世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)多様性の街ケルンと日本語講座

国際交流基金 ケルン日本文化会館
松浦とも子・平川俊助

もしもあなたが「●●語講座」に通うことになったら・・・どんなことを期待して教室に通いますか。「●●語が話せるようになること」、「●●の文化について知ること」、「旅行への準備」・・・などなど、きっと色々な答えがあることでしょう。

ケルン日本文化会館(以下、JKI)の日本語講座には様々な人たちが集い、それぞれの目的で日本語を楽しんでいます。今回はJKIの学習者に焦点を当てて、日本語講座の可能性についてレポートします。

様々な人たちが集い、日本語講座している写真
ケルン日本文化会館日本語講座の様子

ケルンという街

JKIがあるドイツ西部の街ケルン。ドイツの人々がケルンを表すキーワードとして口にするのは「オープンな気質」、そして「多様性」です。ケルンは時折「ドイツの南欧」「ドイツのラテン」と例えられ、街では知らない人同士が気軽に言葉を交わし合うなど、明るく陽気な気質の人々が多いことで知られています。他のドイツの都市から来た人々が、ケルン人の気さくな様子に驚くこともしばしばです。そこにはローマ時代から人や物が往来してきたことや、また戦後の復興に多くの外国人労働者を呼び入れた経緯などがあり、歴史的に多様な人や文化が混ざり合ってきた背景があると言われています。そのため、今や5人に1人が国外にルーツを持つと言われるドイツ社会を反映するように、ケルンにも様々な背景を持つ人々が暮らしています。そうした風土や歴史の影響からか、ケルンの人々は多様性を楽しみ、そして誇りに感じているようにも見受けられます。

JKI日本語講座 多様な人々が学び合う教室

「私と日本語/日本語学習」に関するアンケートの写真
「わたしと日本語/日本語学習」
日本語との関わり方も人それぞれで興味深いです

そんなケルンにあるJKI日本語講座には、どのような人々が来ているのでしょうか。JKI日本語講座は1970年から続いている一般市民向けの日本語講座で、13才以上であれば誰でも受講できます。受講生の年齢層や職業が幅広く、最も多いのは20代と30代の大学生や社会人、次いで10代の中学生や高校生ですが、40~50代以上の方や定年退職後の方も目立ちます。また、受講の動機も多岐にわたり、「日本へ旅行に行く」、「アニメが好きなので」、「武道に興味がある」、「子どもが日本人と結婚して孫が日本に住んでいる」・・などなど、それぞれの理由を持って日本語を学んでいます。学習者のルーツや母語もまた様々です。受講前アンケートの「母語」の欄で目につくのは、ドイツ語だけでなく、トルコ語、イタリア語、スペイン語、ペルシャ語、ベトナム語・・など、色々なルーツを持つ方がいることがわかります。このように、「日本語」という共通点のもとで様々な人々が机を並べ、学び合っていることがJKI日本語講座の特徴であり、そして魅力だと言えるでしょう。

JKI日本語講座では、国際交流基金が開発した教科書『まるごと 日本のことばと文化』を使用しています。「日本語を身に付けながら、自分の考えや意見を伝え合い人間関係を築いていく」というコンセプトを持った教材で、日本語学習を始めたばかりの入門(A1)レベルでも日本語で自分の趣味や仕事などを表現することができるようになります。また、「相互理解」という理念を教室活動の形にしており、日本の習慣や社会について感じたことを媒介語で話し合う活動を取り入れるなど、日本語能力のみながらず異文化への触れ合いや他人との意見交換を積極的に行うことも大きな特徴です。1つの実践例として「わたしと日本語/日本語学習」という教材を作成しました。これは、自分と日本語の関係をマインドマップのように可視化し、クラスで共有することでコミュニケーション促進やお互いを知るきっかけを作ることを狙いとしています。

日本語講座で得られるもの

日常生活であまり接することのない類の人、例えば親と同じぐらいの年代の人、違う職業の人、違うルーツを持つ人、違う母語の人との出会いや交流が毎週の習いごとにあったら、どんな影響があるでしょうか。また、自分と異なる考えを持った人々と意見や考えを伝え合う環境があったら、どんなことが起こるでしょうか。

例えば、ある人にとっては自分の価値観を広げる場となるかもしれない。また、ある人にとっては他人の考え方や生き方を認められるようになるかもしれない。また、未知のことに寛容になるかもしれない。

JKIの日本語講座のように「自分と違う人」と時間を共にし対話や共同作業を重ねる体験は、日本語能力の向上だけでなく人生を豊かにしてくれる。JKIで日本語を楽しむ人々と過ごしていると、このような可能性を感じずにはいられません。

現代社会では人の移動がますます活発になり、異なる習慣や価値観がさらに混在していきます。「違うことは尊い」と多様性を肯定的に捉えるケルンの人々が集うJKIの日本語講座、その可能性は今後もさらに拡がっていくでしょう。

(執筆者:平川俊助)

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Cultural Institute in Cologne (The Japan Foundation)
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ケルン日本文化会館はドイツ語圏における日本語普及事業の拠点として、日本、日本語、日本文化の理解促進を目的に多様な活動を行っている。1970年から一般社会人対象の日本語講座を開講しており、現在ゼロ初級から上級まで約300名が日本語を学んでいる。通常の日本語コースだけでなく、日本文化体験コース、テーマ別コースなども開講し、様々なニーズに対応している。日本語講座運営の他に、研修会の企画・開催を通した教師支援、日本語能力試験などによる日本語学習者の支援、日本語教育に関する情報の収集と提供などを行っている。近年では地元機関と協力して行う各種催し物を通して新規学習者の発掘や広報にも力を入れている。
所在地 Universitaetsstr 98, 50674 Cologne, Germany
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名 専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1985年
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