世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) スリランカの「日本文学」事情

ケラニア大学
本橋啓子

最高学年(3年生)の学生たちの写真
最高学年(3年生)の学生たち

 「インド洋に浮かぶ真珠」といわれているスリランカ。ここでの日本語学習者の大半と密接な関係にあるのが「日本文学」である。スリランカでの日本文学事情を紹介したい。
 国際交流基金による1998年の調査によれば、スリランカの日本語学習者4,340名のうち、その6割以上を占める2,717名が初等・中等教育機関での学習者である。この理由は1979年以降、スリランカにおけるAレベル試験(高校卒業試験兼大学入学試験)の試験科目として日本語を選択することができるようになったためである。日本語を試験科目として選択した受験生はスリランカ教育省試験部門の報告によると、1999年度415名、2001年度449名であり、今年度(2003年度)の受験予定者数は648名となっている。
 Aレベル試験の受験生と日本文学の関係であるが、試験の出題範囲は以下のとおり。


 1) 『日本語初歩』(国際交流基金日本語国際センター)
 2) G.C.E PUPILS' TEXTBOOK』~過去の派遣専門家が作成した、日本の文化等を紹介した読み物。全て日本語で記述。全20課のうち、第10課に日本の昔話、第16課に短歌と俳句が取り上げられている。
 3) 『日本の長編小説と短編小説の文学』~スリランカ人によって書かれた、日本文学概説書。全てシンハラ語で記述。日本の著名な作家と作品が簡単に紹介されている。例えば、川端康成『雪国』、夏目漱石『こころ』、芥川龍之介『羅生門』等。

 このように、日本語を選択した学生は「試験」のために高校時代から日本の文学作品にふれる機会を持つようになるが、残念ながらそのこと自体を問題視する声も多い。というのは、2)は学習項目が非常に多く、またスリランカ人教師自身が日本文化についての深い知識を持たないため、授業は本文をシンハラ語に翻訳してすぐに次の課に進む、というものになっており、3)も、Aレベル試験自体が単に作家の名前や作品の特徴を問う問題ばかりであるため、受験生はこの日本文学概説書をただ暗記するだけであるからである。「文学を出題範囲から削除すべきだ」という点で、Aレベル試験を作成している各外国語の教師の意見は一致しており、一刻も早い出題範囲の改訂が望まれている。
 さて、きっかけは試験であっても、日本文学に興味を持った学生の中には大学合格後、日本の文学作品を読む者が出てくる。今年度ケラニヤ大学の3年生の状況は以下のとおり。(「日本文学」の時間のアンケート。回答者8名)
 シンハラ語訳で読んだ作品 『雪国』(6名)、『坊っちゃん』(5名)、『窓ぎわのトットちゃん』(2名)、『潮騒』『鼻』『伊豆の踊り子』『こころ』『源叔父』(各1名)
 日本語で読んだ作品 『窓ぎわのトットちゃん』(4名:日本人教師が学生にプレゼントした本)、『羅生門』(1名:過去の授業で扱った作品)、『おばけのうた』(1名:日本に留学した時、読んだもの)


最高学年(3年生)の授業風景の写真
最高学年(3年生)の授業風景

 以上のように当地では、翻訳作品はいくつか手に入れられるが、日本語の作品は、事実上手に入れることが不可能で、それゆえ大学での文学の授業が重要な意味を持つことになる。
 ケラニヤ大学人文学部現代語学科の日本語を選択科目の一つとするコースで、学生は2年次に「日本文学史」(上代から近代までの文学)、3年次に「日本文学」(近現代の小説や短歌・俳句)の学習をする。がしかし、担当講師の力量不足や講座時間数の制約等から例年、学生の要求に100パーセント答えるような授業がなされてこなかったという実情があり、今後、文学関係の授業を改善していくことも当コースにおいての一つの課題である。
 上記アンケートによれば、日本文学の授業では「小説」が読みたいという要望が最も多く、次いで「詩」「短歌」「俳句」を読みたいという要望が続いているが、多くの作品を扱う時間がないので、学生に紹介する作品の選定がむずかしい。今期「日本文学」で扱っている作品は『走れメロス』。担当講師によれば、学生たちの反応がよく、どのような結末になるのかと、みんながわくわくしながら読んでいるとのことである。
 日本の文化・日本人の考え方を理解させるうえで、日本文学の学習は非常に有効である。日本語を学ぶ高校生・大学生に、どのようにして日本文学に親しんでもらうか、ということもスリランカでの日本語教育の重要な課題の一つである。


派遣先機関の情報
イ. 派遣先機関の位置付け
   及び業務内容
本講座はスリランカの高等教育機関の中で最も長い日本語教育の歴史を持ち、また中級レベルのカリキュラムを持つ数少ない講座の一つである。(スリランカではまだ上級レベルの日本語講座を持つ学校教育機関はない。)そのため教育省からの依頼により、Aレベル試験(高校卒業試験兼大学入学試験)の問題作成・採点やシラバスの改訂などにも講師が参画しており、中等教育レベルの日本語教育についても影響力を持っている。本講座には毎年、高校で初級日本語を学んだ学生が集まる。専門家は大学での授業、教務的な作業、スリランカ人講師への指導、Aレベル試験の問題作成と採点への協力等を行なう。
ロ.派遣先機関名称 ケラニア大学
University of Kelaniya
ハ.所在地 Dalugama, Kelaniya, Sri Lanka
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
人文学部現代語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   一般学位コース:1980年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1980年

(ロ)コース種別
主選択、副選択、課外、学外学位

(ハ)現地教授スタッフ
常勤2名(うち邦人0名) 非常勤6名(うち邦人3名)

(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   主選択で1年生:70名 2年生:17名 3年生:13名
(2) 学習の主な動機 日本への憧れ、日本文化への興味
(3) 卒業後の主な進路 日本語教師、一般企業
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定2級を受験可能な程度
(5) 日本への留学人数 2名

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