世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)アイルランドのセカンダリースクールの日本語教育

アイルランド教育・技能省
尾崎裕子

アイルランドは人口460万人ほどの小さな国ですが、日本語学習者の数は2,800人あまり(2012年国際交流基金調査による)で、1,600人に1人の割合で日本語が学ばれていることになり、人口全体に占める日本語学習者の割合は、実はEU諸国の中で一番高い国です。そのアイルランドの日本語学習者の8割以上は高校での日本語学習者です。私は、アイルランド教育・技能省のPost-Primary Languages Initiative(以下、「PPLI」という。)の日本語アドバイザーとして、高校の日本語の先生方のサポートを中心に、アイルランドの日本語教育に関わる様々な仕事をしています。

授業見学は、日本語を教えている学校を訪問し、経験の浅い先生の授業を特に重点的に見て、授業のフィードバックをします。先生方のコーチやサポーターになったようなつもりで、私が授業を見て気づいたことを授業者の先生に伝え、授業について話しあうことを通じて、その先生自身の気づきを促し、授業改善へのヒントを見つけることを目指して、授業見学をしています。

学校訪問では、クラスの先生といっしょに生徒の会話練習を手伝うこともあります。高校で日本語を学んでいる生徒は教室以外で日本語を使うことも、実際に日本人と会うこともほとんどないので、日本人ゲストとの日本語の会話練習は、概ね興味を持って参加してくれます。「どこに住んでいますか。」「趣味は何ですか。」「好きな科目は何ですか。」など、とても簡単な会話ですが、こんな日本語のやり取りを通して、生徒が、日本語を使って相手を理解すること、相手と親しくなれることのおもしろさを感じてくれていたらいいなと思っています。

Firhouse Community Collegeの日本語会話クラスの6年生とアマンダ先生とゲスト講師の藍里さんの画像
Firhouse Community Collegeの日本語会話クラスの6年生とアマンダ先生とゲスト講師の藍里さん

PPLIは毎年日本語の先生方のスキルアップのために研修を行っています。今年2月に行われた研修では、ベテランの先生数名にプレゼンターになってもらい、Leaving Certificate (高校修了試験。以下、「LC」という。セカンダリースクールの最後の2年間にLCのための科目を学習する。)の日本語のクラスでの、口頭試験のための指導、作文の指導、クラスの中のレベル差への対応など、重要なテーマについてワークショップをしました。

教師研修の様子(2016年2月20日)の画像
教師研修の様子(2016年2月20日)

アイルランド人の先生の日本語能力の維持・向上を目指した日本語Upskillingコースも実施しています。学校の先生は非常に忙しく、なかなか自分自身の日本語学習の時間をとれないのが実情です。ヨーロッパ言語の教師が比較的簡単に、語学研修に目標言語の国に出かけることができるのに比べて、日本語教師の場合は、日本は遠く、旅費も高いので、そう簡単ではありません。日本語をもっと勉強したいという気持ちがあっても、なかなか実行できない先生方に、日本語を学習する習慣をつけてもらいたいというのが、私が日本語Upskillingコースで目指していることです。そのために、教材には、先生方にとって気軽に取り組めて、おもしろそうなリソースを探して、使っています。インターネット上で見られるニュース記事、動画、NHKの学校放送のコンテンツなどの中から、LCTYTransition Year。セカンダリースクールの4年生。TYの日本語のクラスでは文化を中心に教える。)のコースで学習するトピックに関連した題材を中心に取り上げます。動画は忙しい先生方が気軽に見られるように、5分か、長くても10分ぐらいの長さのものを選んでいます。

今年は通常の授業に加えて、スカイプやGoogle hangoutを使ったオンラインの授業を実施しました。3名の先生がオンラインのクラスに、2名の先生が通常のクラスに参加していますが、先生方の学習モチベーションは高く、事前課題をして、授業に参加するのを楽しみにしてくれており、私もやりがいを感じます。

日本語アドバイザーは、学校の先生のように、学習者のそばで日々彼らの学びの過程を追うことはできませんが、いろいろな機会に、以前会った学習者に再会することがあります。地方の高校を訪問した時に会った熱心な生徒がダブリンの日本語弁論大会に出場してスピーチするのを見たり、授業見学に何度も通った高校の生徒に、ダブリン・シティ大学(以下、「DCU」という。)の1年生の授業で再会したりするとき、彼らが日本語学習を通して着実に成長していることを知り、とても嬉しく感じます。彼らが語る日本語の言葉も考えも進歩したなと感心すると同時に、彼らを教え、励ましてきた日本語の先生の顔も頭に浮かび、高校のクラスで日々日本語教育に取り組んでいる先生方の努力が実を結んでいることも実感します。そんな喜びをここで経験できる幸せに感謝しつつ、これからもアイルランドの日本語教育の充実のために少しでも役立てるように頑張っていきたいと思っています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Department of Education and Skills, Ireland (PPLI: Post-Primary Languages Initiative)
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
Post-Primary Languages Initiativeは、教育技術省(現在の教育・技能省)のもとNational Development Planの予算で2000年に設立された。中等教育機関で外国語として教えられていたフランス語とドイツ語に加え、新たに4つの外国語(日本語、イタリア語、スペイン語、ロシア語)の促進を目的に始まったが、現在ではフランス語、ドイツ語、Sign Languageも加えた現代語教育発展のために支援を行っている。国際交流基金日本語専門家は日本語教育アドバイザーとして高校の日本語教育支援を中心に、アイルランドの日本語教育全般のサポートを行っている。
所在地 Post-Primary Languages Initiative, Marino Insitute of Education, Griffith Avenue, Dublin 9, Ireland
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2005年~2007年、2008年~
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