOSAI Institute of Japanese Language
ハ.所在地 c/o Japan Cultural and Information Centre, 32, Ferozeshah Rd., New Delhi 110001, India
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1959年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1995年

(ロ)コース種別
初級I・II、中級、上級I・II、会話I・II

(ハ)現地教授スタッフ
非常勤11名(うち邦人3名)

(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   学生:約75%、
社会人:約25%(全受講者数800名強)
(2) 学習の主な動機 仕事・就職、留学・研究、趣味・興味
(3) 卒業後の主な進路 調査データなし
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験3~2級(500時間)
(5) 日本への留学人数 毎年2~3名程度

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