世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ケルン日本文化会館の日本語講座

ケルン日本文化会館の日本語講座

国際交流基金ケルン日本文化会館
岩澤 和宏

 国際交流基金ケルン日本文化会館の日本語講座には40年近くの長い歴史があります。その長い歴史の中で様々な学習者が日本語や日本文化を学び、多くの先生方が効果的な教え方を工夫したりカリキュラムなどを再検討したりしてきました。その蓄積の上で当館の日本語講座は、初級から上級までの日本語が学べる数少ない日本語教育機関のひとつとして機能しています。現在約160名(本コースのみ)の学習者が、学校や仕事を終えてから文化会館に集い、志を共にする仲間と知的な汗を流しながら日本語を学んでいます。

多様な学習者

教室の様子多様な学習者の写真
教室の様子 多様な学習者

 日本語学習者の多様性が指摘されて久しいですが、当館の日本語学習者も例外ではありません。年齢で言えば15歳の高校生から年金生活者まで、職業も専門も様々です。日本のアニメやJ‐Popに関する最新情報を驚くくらい早く入手する学習者もいれば、コンピューターを使わない学習者もいます。ドイツ人以外の学習者が割合多いことも当館日本語講座の特徴かもしれません。ドイツ国内の日本語教育機関でありながら「○△さんはドイツ人ですか?」という初級序盤の口頭練習も全く不自然ではありません。
 学習者の多様性と言うと、口頭能力重視の若者と文法・規範重視の熟年学習者というステレオタイプで見られそうですが、必ずしもそうではありません。年齢に関わらす個人の興味や学習スタイルは様々ですが、決して他人に迎合しない頑固な学習者がマイペースで学習を進めていける点も、当館の日本語講座の特徴かもしれません。

少しずつ変わる日本語講座

 日本語の教え方やカリキュラム、教材などはこれまでも他の言語教育の世界から様々な影響を受けてきました。今、ヨーロッパの日本語教育に一番大きい影響を与えているのは、ヨーロッパ言語の学習、教授、評価のために作られた「共通参照枠」でしょう。当館の日本語講座も、ヨーロッパ言語教育の大きな流れの中で、良いもの・便利なもの・役に立つものは積極的に取り入れて行きたいと考えています。
 そのひとつが、「評価」のやり方です。これまでは語彙や文型・文法をいくつ覚えたか、漢字を幾つ知っているかという分析的な観点から学習者の日本語能力を見ていました。しかし最も大切なことは、それらを駆使して最終的に何が出来るようになったのかということだ思います。
 当館の日本語講座では、学習者に対して「教科書にあるから覚えてください」と言うのではなく、「この課の目標はコレソレです。それは、これらの語彙や表現を使うことで出来るようになります」という説明をなるべく理解してもらえるよう努めています。教師と学習者で目標を共有化するということです。
 「コレソレが出来るようになる」という記述には、当然口頭能力も含まれています。クラスでは以前から口頭練習を重視していましたが、時間的・物理的制約から口頭試験は実施していませんでした。ですが、クラスで一生懸命練習した口頭能力を修了試験で測らない手はないとのことで、2007年秋より修了試験に口頭試験を取り入れました。
 公平性の問題や評価方法の問題などクリアするべき問題は山積みですが、それでも口頭試験を実施して良かったと言う声が、教師からも学習者からも聞こえてきました。口頭試験に向けて質問事項を想定し会話の練習をしてきたこと、そして何よりも普段のクラスでの口頭練習に「気合」が入ることなどが主な口頭試験実施の「副産物」です。

柔軟な、されど厳しい対応

 夜間の日本語講座は、趣味の世界と言えるかもしれません。疲れた体に鞭を打つのは辛く、のんびりと楽に過ごしたいと願う学習者もいることでしょう。
  「ひらがな・カタナナが覚えられないから、ローマ字で書いてください」「試験は嫌です」交渉上手のドイツ人は様々なことを上手に要求してきます。なるべく個人の事情に応じて柔軟に対応するようにはしています。それでも、最終的にはこちらの「基準」に達しない場合には修了や進級を認める訳にはいきません。そこは厳しく対応しなければなりません。
 教師にも学習者にも分かりやすく納得できる「基準」を作り、それを運用していくことがケルン日本文化会館日本語講座の次の課題だと考えています。

ラインラント・プファルツ州教育省の新規プロジェクト

国際交流基金ケルン日本文化会館
沼崎邦子

 ドイツは、いろいろな面で地方分権の性格が強い国です。教育行政も例外ではありません。州によって初等教育と中等教育を区切る年齢も違いますし、日本の学習指導要領にあたる教育カリキュラムも、さまざまです。EU統合後、ドイツにもグローバリゼーションの波が強く押しよせてきました。また、日本でも話題になっているPISAテスト(経済開発機構(OCED)による国際的な生徒の学習到達度調査のこと)の成績があまりふるわないことから、各州政府は特色のある施策を行って、教育の見直し・再活性化を図っています。その一つが、ラインラント・プファルツ州教育省の新規プロジェクトです。

 2007年8月の新学期から、州内の初等教育学校(グルンド・シューレ)のうち3校を会場校として、優秀児のための特別授業が始まりました。対象となる児童は近隣の複数の学校から選抜された優秀児たちで、週1回会場校に集められ、朝8時から夕方4時まで、一般の児童対象より高レベルの、自律学習を促進されるような授業を受けています。3校のうちの1校では、日本語の授業も取り入れられました。日本語を担当する日本人の先生からはプロジェクト開始の半年ほど前から相談を受け、教材や毎回の授業の進め方についてアドバイスする等、支援を続けています。2007年11月下旬、その会場校を訪問し、授業の様子を見せてもらいました。子ども達がたいへん興味を持って日本語を続けていること、学校長を始め教師陣にも日本語教育の存在が良く受け止められていることが確かめられたので、ほんとうに嬉しく思いました。今回は、この学校訪問の様子を報告いたします。

 まず1年生と2年生の合同クラスです。13名の子ども達の中には、特別早期入学児がいるので、最年少の子どもは5歳でした。「~先生おはようございます」「どうぞ」「どうもありがとう」など、簡単な日本語の言葉のやりとり。それから「むすんでひらいて」の歌。手振りもついて音程も正確です。次は、からだの各部の名称。先生が「手を叩いて!」「おなかをなでて!」と言うと、すぐに「て」も「おなか」も、「叩いて」も「なでて」も覚えて、言われていることが出来るようになります。それから、プリントの身体の絵に色を塗ったり、平仮名で「て」「おなか」などと書き入れたりしていました。日本人の先生が主として授業を進めていましたが、ドイツ人のクラス担任の先生も少し日本語ができ、上手に補佐していました。

 休み時間になって、ひとりの女の子が日本人の先生のところに来ました。「私、37って日本語で言えるよ」「え、そうなの。じゃ、言ってみて」「えーとね、、、さんじゅう なな」「正解!」先生の話では、数は20までしか教えていないそうです。この女の子は、20まで習って日本語の数の言い方が規則的なのを知り、その規則にあてはめたというわけです。

「これは、何?」と質問している写真
これは、何?

 続いては3年生と4年生の合同クラスで、8歳から10歳の子ども達15名です。先ほどのクラスより2歳分年上ですから、身体にも表情にも成長が見られます。平仮名のカードを次々に読み、また先生が見せる絵カードの物の名前をどんどん日本語で言っていました。写真は、先生が寿司の絵カードを見せて「これは何?」と聞いているところです。子ども達の目線が、カードの絵に集中しているのが見えるでしょう。耳は、先生の声の方に向いたパラボラ・アンテナのようでした。

 この優秀児たちの両親は、ほとんどが、弁護士、医者、大学教授などの知的エリート層に属す人々だそうです。この子ども達も、同じような社会階層の人に育っていくのでしょうか。将来どんな職業につくにせよ、この日本語学習が、彼らの異文化接触のポジティブな原体験となってほしいものだと思いました。そして20年先のドイツ社会の多文化共生に貢献してほしいと思いました。

 あるエピソードを思い出しました。ある宇宙飛行士が、宇宙での課題を果たして地球に戻ってきました。そして、テレビの取材インタビューに答えて言いました。「この成功を、小学校時代の理科の先生に伝えたいです。誰よりも先に。」 世界のどこであれ、年少者への日本語教育の現場には、これに似たことが起こり得ると思います。この世代の子どもへ日本語を教えることの面白さと責任の重さを痛感しました。

 ドイツでは、初等教育段階の日本語教育はまだわずかしか行われていません。現場の先生たちの状態をよく把握し、適切な情報提供・支援をしていきたいと思います。また将来的には教材開発・教授法研究なども視野に入れ、この年齢層の学習者に対する私たちの仕事を広げていきたいと思っています。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
ケルン日本文化会館は、国際交流基金が行なう日本語普及事業のドイツ語圏における拠点である。基金派遣日本語教育専門家2名は、1)日本語教育アドバイザー業務、2)日本語講座運営の二つの業務を分担して行なっている。日本語講座は9レベルあり、15歳以上の学習者が熱心に日本語を学んでいる。学習者数約160名(本コースのみ)。
ロ.派遣先機関名称
The Japan Cultural Institute in Cologne (The Japan Foundation)
ハ.所在地 Universitaetsstr 98, 50674 Koeln, Germany
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家:2名

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