世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) フランスの日本語学習者たち

ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ中・高校/ラシーヌ高校
根来良江

日本祭の写真
日本祭

 5月27日。今日は赴任先のリセで夕方の6時から、毎年恒例となっている「日本祭り」が開催される。場所は全仏オープンテニス「ローラン・ガロス」の行われているすぐ近く、パリ16区のリセ、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ中高校のホールだ。夕方授業を終えた後、学校で待っているとお母さん方が次々と見え、受付けや高校3年生の着付け(日本語卒業証書授与式が行われる。女子も男子も着物を着せてもらっている)に忙しそう。自分のクラスの生徒が歌や劇の出し物をする先生は最後のリハーサルや準備。始まるのを待っている生徒は中庭でサッカーやバスケをしている。ラ・フォンテーヌ校では全部で約250人の生徒が日本語を勉強しているのだが、6時が過ぎ、父兄と生徒で去年よりもいっぱいになったホールの観客を前に今年の「日本祭り」がスタートした。今回は近くの小学校の日本語クラス(今年度より試験的にはじまったクラス。週に45分)も参加、「どんぐりころころ」を覚えて歌ってくれる。日本でいう小学校5、6年生にあたるが、中高校生のお兄さんお姉さんの中でとてもかわいらしい。続いてラ・フォンテーヌ校の中学1年生による振りつけ付きの歌「だんご3兄弟」。国語クラスに謔驕i日本語クラスからの希望による参加もあり)劇「竹取物語」。衣装もかなり凝っている。そして日本語クラス(日本の高1にあたる)による寸劇「雷」。学校が舞台になった劇だが、外国語でセリフを覚えて演じるのだから、平気な顔をしてはいたけれど緊張したのではないか。続いて4月の春休みに行われた10日間の九州への旅行のレポート。フランス語での詳細な報告、日本語での感想。本人ががんばって書いた日本語の発表もよく出来ている。この後卒業証書授与式、そして日仏アソシエーションの父兄の協力での日本食ビュッフェへと続き、今年度学年末最後の行事が終了した。
 このような行事を紹介すると、フランスでの日本語教育は盛んで環境的にも結構恵まれているような印象を与えるかもしれないが、これは結構珍しい例である。筆者の赴任先は2校あり、2校ともパリの中等教育機関では中心的な役割を果たしている学校だが、もう一方のラシーヌ高校では、自分の学校に日本語講座のない生徒でパリ在住であれば誰でも受講できる、オープンキャンパス制をとっている。はじめに紹介したラ・フォンテーヌ校と違って、父兄の大きなバックアップがあるわけではない。授業もラ・フォンテーヌ校の週3~4時間に対して、ラシーヌ高校では週1回の2時間のみ、自分の学校の授業に影響のない、水曜日の午後が中心である。また、ラシーヌ高校に来られる生徒はまだいい方で、住んでいる地域や時間割の問題でそれもかなわず、通信教育で日本語を学習する生徒もいる。さて、それでは実際の授業はどうなのか。次に授業での様子に目を向けてみたい。
 ラ・フォンテーヌ校だが、こちらは正規の授業であり、バカロレア(高校卒業資格試験)の第1~第3外国語の日本語での受験を念頭においているため、授業も漢字、文法、テキストとより系統立てられていると言える。日本語を選択する動機は様々だが(珍しい言葉を勉強してみたい、家族、親戚に日本人がいる、マンガが好き、日本文化に興味がある等)青年教師としての授業が難しくなってくるのは、はじめのやる気や新鮮さが薄れ、段々とバカロレアに受かるための勉強といった受け身の感覚になってしまってきた時である。人間のモチベーションというのは面白い。生の日本人とコミュニケーションが日本語でとれる、自分の学習している日本語は実際に使えるものなのだという経験を持ってもらうということが、ネイティブの青年教師としてまずできることだと考えているが、赴任先そして赴任の期間によっては、それ以上のことが必要になってくる。表面的な目新しさが消え、慣れ合いになってしまいそうになった時。例えば扱う題材そのものが知的好奇心を刺激するものであったり、コミュニケーションをしたいと思わせる状況を考えたりすることがますます重要になってくる。その意味では今回ラ・フォンテーヌmZで実現した10日間の日本への旅行はいい例だろう(実現にあたり、先生方の努力、父兄の方々の協力は大変なものだった)。ホームステイをしながら現地の学校に行く経験もすることができ、聴解力にも自分から話そうとする姿勢にも、大きな進歩があったようだ。魅力的な人々と何とか意志の疎通をしたいという気持ちが、作った状況ではなく実際の生活の中で持てる機会は何物にも勝るものだろう。帰国してすぐのクラスは中々活気があった。もちろんこんな機会はなかなか実現できるものではないが。もう1校のラシーヌ高校は学年別ではなくレベル別に初級から上級までクラスを設けており、レベルにより違いはあるが、例えば漢字には中々時間がとれないし、宿題もほとんど出すことはない。バカロレアを日本語で受験する生徒は少なく、どちらかといえば趣味で勉強している生徒が多い。常に自分がやりたいから勉強しているのだという意識があるのか、また日本語、日本人に触れる機会があまりないせいか、日本の様子や食べ物の話を興味を持って聞いたり、授業の後も自分で見た映画のセリフや歌詞の意味、マンガのセリフの説明を求めてきたりする。とにかく同じパリ、同じ公立校といっても両校の雰囲気にはかな闊痰「がある。ただし、海外での日本語教育では後者の学校のような環境にいる生徒が圧倒的多数を占めているのだろう。
 残念なことに、1994年から続いていたフランスへの青年日本語教師の派遣は来年度は行われないという。学校の生徒に「日本人と文通したい」「日本に住んでいる人と友達になりたい」「夏(あるいは高校の1年間)を日本で過ごしたい」のだけれど、どうしたらいいですか、と聞かれることがある。昔と違ってインターネットという便利なものもある今、たとえ派遣がなくなってしまったとしても、何とか具体的なモチベーションを持ち続けられるような機会を生徒が持てるといいと思う。日本でもフランスの学生と交流を持ちたいと思っている人も結構いるのではないか。お互いに需要はあるのに、橋渡しがないために実現しないのだとしたら非常にもったいないことである。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ中・高校は、パリ市内の国立高校中、アジア言語教育の中枢機関の役割を担っている。中学1年次から「三ヶ国語クラス」が設置されており、第一外国語として高校卒業まで計7年間日本語が学習できる。また、レベル試験に受かれば母国語としての国語教育を受けることもできる。ラシーヌ高校は音楽、美術、演劇などを学ぶ特別カリキュラムでも知られる国立高校である。日本語講座は同校の生徒だけでなく、パリ市内及び郊外の高校・高等専門学校準備学級の生徒であれば誰でも受講できるオープンキャンパス制となっている。青年教師はこれぞれの高校で特に話す能力に重点をおいた授業を担当している。
ロ.派遣先機関名称 I.ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ中・高校
II.ラシーヌ高校
I.College et Lycee Jean de La Fontaine
II.Lycee Racine
ハ.所在地 I 1, Place de la Porte Molitor, 75016 Paris France
II 20, rue du Rocher 75008 Paris France
ニ.国際交流基金派遣者数 青年教師:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
 
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   I.1998年
II.1973年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 両校とも1994年
(ロ)コース種別
(ハ)現地教授スタッフ
I..常勤5名(うち邦人1名)、国語教師1名
II..常勤1名(うち邦人1名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   I.250名
II.91名
(2) 学習の主な動機 I.II.日本語能力の発展。スポーツ、ゲーム、まんが等による日本、日本語への興味。
(3) 卒業後の主な進路 I.II.高等教育機関へ進学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
I.II.日本語能力試験2~3級
(5) 日本への留学人数 ほとんどなし

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