世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) フランス中等教育における日本語事情 パリの現場より

ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ中・高校/ラシーヌ高校
根来良江

ここ2年くらいの間に一気に増えた「Sushi」レストラン、焼きとりやおすしのデリバリー、アニメ映画の成功を見ると、パリでは一般の人々も日本を身近に感じられる機会が多くなったように思う。より日本文化に興味を持っている人のためには、パリ日本文化会館で催される日本映画祭、各種講演会、エキスポ、また日本映画のよくかかる映画館などもある。

 では「日本語」となるとどうだろうか。1998年の国際交流基金日本語国際センターの調査によると、日本語教育を実施している教育機関はフランス全体でおよそ180あり、総学習者数は約12000人である。その内、中等教育機関で学んでいる学習者は2648人であるが、実は中等教育機関で、正規課目として日本語が選択できることを知る人はそう多くない。

 筆者はパリにあるラ・フォンテーヌ中・高校とラシーヌ高校という2校の公立校に勤務しているが、初対面のフランス人に「公立の高校で教えている。そのうちの一校では、第一外国語として日本語が勉強できる。」と言うと、たいていの人が驚いた顔をする。

 本稿では中等教育事情にしぼり、実際のところ、どんな風に授業が行われているのか、レベルはどの程度なのか、また、基金派遣の青年教師はその中でどんな役割を担うことが望まれているのかについて、述べていきたいと思う。

 フランスでは中等教育の段階で、第三外国語まで勉強することができる。第一外国語の場合は、中学1年生(日本でいう小学校6年生)から高校卒業まで7年間、第二外国語は中学3年生(日本の中2)から計4年間、第三外国語は高校1年生からで、計3年間となっている。選択できる言語は各学校で違い、日本語が選択できる学校は少ない。

 フランスにある日本語教育機関のうち、3分の1はパリまたはその周辺地域に位置しているというが、筆者が勤務している2校は人数から言ってもその中心的役割を担っていると言えるだろう。

 ラ・フォンテーヌ校は、アジア言語教育に力を入れており、パリで日本語が第一外国語として正規時間内に学習できる唯一の公立校である。また、選抜試験にパスすると日本の文部科学省派遣の教師による国語教育も受けられる等の理由から、日本人家庭や日仏家庭の子弟も入学してくる。日本語選択を理由とした越境入学も見られる。

 ラシーヌ高校では、日本語は課外授業に位置付けられており、この講座はラシーヌ高校の生徒だけでなく、パリ市内及び郊外の高校・高等専門学校準備学級の生徒であれば、誰でも受講できるオープンキャンパス制をとっている。

 生徒が日本語を始める理由は様々だが、どちらの学校でもマンガ、ビデオゲーム、スポーツなどから興味を持つ場合が多いようである。ただ、やはりたいていの場合、卒業時には大学入学資格試験(バカロレア)の一教科として日本語を受験するため、授業ではバカロレアを念頭においた教育が行われている。

 ところで、このバカロレアの内容だが、第一・第二外国語としてのバカロレア試験は主に筆記で行われ、読解・漢字、日本語からフランス語への翻訳、そして作文が出題される。第三外国語は一対一の口頭試験であり、受験者は8~10種類、計10~15ページの既習の読解テキストを持参し、その中から試験官が1種類を選択、準備・面接それぞれ20分の計40分で行われる。第三外国語のテキストは日本の小学校の社会教科書や、日本語教育の中級レベル教科書より抜粋したものと言えば、レベルをわかっていただけるだろうか。なお、第一外国語で日本語を選択していても、バカロレアでは他の言語を第一にもってくることも出来、最終的に第一外国語を日本語で受験するのは日本人家庭、日仏家庭の子弟が多い。

 さて、授業であるが、最初はひらがなの導入からである。ローマ字に頼らず、テキストをはじめからひらがなで学習するためである。片仮名、漢字は徐々に入れていく。生徒にとっては未知の文字なわけだが、楽しそうに学習し、吸収が早い。この後は、テキストを中心に文法を説明しつつ、ドリルを行うといった授業が基本となる。第一外国語としては週に4時間、第二は3時間授業を行っている(ラシーヌ高校は課外授業のため、週に2時間)。学習1年目は新しいものに興味を持って取り組んでいた生徒も、2年目、3年目となってくると、興味が薄れ、モチベーションが下がってくることもあるが、やはり成績がつくとなると努力するようである。

 今見たのは一般的な授業内容だが、この中で青年日本語教師として、筆者が担当していることを紹介したい。

 フランスでは語学の授業にその言語を母語とするアシスタントティーチャーがつくことが多いが、日本語に関してはこの制度はない。このため、日本から来た青年教師である筆者がその役割も担うことになり、現地の教師とチームを組んでクラスを担当している。

 例えば、ラ・フォンテーヌ校では中学1年生から高校3年生まで、7クラスを見ている。各クラスをレベル、または人数で10人から15人位ずつに分け、全部で14グループを担当している。それぞれ2週間に一度の頻度になるが、「日本語で話す」ことを中心とした授業が望まれている。既習の文法事項をふまえたアクティビティを行ったり、あるテーマを設け、日本語で話をするといった授業内容である。 よく聞かれるのは、授業は日本語のみで行っているのか、フランス語も使うのか、ということである。これはいろいろとやり方を変えてきた。例えば、家庭で日本語を使っている生徒のグループでは日本語のみ。学校以外で日本語にふれる機会のない生徒のグループも、とにかく日本語を引き出すため、日本語のみですべてやろうとしたこともあったが、効率性を考え、今は指示などはフランス語にしている。

 これは中等教育での大きな課題としてあげられる「クラス運営」を考えてのことである。この2年間、大いに悩まされた点だが、心がけるようになったのは、「今やるべき課題をはっきり伝えること」「あいまいな態度をとらないこと」である。課題をはっきり伝えるという点において、やはり媒介語の使用は効果的である。ただ、バランスが難しく、フランス語が授業中に使えるとなると、そちらに流れていってしまう傾向がある。外国語を口にする時の壁を少しでも取り除き、日本語でコミュニケーションする機会を多く持ってもらうよう、1時間弱の短い授業の中で、フランス語、日本語のけじめをうまくつけることも今後の課題である。

 自分から発した日本語が伝わった時に見せる生徒の表情を見るのは大きな喜びである。全員が将来日本語を続けていくわけではないが、数年間日本語を学び、その日本語で実際にコミュニケーションできたという経験は、何らかの形で将来他の言葉を学ぶ時にも役立つのではないかと思う。時々文化紹介として、習字や歌を取り入れることもあるが、時間的に余裕のある中等教育の段階で、日本にまつわる経験を少しでも多く持つ手伝いができれば嬉しい。

 今までは自分の担当授業にとどまりがちだったが、今後、もう少し視野を広げた活動をする余裕を持ちたいと思う。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ中・高校は、パリ市内の国立高校中、アジア言語教育の中枢機関の役割を担っている。中学1年次から「三カ国語クラス」が設置されており、第一外国語として日本語が学習出来る。また高等部進学後も日本語は第一外国語として学習することが可能であり、卒業まで計7年間日本語を学習することが出来る。 ラシーヌ高校は、音楽、美術、演劇などを学ぶ特殊カリキュラムで知られている国立高校である。日本語講座は同校の生徒だけでなく、パリ市内及び郊外の高校・高等専門学校準備学級の生徒であれば誰でも受講できるオープンキャンパス制になっている。 青年日本語教師は、それぞれの高校で授業を担当している。
ロ.派遣先機関名称 I.ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ中・高校
II.ラシーヌ高校
I.College et Lycee Jean de La Fontaine
II.Lycee Racine
ハ.所在地  
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
 
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   I.1998年
II.1973年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 I.II.1994年
(ロ)コース種別
(ハ)現地教授スタッフ
I.常勤5名(うち邦人1名)
II.常勤1名(うち邦人1名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   I.250名
II.104名
(2) 学習の主な動機 I.II.日本語能力の維持、両親の希望、日本への興味
(3) 卒業後の主な進路 I.II.高等教育機関へ進学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
I.II.日本語能力試験2~3級
(5) 日本への留学人数 ほとんどなし

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