世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)小学校での広がりのために

国際交流基金ロンドン日本文化センター
根津誠

私の派遣先は国際交流基金の海外拠点の一つ、ロンドン日本文化センター(以下、JFロンドン)で、英国内で行われる子どもから大人までの日本語教育を支援しています。今回のレポートでは、小学校への日本語教育導入の課題と、それに対する最近の取り組みについてご報告します。

小学校の外国語教育の厳しい現状

2014年のレポートのとおり、イングランドの公立小学校では2014年から外国語教育が必修化されました。学校現場からは、ソーシャル・インクルージョンの教育に外国語が大きな役割を果たしているという声がある一方で、日本語に限らず小学校での外国語教育は、課題が多いと言われています。今のナショナル・カリキュラムでは「中核教科」と呼ばれる国語(英語)、算数、理科が重視され、小学校から全国学力テストを行って、これらの学習成果を測ります。これ以外の「基礎教科」や「その他の教科」の学習時間や教え方は、ある程度学校の裁量に任されています。実際の学校の様子を見ると、わずか週1回30分の外国語授業時間さえも確保が難しい場合や、十分な予算が割り当てられない場合もあります。さらに、小学校でどの外国語を教えるかはナショナル・カリキュラムで決められていませんが、中等教育で履修者が多いフランス語、スペイン語、ドイツ語のいずれかが、ほとんどの小学校で教科として教えられています。日本語など「その他の言語」は昼休みやクラブ活動の時間に教えられている方が多いようです。このヨーロッパ3言語は、話せる教師の数、教員養成システム、教材リソースともに、他言語と比較できないほど充実しています。仮に小学校で日本語が勉強できても、卒業後に地元の中等教育機関で継続して勉強できる生徒はごくわずかです。

カリキュラムに溶け込ませる工夫

このような状況で、授業に日本語や日本の情報を取り入れる方法の一つが、他の教科内容との連携です。小学校の一週間の時間割を見ると、リテラシー、リーディング(以上英語)、ニューメラシー(算数)などの中核教科のほかに、テーマ学習がかなりの時間を占めます。1月にJFロンドンが実施した初等教育研修では、このようなテーマ学習、教科連携のアイディアを共有しました。中で、小学校全校を挙げて算数と日本語を組み合わせた活動を行う実践例がありました。体を動かす楽しい活動は子どもを引きつけますが、日本と関連付けることで学習が深まったり、容易になったりすると、教師も積極的に導入します。例えば、数の概念を学ぶときに、英語より規則が単純な日本語の桁のことばや、そろばんを用いるなどです。研修会では非常勤教員として日本語だけ教える人と、まだ日本語を導入していない学校のクラス担任や校長が同席し、互いに新しい情報を得ることができました。

2017年には、スコットランド王立動物学協会による、野生動物の生態と外国語学習をつなぐ教材プロジェクトに協力しました。ニホンザルを題材に、ゲームを通して楽しく学びながら、日本語や日本の地理についても親しむものです。

スポーツとの連携

2018年3月には、イングランド中部の都市コヴェントリーで、地元小学校などと共催して、東京オリンピック、パラリンピックを視野に入れた「コヴェントリー子ども大使日本会議」というイベントを開きました。地元の29の小学校を代表する250名の子どもが集まって日本語や様々な文化の活動、スポーツを体験し、自分の学校に戻ってからどうやって日本について学んで盛り上げるか、話し合いました。ロンドンオリンピックで出来上がった地元ボランティアネットワークや、人々の意識を生かして、日本関連の新しいネットワーク作りにつながった良い例で、他の地域でも似たようなイベントが計画されています。またコヴェントリーでも1日限りではなく、子ども大使がリーダーとなって活動を続ける予定です。

ラジオ体操をする生徒たちの写真
ラジオ体操をするコヴェントリーの生徒たち

スポーツは体を動かすだけでなく、様々な学習とつなげることができます。中等教育機関の校長を対象とした日本語教育情報交換会で会った、ある校長先生の学校では、日本の生徒との交流を通して、オリンピック、パラリンピックの「価値」について学ぶ教育的活動を行っており、今後は地元の小学生も巻き込む計画です。こうした活動を通して、日本語教育実施校だけでは得られない広がりと、新しい日本語教育の実践の形を、現場の先生といっしょに探っていくのも、専門家の楽しい仕事です。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, London
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ロンドン日本文化センターは1997年に日本語センターを開設。その業務は、JF日本語講座、当地の教育情報の収集と支援事業の企画・実施である。
  • 教材開発と提供:初等教育用には「Japanese Scheme of Work」「Ready Steady NihonGo!」、中等教育用にはリソース群「力CHIKARA」を開発、公開している。
  • 初中等各校における日本語導入促進を目的としたボランティア派遣、教師研修会や日本語コース、教育情報を提供するコースなどを実施している。
  • このほか、スピーチコンテストの実施、英国日本語教育学会との共催事業、ウェブサイトを通しての情報提供などを行っている。
所在地 Lion Court, 25 Procter Street, Holborn, London WC1V 6NY, UK
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名 日本語指導助手:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1997年
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