世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ケルン日本文化会館の日本語教育事業

国際交流基金ケルン日本文化会館
星 亨
野呂香代子

1.背景・ドイツの日本語学習者事情

初級日本語Iの写真
初級日本語I

 ドイツには19世紀以来のヤパノロギー(いわゆる日本学)の伝統があり、文献講読のための日本語授業は以前から行なわれていたが、現代的な意味での日本語教育が本格的に始められたのは1980年代以降である。80年代の高度成長期にはドイツでも日本語ブームが起こり、中等教育で日本語教育が開始されたのをはじめ、日本語教育機関も学習者数も飛躍的に増加した。その後日本経済の低迷によりブームは去ったものの、現在でも日本語教育の機会は増えつづけている。
 その反面、一般のドイツ人にとっての日本は今でもエキゾチックな国でありつづけ、日本人にとってのドイツとは比べ物にならないくらい遠い存在である。そして日本語は実用性のない珍奇な言語、日本語を学ぶことは特殊な趣味であるという考え方が未だに根強い。また中等教育で日本語が教えられているとは言え、EU統合の理念によるヨーロッパ言語優先政策により、日本語はどう頑張っても、英語、他ヨーロッパ言語につぐ第3外国語の地位以上にはなり得ない。最近では教育熱心な親たちが「英才教育」の1分野として「異質な言語」日本語を学ばせることが流行っている。無論、日本語を学びに来る生徒たちはそのような考えはもっていないが、彼らにしてみても「趣味・教養として」日本語を学びたいというのが主な学習動機である。
 一方、ドイツにも日本製マンガ、アニメ、ゲームソフトの波は押し寄せ、テレビでは日本のアニメが連日放送され、書店には日本産マンガを集めた雑誌が氾濫している。これらは全部翻訳モノだが、これらに子供時代から接しているいわゆるゲーム・アニメ世代が成長していったとき、ドイツ社会における日本観や日本語学習の動機も変わっていくに違いない。

2.ケルン日本文化会館の日本語関連事業と専門家の役割

 ケルン日本文化会館では、2名の派遣専門家を中心に、1)下記のような一般成人対象の日本語講座を開講しているほか、2)日本語教師および日本語学習者に対する情報提供・便宜供与などの支援活動、3)日本語関連学会、教師会などのネットワークへの参加および協力、4)当該地域の日本語教育の現状についての調査活動、5)日本語能力試験や日本語弁論大会など国際交流基金および在外公館事業の共催ならびにバックアップなど、ドイツおよび周辺国の日本語教育のさらなる普及へ向けてさまざまな活動を行なっている。

(1)ケルン文化会館日本語講座関連業務

初級日本語Ⅱの写真
初級日本語II

 約30年の歴史を持つ日本語講座で、現在は初級の第1段階から上級レベルまでの10クラスを専門家2名と非常勤講師(全員日本人)約10名で担当している。専門家の役割は非常勤講師とティームを組んで授業を担当するほか、カリキュラム作成から、非常勤講師のコーディネート、教室管理、学生管理まで講座運営や教務事務に関わるすべてを任せられている。昨年は、十数年も使いつづけた『日本語初歩』に別れを告げ、全レベルで新教科書へと脱皮を図った。この教科書変更を皮切りに「新しい日本語講座」へとプログラム改革を推進中だが、30年の「歴史」を変えていく作業はなかなか一筋縄では行かない。

(2)日本語教育アドバイザー業務

 上記2)~4)のような活動を日本語教育アドバイザー業務として位置付け、ドイツ語圏を中心に日本語教育の普及と現地化のためのバックアップを目標として展開している。現在ドイツには「ドイツ語圏大学日本語教育研究会」、「ドイツ語圏中等日本語教師会」、「ドイツVHS(市民大学)日本語講師の会」の3大教師会が存在し、それぞれの分野での強力なネットワークをもっているが、3つの会はそれぞれに背景を異にし、活動状況も微妙に異なっている。派遣専門家は各教師会と等距離を保ちつつも緊密に連絡を取り合い、情報交換を行なったり、各会主催のシンポジウムへの参加、会員対象のセミナーの実施などを行なっている。また、ヨーロッパ全土の日本語教師を対象とした「ヨーロッパ日本語教師会」への参加、フランス、ベルギーなど周辺国の教師会に対するセミナー実施など必要に応じてドイツ国外へも活動の幅を広げている。ただし、ドイツ語圏で日本語教育に携わっている教師の大半は日本人であり、上記教師会のメンバーもほとんど日本人教師により構成されている。そこで、今後の課題としては、数的には過半数に満たないとはいえ各地で奮闘しているはずのドイツ人日本語教師の活動状況の把握とネットワーク形成への模索、さらにはドイツにおけるノンネイティブ教師研修実施の可能性を探っていきたい。

授業レポート―ケルン日本文化会館の授業を担当して・・・(野呂香代子)

 ケルン日本文化会館の日本語講座は成人教育の機関であるため、大学等の高等教育機関と比較すると、少し受講生の傾向が異なっているかもしれません。16歳以上の人なら誰でも受講することができますし、大学のように単位取得が目的ではないので、ただ日本語を習いたいという人たちがここを訪れます。これまで日本で中国人学生に教えていましたが、なぜ日本語を習っているんですかと尋ねると、貿易や旅行関係の会社に就職するため、というのが圧倒的で、その他に必ず数名、「自分の会社を作るためです」という勢いのいい答えが返ってきました。さて、ここ文化会館で同じ質問をすると、「配偶者、恋人が日本人だから」という答えの他、最近は「漫画が読みたいから」という若い人たちも増えてきましたが、「おもしろそうだから」といった漠然とした回答がほとんどです。「日本語は変な言葉だからです」という答えを聞いたときは思わず笑ってしまいました。どうやらヨーロッパ言語とはかなりかけ離れた言語に彼らのインテリゲンスがたまらなく刺激されるようです。理論で整理したがる彼らがよく浴びせる「どうしてですか?」の類の質問もとても突飛で新鮮(というか冷や汗もの)です。就職といった実?ニは離れたところで、単なる趣味として日本語を習っているのだから、ただのんびり楽しくやっているんだろうと思いきや、さずが余暇を徹底して楽しむドイツにおける「趣味」の意味は私が考えていたような甘いものとはかなり違っていました。彼らの地道な勉強ぶりに授業の準備の手が抜けない日々を送ってます。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
ケルン日本文化会館は、国際交流基金の行なう日本文化紹介事業や文化交流、学術交流プログラムのドイツにおける拠点であると同時に、基金日本語普及事業のドイツ語圏における拠点として位置付けられている。同館に派遣される日本語教育専門家の業務は、1)ドイツ語圏の日本語教育の現状調査や、日本語教育に関する情報提供、教師研修、日本語教師ネットワーク支援等のアドバイザー業務と、2)同会館日本語講座の企画、運営、授業担当を行なう日本語直接指導業務の2種類に分かれる。ちなみに同講座は30年以上の歴史を持ち、大学や市民大学などでは限界のある本格的な日本語教育を行なう機関として、常に注目されている。
ロ.派遣先機関名称
The Japanese Culture Institute, Cologne
ハ.所在地 Universitaetsstrasse 98, 50674 Koeln, Germany
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:2名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
ケルン日本文化会館日本語講座
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1970年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1985年
(ロ)コース種別
初級 I, II 中級 I, II, III 上級
(ハ)現地教授スタッフ
10名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   167名
級別(初級79% 中級16% 上級5%)
性別(男性58% 女性42%)
(2) 学習の主な動機 日本、日本語に対する興味
(3) 卒業後の主な進路
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級~3級
(5) 日本への留学人数

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