世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 学校づくりは町づくりだ


MOSAI(文部省留学生協会)日本語学院
池津丈司

インドでの日本語教育現場の写真1

在インド日本国大使館日本語講座がMOSAI日本語学院となって2年経った。大使館講座は数800余名の学生を抱える,ニューデリー最大の日本語教育機関であった。私の役割はその民営化を円滑に行ない,独立運営できる体制にすることである。

派遣専門家としては4度目の任地で,これまでの仕事は,大学の授業や教員研修などが主であった。インドネシアではカリキュラムや教材開発もした。今回の仕事ではこれらの経験がとても役に立っている。

とはいえ,学校づくりは初めての経験である。私はずっと教育は人づくりだと考えてきた。その考えは基本的に変わりないのだが,学校は必ずしもその延長だけで考えられるものではない。学習者の卒業後を視野に入れると,学習者を受け入れてくれる社会の環境を整えていくのも学校の大事な役割ということになる。

昨年から実施している新カリキュラムには,教室に日本人を招くプログラム(ビジターセッション)がシラバスとして定期的に組み込まれている。このプログラムの目的は学習者に実地練習の機会を与えることだけでなく、学生と日本人の交流の促進である。

現在約80名の日本人がビジターとして登録している。ビジターセッションは一学期に一回全クラスで実施されるので、ビジター登録者の多くは、もう何度もセッションに参加してくださっているリピーターである。セッションの後では必ずアンケートに答えていただいているのだが、昨年始めたばかりのころは、ほとんど褒め殺しかと思うほど学生のいいところしか書いてくれなかった人たちが、だいぶ率直な感想を書いてくださるようになってきた。

このプログラムを始めた頃は大使館で日本語を勉強している学生がいるらしいということは知られていても、具体的にどれほどの数のどんな学生たちが勉強をしているか知っている日本人はごくわずかであった。今では次のセッションはいつか、次回から参加したいのだがというような問い合わせも時々くるようになった。ニューデリーで日本語を学習するインド人という存在が、日本人のコミュニティーにとって少しずつ身近な存在になってきたのを感じる。

そのビジターから寄せられたコメントをみると、日本人とインド人の規範の違いが見られる。日本人のコメントを見ると、どの学生とも均等に話したいし、どの学生にも均等に話してもらいたいのだが、よく話す学習者とそうでない学習者がいて、よく話す学習者が一人でたくさん話してしまって、時にはあまり話さない学習者の通訳までしてしまう場合もあるということがしばしば起こっていることがわかる。日本人のビジターとしては、これでいいものかと不安に感じるらしい。

一方の学生がこれをどう感じているかというと、自分は友達のコミュニケーションを助けることができたとかというコメントが見られたりするので、自分が中心的役割を果たすことについて、必ずしも否定的ではないようなのである。

一言申し上げておくと、われ先に自己主張をするインド人、日本人をしゃべらせるよりインド人を黙らせるほうが難しいというようなステレオタイプなイメージは、冗談としては定番の話題ではあるが、すべてのインド人について当てはまるものではない。実際そういう人もいないわけではないが、全体の中の多数派では決してない。多くの人たちは、少なくとも当校で勉強している学生たちは、とてもシャイな人たちである。

しかし、私がそう言うと、ブリティッシュ・カウンシルなどでインド人と机を並べて英語を勉強したことのある日本人などは、そんなことはないと大抵の場合強く否定するので、私のほうが一部の人たちしか見ていないのかもしれない。

日本人のコメントからは、自分だけが話してはいけない、全員が均等に機会を与えられなければならないという意識が強く感じられるが、インド人の学習者にはそれほど感じられないという程度の違いだと考えればいいだろう。

インドでの日本語教育現場の写真2

インド人の学習者のコメントを見ると、日本人のビジターが大変コミュニケーションに協力的であったということがよく書かれている。大抵の学生がそう書いているといってもいい。ほかの外国人はそうでないのだろうか。そういえば以前、英語母語話者に容赦なく早口で話されて四苦八苦した覚えがあるが、インド人も普段そういう目にあっているのだろうか。いずれにしても、日本人がゆっくり話したり、いろいろ言い換えしたり、簡単な表現を選んで話してくれること、一人一人の話をよく聞いてくれることなどについては、インド人の学習者はとてもいい印象をもっていることが伺われる結果となっている。

ビジターセッションを繰り返すことで、学習者だけでなくビジターで来ている日本人もインド人との付き合い方を学ぶことになる。このカリキュラムは学習者に学習の機会を与えるだけではなく、地域に住む日本人にも地域の人々との接点を提供している。人を育てるだけでなく人と人との関係、すなわち社会を育てているわけで、そういう意味で学校の役割は、人づくりではなく町づくりなのだと最近特に強く感じるようになってきた。



派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
 及び業務内容
1959年、在インド日本国大使館に日本語講座が開設され、基金は1995年から専門家を派遣、現在の専門家で3代目である。講座開設当初160名前後だった学習者数は、2004年現在450名を超えている。40年以上にわたり数多くの優秀な人材を輩出してきた「大使館講座」は、インド全国の日本語教育関係者に知られ、絶大なる信頼と期待を寄せられている。2002年1月に文部省留学生協会(Mombusho Scholars Association of India;略称MOSAI)に移管された後も、専門家は引き続き授業担当、カリキュラム・教材作成、現地教師の育成等の教務面で中心的な役割を果たしている。
ロ.派遣先機関名称 文部省留学生協会日本語学院
MOSAI Institute of Japanese Language
ハ.所在地 c/o Japan Cultural and Information Centre, 32, Ferozeshah Rd., New Delhi 110001, India
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1959年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1995年

(ロ)コース種別
初級I・II、中級、上級I・II、会話I・II

(ハ)現地教授スタッフ
常勤11名(うち邦人3名)

(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   学生:約75%、
社会人:約25%(全受講者数450名強)
(2) 学習の主な動機 仕事・就職、留学・研究、趣味・興味
(3) 卒業後の主な進路 調査データなし
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験3~2級(500時間)
(5) 日本への留学人数 毎年2~3名程度

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