世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) スリランカの若き歌人たち・「日本文学」での短歌創作

ケラニア大学
本橋啓子

真の友 暑い教室 文化祭 苦しみもあり 楽しみもあり (エランガー)

ケラニヤ大学の若き歌人たちの写真
ケラニヤ大学の若き歌人たち

 これはケラニヤ大学3年生が日本文学の授業で創作した短歌(テーマ:大学生活)である。
 昨年度報告したように、スリランカではAレベル試験(高校卒業試験兼大学入学試験)の試験科目に日本語を選択することができるため、受験用に日本語を学ぶ高校生が多い。
 そのため彼らのための民間日本語学校・日本語塾が乱立しており、これら民間日本語教育機関は初級コースだけでなく中級コースも開講しているので、大学入学以前に「中級シラバス」を終了している学生も多い。そんな彼らにしてみれば、「大学に入って、今さらまた文法を勉強するなんて・・・。」という気持ちが強く、このような観点から考えると、民間日本語教育機関と大学の日本語コースとの間では棲み分けができない、という厳しい現状がある。そのような中で、民間日本語教育機関にはない大学の授業が「文化・文学」である。ケラニヤ大学では1年次に「日本文化」、2年次に「日本文学史」、そして3年次に「日本文学」という授業があり、それによってかろうじて民間日本語教育機関との差別化がはかられていると言える。今回はその中で3年次の「日本文学」にスポットを当ててみよう。
 「日本文学」では昨年度は前期に太宰治の短編小説「走れメロス」を原文で講読し、文学的な表現や作者の心情などについて学んだ。そして後期には「短歌と俳句」について学んだ。後期の目標は「短歌や俳句を鑑賞するだけでなく、学生自身が創作できるだけの理解力をつける」というものであったが、日ごろおとなしい学生たちが多かったため、創作活動がうまくできるかどうか、大きな不安を持ちながらのスタートだった。近現代の短歌を鑑賞しながらそれと並行して短歌の創作を始めたが、その際に参考にしたのは、歌人 桝野浩一が提唱する「かんたん短歌」であった。NHKテレビ「課外授業ようこそ先輩」で彼が小学生に短歌を創作させる過程を少しずつ見せながら、大学の授業でも同様な方法で創作活動を行った。以下、創作活動の内容と学生の代表作を順に挙げてみる。


(1) まず最初は、「自己紹介の短歌を作ろう」。初めから短歌全部を作るのではあまりにも難しすぎるので、「どうぞよろしく お願いします」という下の句を前もって決めておき、上の句だけを作ることによって自己紹介の短歌を完成させた。
  星のなか たったひとつの 月のよう どうぞよろしく お願いします (バドラジ)
これはクラスでただ一人の男子学生が作った作品である。

(2) 次が「友だちを励ます短歌」。友だちの悩みをテーマにあげ、その友だちを励ますための短歌を作る、という作業は、客観的な短歌を作るための出発点となる。
「通学のためのバスが遅れて来るし、とても混んでいる」と悩む友だちを励ます短歌
  勉強を している人ほど バスに乗る 毎日乗るのは まじめな証拠 (チャミラー)

(3) その次が難関の「自分を励ます短歌」。学生たちにとって友だちを励ますことは簡単だったようだが、今度は苦労していた。「自己を客観的にとらえることが良い短歌を作るためには大切なこと。友だちを励ますと思って短歌を作ろう。」と教え頑張らせた。
「父が突然亡くなってしまい、悲しくてしかたがない自分」を励ます短歌
  父のこと 思い出すたび つらいけど だれでも死ぬと 考えればいい (サミーラー)

(4) 最後に「2つのテーマで題詠」。冒頭で紹介したのがその最優秀作品である。
テーマ:「自分の大学生活」
 言えぬほど おもしろかった つらいほど 宿題があった すばらしい日々 (スラニ)
テーマ:「恋愛」
 カミナリが 怖いけれども 君となら 傘一本で おもしろいです (ラシミカー)

短歌集「真珠島」題詠・恋愛の写真
短歌集「真珠島」題詠・恋愛

 これらの作品は毎回授業で発表会を行い、発表の後、学生間で講評・投票をして最優秀作品と優秀作品を決めて表彰することにより、学生の創作意欲を向上させた。その後、創作した短歌を1冊の小冊子(歌集「真珠島」)にまとめ、卒業記念として学生に配布した。
不安とともにスタートした短歌の学習だったが、今までほとんど経験のない創作活動に、予想以上に積極的に頑張る学生たちを見ていると、日本語力だけでは測ることのできない彼らの無限の可能性を感じることができた。最後に私のお気に入りの作品を一つ。

二度目には 成功できる 一度では 思ったとおりに ならないけれど (ウペークシャー)


派遣先機関の情報
イ. 派遣先機関の位置付け
   及び業務内容
本講座はスリランカの高等教育機関の中で最も長い日本語教育の歴史を持ち、また中級レベルのカリキュラムを持つ数少ない講座の一つである。(スリランカではまだ上級レベルの日本語講座を持つ学校教育機関はない。)そのため教育省からの依頼により、Aレベル試験(高校卒業試験兼大学入学試験)の問題作成・採点やシラバスの改訂などにも講師が参画しており、中等教育レベルの日本語教育についても影響力を持っている。本講座には毎年、高校で初級日本語を学んだ学生が集まる。専門家は大学での授業、教務的な作業、スリランカ人講師への指導、Aレベル試験の問題作成と採点への協力等を行なう。
ロ.派遣先機関名称 ケラニア大学
University of Kelaniya
ハ.所在地 Dalugama, Kelaniya, Sri Lanka
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
人文学部現代語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   一般学位コース:1980年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1980年

(ロ)コース種別
主選択、副選択、課外、学外学位

(ハ)現地教授スタッフ
常勤1名(うち邦人0名) 非常勤4名(うち邦人3名)

(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   主選択で1年生:40名 2年生:70名 3年生:15名
(2) 学習の主な動機 日本への憧れ、日本文化への興味
(3) 卒業後の主な進路 日本語教師、一般企業
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定2級を受験可能な程度
(5) 日本への留学人数 2名

ページトップへ戻る