世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ウィスキーとバグパイプと『ハリーポッター』が生まれた国の日本語教育(2003)

エディンバラ大学
黒川美紀子

「日本のレストラン」の寸劇を演じる学生たちの写真
「日本のレストラン」の寸劇を演じる学生たち

 日本では「イギリス」と一括りにされがちですが、正式名称は「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」。イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドから成る連合王国で、特にスコットランド、北アイルランドは独自色が強く、教育制度も異なっています。現在、日本語の主専攻コースを設置している大学は英国全体で8校ありますが、エディンバラ大学もそのひとつで、スコットランドでは唯一日本語で学位をとることができる大学です。日本語のコースは、初級前半の文法項目を学習する「Japanese 1」、初級後半の文法項目と共に日本語ワープロや翻訳、簡単なスピーチの仕方などを学ぶ「Japanese 2A」、主に3年次の日本留学に備え実践的な力をつけていく「Japanese 2B」、そして1年間の日本留学から戻ってきた日本語専攻の学生たちだけを対象とした「Japanese 4」の4つがあります。日本語を専攻する場合、3年次には約10ヶ月間の日本留学が義務付けられており、これが学生たちの励みになっています。卒業後の進路は様々ですが、JETプログラム(Japan Exchange & Teaching Programme)に応募し、英語のアシスタントティーチャーや国際交流委員として日本に戻る学生たちもかなりの数にのぼります。
 本年度、Japanese1を受講している学生数は36名で、うち日本語専攻の学生は8名です。スコットランドの大学のカリキュラムは、どちらかというと日本のそれに近く、1、2年次には専門以外の科目も勉強しなければなりません。このため、週に14時間も日本語学習に割くことができるイングランドやウェールズの大学に比べ、エディンバラ大学の1年生が日本語を勉強する時間は週に5時間しかありません。これは、日本語の学習という点からだけ見ればもちろん大きなマイナスですが、この制度によって学生たちには、大学に入った後でも専攻が変更できるという可能性が残されています。実際、ちょっとした興味からJapanese1を受講した学生が、すっかり日本語にはまってしまい、「先生、日本語を専攻したいです」と言ってきてくれることがあります。私はこれを密かに「ヘッドハンティング」と呼んでいますが、青年日本語教師としての喜びを感じる瞬間でもあります。また、このような私の自己満足のためだけでなく、特に1年生に関しては色々な学生が一つの教室で学んでいることのよさもあると思います。私は、外国語の学習は単に使える言語がひとつ増えるということではないと思っています。母語では忘れェちな「人とコミュニケーションできることの喜び」や「一人一人違っているからこそ面白い」という認識をクラスメイトと共有することも、外国語学習の大切な一面ではないでしょうか。その意味で、クラスにバラエティがあるのは悪い面ばかりではありません。学生たちの日本語学習の動機を尋ねてみても、「ヨーロッパ言語とは全く異なる言語を学んでみたかったから」「日本の文化に興味があるから」という答えがほとんどです。もちろん、将来就職で役に立ちそうだから、と考えている学生もいないわけではありませんが、日本経済が思わしくない現在、しかもインターネットの普及により世界における英語の重要性が益々強まる中、英語を母語とするほとんどの学生にとって、日本語はキャリアアップの手段というよりはむしろ、自分たちの世界を広げ、新しい文化や価値観を発見する喜びを与えてくれる「窓」であるようです。学生たちはみんな、日本の歌やアニメや食べ物が大好きです。日本人にとっては当たり前のように思える「レストランではただでお水が出てくる」ことや「チップはいらない」などということも、学生たちにとっては新鮮な驚きなのです。

新聞紙の兜をかぶって「こいのぼり」を歌っている写真
新聞紙の兜をかぶって「こいのぼり」を歌う

 昨年から、5月1日に中国語学科と共同でいわゆる「学習発表会」のようなものが開かれるようになりました。中国語学科の、日本語が分からない人たちにも楽しんでもらえる出し物を考えるのは、なかなか大変です。今年は、「日本のレストラン」の寸劇を演じたり、兜の折り方を日本語で説明し、観客と一緒に兜を折った後、みんなでそれをかぶって「こいのぼり」の歌を歌ったり、星野富弘の詩を自分たちで訳した英訳と共に朗読したりしました。
 一方、日本留学を翌年度に控えている学生たちには、そこで必要な日本語力を身につけさせ、日本社会に飛び込んでいく勇気と自信を与えることも重要な役目です。ロンドンと違って住んでいる日本人の数が少なく、教室を一歩出れば日本語に触れるチャンスがほとんどないエディンバラでは、学生たちは「生」の日本語に慣れていません。こうした状況を少しでも改善するため、昨年度から大学の言語学科付属機関である語学学校の方々に協力を仰ぎ、そこで英語を学ぶ日本人大学生へのインタビュー活動を始めました。今年も4月30日に行いましたが、実施後の学生たちの感想文には「日本留学が待ちきれない!」という思いが綴られていました。フランスやドイツに比べれば、遥かに遠い国、日本。でも、だからこそ一人でも多くの学生に新しい世界への「窓」を開いてほしいと思うのです。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 エディンバラ大学は、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学に次ぐ名門大学とも言われており、その大学が日本語講座を持っている意義が大きい。英国で日本語を選択科目として履修できる大学は多いが、主専攻として学位の取得できる大学は英国全体でも8校しかなく、スコットランドではエディンバラ大学のみである。
 青年日本語教師は日本語講座の授業を担当、学期末試験問題の作成及び採点、現地講師への指導、助言等を行っている。
ロ.派遣先機関名称 エディンバラ大学
The University of Edinburgh
ハ.所在地 Asian Studies, The University of Edinburgh, 8 Buccleuch Place, Edinburgh EH8 9LW United Kingdom
ニ.国際交流基金派遣者数 青年教師:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
人文社会科学カレッジ文学・言語・文化学部アジア研究日本センター
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   選択:1976年から
専攻:1990年から
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1997年
(ロ)コース種別
主専攻、副専攻、選択科目
(ハ)現地教授スタッフ
常勤3名(うち邦人1名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   主専攻で各学年8~10名程度
(2) 学習の主な動機 ヨーロッパ以外の言語に対する関心
(3) 卒業後の主な進路 特にデータなし
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級程度
(5) 日本への留学人数 毎年8~10名前後

ページトップへ戻る