世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)専門家の仕事―国を超えたネットワーク構築に向けて―

国際交流基金 マドリード日本文化センター
松下 恵子

日本語講座担当専門家として2016年7月に着任し、もうすぐ2年の任期を終え帰国します。2017年度の報告では、国際交流基金マドリード日本文化センター(以下、JFMD)のJF講座運営について紹介しましたが、今回は2年間の講座担当専門家としての活動を振り返りながら感じたことを述べたいと思います。

周りの人たちと協力しながら講座を改善

JFMDでは主に社会人を対象とした「まるごと講座」を開講しています。また、マドリードとバルセロナにカサ・アジア(Casa Asia)という連携校があり、JFMDの講座内容と同じカリキュラムで開講し、連携校を含め6名の非常勤の先生方と一緒に講座を運営しています。講座専門家の仕事は多岐にわたりますが、特に苦労しているのは、修了テストの改定と評価方法の検討です。JFMDの歴代専門家がこれまで作成した修了テストを学習者の反応や教師のコメントをもとに少しずつ改定をしたり、中級レベルは最初からテストを作らなければならなかったので、“まるごとスタイル”のテストとはどのようなものなのかを考えながら色々と試行錯誤したりしました。

Casa Asia Barcelona外観の写真
世界遺産サン・パウ病院の中にある
Casa Asia Barcelona

評価方法については、欧州(パリ、ローマ、ケルン、マドリード)の講座専門家が集まって「JF講座会議」を年に一度開き、各拠点のJF講座に関する情報交換やお互いの問題意識の共有、評価方法について話し合いました。私の問題意識は「学習者にとってためになるフィードバックをすること」だったので、1年目の会議終了後に筆記試験の改定を行いました。具体的には、筆記試験で行っていた作文問題を事前課題に変え評価方法をルーブリック評価とし、自己評価と教師の評価が一覧できるような課題シートを作成しました。学習者は筆記試験の時よりも多くの工夫をこらした文章を書くようになりましたし、成果物としてポートフォリオに保存することができるので学習者へのフィードバックにもなり、担当の先生方からも事前課題に変えて良かったという感想をもらいました。

2年目の会議では「口頭テストの質的評価項目」を検討しました。欧州の口頭テスト評価シートの構成は「タスク達成度」と「質的側面」の2つに分かれており、会議ではCEFRJF日本語教育スタンダードを参考にしながらA2修了レベルの質的評価項目を設定しました。これを各拠点に持ち帰り、講座で使用している評価シートの改定を行いました。JFMDでは機関内教師研修で先生方にルーブリック評価表の記述内容を決めてもらったので、次回のテストからその評価シートを使って評価を行う予定です。

講座の改革は専門家一人では到底できません。当たり前のことかもしれませんが、機関内の先生方や他地域の専門家たちと協力しながら講座を改善していくことがとても大切だと改めて感じました。

スペイン・ポルトガルの日本語教師との関わり

教師研修の写真 詳細は以下
機関内教師研修
(口頭テストのルーブリック評価作成)

私の仕事は講座運営がほとんどですが、2年目は外部の日本語教師向けに教師研修を行ったり、「まるごと中級2文法解説書」の制作をスペイン日本語教師会(以下、APJE)との共同プロジェクトとして行いました。教師研修を行うことが初めてだったので、最初はどのようにプランを立て、依頼者の希望に合った内容のものを作っていくかといったことに悩みましたが、先輩の専門家の方々のアドバイスがとても参考になりました。無理をせず自分の経験をもとに内容を構成し、研修を受けてくださる先生方と同じ目線で進めていくことが教師研修を実施するうえでキーポイントになると感じました。

文法解説書の制作はAPJEに所属する日本語教師の方々と一緒に半年をかけて執筆し、『まるごと中級2』を制作した教材開発チームの先生方に原稿を見てもらいアドバイスをいただきながらプロジェクトを進めました。現在は編集の最終段階に入っていて、完成後にHPにアップする予定です。

教育実践とネットワーク構築

講座では『まるごと中級2』を使用した中級クラスを担当し、様々な実践を行いました。「書く活動」の中でロールプレイやフリートークを取り入れてコミュニケーションを重視した活動を行ったり、プロジェクトワークとして「3分間プレゼン」を実施したりと、なるべくテキストの中だけの活動にならないように配慮しました。現在は中上級レベルを対象とした目的別講座を行っています。授業の中で『まるごと』を使わずにどのように“まるごとらしさ”を出すかが課題です。

また、文化体験講座「声優ワークショップ」を受講生向けに実施しました。「役割語」の概念を参考に「自分らしい日本語を話そう!」というコンセプトのもと、自分の知っている日本語を駆使してセリフを考え、日本映画の登場人物になりきってアフレコをするという活動を行いました。入門から中級までレベルを気にせず誰でも気軽に参加できるので、受講生からの反応もよく大変好評でした。6月にはカサ・アジア・バルセロナ校でも実施する予定です。

今後はこれらの実践内容を研究会や学会などで紹介し、様々な現場で活動している日本語教師の方々と意見交換をしていきたいと思います。最後にこれまでの2年間の活動を振り返ってみると、たくさんの人々の協力のおかげで講座運営が成り立っていて、専門家業務も無事にこなすことができたのだと感じます。ご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございました。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Madrid
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
2010年4月の開所以降、文化芸術交流、日本語教育、日本研究・知的交流の3本柱で各種事業を行っている。2010年から日本語上級専門家が、2011年から日本語講座担当専門家も派遣されている。スペインの日本語教育支援の拠点として、教師支援(教師会支援、地方巡回セミナーを含む各種研修会の開催)、日本語学習奨励(ポップカルチャーイベント等への日本語ブース出展)、アドバイザー業務(ネットワーク会議や日本語教育相談、情報収集)、日本語講座(JFS講座、目的別講座、文化講座、会話クラブ等のコースデザインや実施運営)を行っている。
所在地 Palacio de cañete, Calle Mayor, 69, Planta 2, 28013, Madrid
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名 専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2010年
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